佐藤のゲーム

@tanakayama-crow

前編 佐藤は生徒会長である 

はぁーいどうも! ついさっき生徒会長に就任した佐藤だ! みんな投票ありがとう!

 で、あんま時間ないから単刀直入に言うな。公約でも言ったことだけど、友達、学校、家でのことなんでもいい! 困ってることがあるなら俺、佐藤にまでなんでも相談してくれ! 約束するぜ、『佐藤のゲーム』でかならず笑顔にしてやる!

 ということで、俺に連絡するときは二年C組までくるか、携帯に電話してくれよな! 電話番号は……げ、もう先生きた!?

 じゃ、じゃあな! みんなまた次は体育祭で……ちょ、先生違うんです! 俺はただ……あ、ちょっとスピーカー消しちゃ……ザー……。






『体育祭クラス対抗鬼ごっこのお知らせ』


ルール

大会は各学年トーナメント方式で行う

予選は一グループ十五分で行い、子をすべて捕まえれば鬼の勝ち、一人でも逃げ切れば子の勝ちとする

捕まった子は鬼が中庭に連れていく、同時に鬼が捕まえられるのは二人まで

ただし、鬼がすべての子を捕まえた時点で勝利とし、中庭に必ず連れて行く必要はない

子は捕まって中庭にいる子を触れることで助けることができる

武器、暴力の類はすべて禁止とする

使用できる教室は各教室と一部特別教室のみ、詳しくは別紙参照

その他細かいルールは別紙参照





「……漫画でもこんなリアリティのないイベントがあったら読者からブーイングだぞ」

 昼休み、目の前の男が満面の笑みで見せてきた企画書の原案を見た俺の最初の一言はそんな言葉だった。

 当たり前だ、ギャグにもなっていない。企画書にする前にボツにするべきなのは誰でもわかる。

 まぁ……面白そうではあるが。

 少なくとも目の前の男、この夏新たに就任した生徒会長が、副会長の俺に見せるものではないだろうと思う。

 だから、確認した。

「なぁ佐藤、これギャグだよな?」

 ペットボトルのお茶を口に含み、次の言葉を待ってやる。

「何言ってやがる笹塚、マジもマジ超大マジだ」

 口に含んだお茶を盛大に噴き出してやった。

「うわっなにすんだ笹塚!? ……ん? なんで俺の頭をなでるんだ?」

「よしよし、俺は生徒会長選挙に当選した瞬間喜びのあまり教室で胴上げさせたり、翌日放送室をジャックして正式の場を待たず就任演説をし、あげくこんな素敵企画をやろうとするお前でもずっと友達でいてやるからな」

「俺の頭は正常だ!」

 とてもそうとは思えない。ぜひ精密機械でこいつの脳を見てみたいものだ、きっと脳みそがとろけてどろどろのプリン状態だろう。

「でもさ、これは無理だろ、色々倫理的な問題で」

 楽しいだろうとは思うしやってみたいと思わないわけではない。察するにこいつの生徒会長になった理由のひとつでもあったであろうこの企画だが、どう好意的に見積もっても通るとは思えない。教師たちにいい顔されないだろう。

 そんな否定的な俺の言葉に、佐藤は首をぶんぶん横に振る。

「甘いな、笹塚。すでに俺は根回しのための準備が整っている。これで絶対にこの企画は通る」

「自信満々だな。どんな根回しなんだ?」

「これだ」

 そう言って遊びに命をかける男佐藤はかばんからガサゴソと大きな包みを4つほど取り出してきた。

 黄色い長方形の包みだ。厚さは3センチ程度だろうか。

 表面には……『ラーメン丼 粉末BOXセット』と印字されていた。

「な」

 ペットボトルのお茶を頭から垂れ流してやった。

「何すんだよ!」

「何すんだよじゃねぇよ。なんだこれ?」

「ラーメン丼」

「見りゃわかる。ラーメン丼という得体の知れぬカップラーメンらしきものだとは認めるが、これは賄賂か? なるわけねぇだろ」

「本当にアマちゃんだな、笹塚」

「どういうことだよ」

 さっきからこいつの自信はいったいどこから来るのだろうか。

「いいか? この学校の先生はみんなこれが好きなんだ。これを餌にすれば必ず――」

「お前教師舐めてるだろ!?」

 というかラーメン丼ってなんだよ、何? ブームなの? 俺が知らないだけ? そんなバカな。

 次は何を頭にかければいいかと目線をきょろきょろと動かすが、ちょうどいいものが見つからないうちに佐藤が俺を落ち着かせに入ってくる。

「まぁまぁ。とりあえずこれで勝てるから、絶対企画通すから待ってろよ、笹塚」

 何に勝つのかいまいちわからないが、吐き捨てるように言ってやる。

「……期待して待ってるよ」


『期待して待ってるよ』


 同時に、昔のことを少し思い出した。

 こいつの壮大なる人生計画に付き合ってることを、俺はひょっとしたら後悔するべきなのかもしれない。

 小学校のころからの仲だが、つくづく思う。

 まぁ……高校まできて今更撤回する気もないが。

 俺は佐藤より一足早く昼食を食べ終わり、神崎学園生徒会副会長としての仕事をこなすため生徒会室へと向かう。

 鍵を職員室で預かり、生徒会室がある新校舎の三階へ。

 鍵を貰えたので、おそらくほかの人間はまだいないのだろう。

 そう思っていたのだが、どうやらその予想は外れていたらしい。

「篠崎か、生徒会に用か?」

「あ、笹塚君」

 生徒会室の扉の前には、一人の女生徒が立っていた。

 ロングの髪におとなしそうなまんまるい目、淡い色の唇で清楚な雰囲気を持ちおしとやかに佇むその女子は、確かに俺のクラスである二年C組の篠崎雪穂だった。

「うん、ちょっと会長に……」

「佐藤にか。多分すぐ来るから中で待ってろよ、鍵開けるからさ」

 篠崎の横をすり抜け、鍵を回す。

 少しいいにおいがした気がしたが、意識には止めないことにする。

 ……確か、性格に似合わず陸上部だったよな。地方からきたんだっけ。

「ありがとう、笹塚君」

「ああ。今コーヒーでも淹れるからちょっと待っててくれ」

 先に入り、応接用のソファに腰掛けるよう促す。

「えぇ!? そ、そんな悪いよ……」

「いいんだよ。何度もやって慣れたことだ。そのためにサイフォンも持ってきて置いてあるわけだしな」

 佐藤に相談事がある、という生徒が来るのはあまり珍しいことではない。

 先ほどのやりとりでも察せるが、どこか性格の破綻した男であることは皆認めていること。だが、佐藤の生徒受けはとてもいい。面白い男である、というのもあるにはあると思うが、それ以上にあいつはあれでいて信用できる男なのだ。なんというか、世渡りのうまいタイプの人間で、相手との距離の縮め方や測り方が絶妙なのである。本人にしても嘘はつかないし約束したことは守るやつだ。要するに友達づくりがうまく、相手に自分を信用させる人心掌握術を素のステータスで標準装備しているということだ。

 ……断じて、俺に友達が少ないと遠まわしに言っているわけではない。

「ねぇ笹塚君」

「なんだ?」

 篠崎が俺に声をかけてきたのは、コーヒーを淹れ終わりそれを差し出した時だった。

「笹塚君はさ、えっと……会長のことってどう思ってるの?」

「どう思ってるの、ねぇ」

 意図の掴みにくい質問である。なんとでも取れる質問ではあるのだが、まぁ差し当たり無いようにこたえることにする。

「小学校からの腐れ縁で、まぁ友達なんだと思うぞ。色々あって今もこうして一緒の学校で過ごしている」

「そうなんだ。やっぱり仲いいんだね」

「どうだろうな。あいつはあれでいて人気者だから、俺より仲のいい奴なんてたくさんいるかもしれないぜ?」

「そんなことないよ」

 冗談口調で言ったのだが、いやに強い雰囲気で否定された。

「会長のことが好きって人はたくさんいると思うけど、きっと会長が好きな人は笹塚君だけだと思うな」

 そう言って、篠崎はにこやかに俺に微笑みかけた。

 その笑顔に、少しどきっとする。


『俺はお前が好きだぜ、笹塚』


 ……なかなかどうして、よく見ているじゃないか。

 どうも今日はデジャブが多い日である。

 もっとも、あの時といい今といいその好きの意味がLOVEだったら俺は今すぐ窓から飛び降りるが。

 篠崎が差し出されたコーヒーに口をつける。

 と、その時だった。

 ガラっという音と共に、廊下から二人の生徒がひょっこり覗き込むように顔を見せる。

 佐藤と水城だった。

「もう来てたんだなー、笹塚ー」

「まぁな。水城と佐藤が一緒なんて珍しいな」

「たまたまだよ。廊下で会ったから一緒に来ただけー。なんだ? ひょっとして佐藤に嫉妬してるのかー? まぁな~私こんなに可愛いし、笹塚が嫉妬しちゃうのも仕方ないっていうかなぁ。でも大丈夫だ 私はいつでも笹塚にゾッコンラブだ!」

「そりゃどうも」

 ツッコまないぞ。

 生徒会書記、水城飛鳥がその豊満な体をうねうねさせながら煽情的に俺に迫ってこようとこんなみえみえのボケにツッコミなんていれないぞ。

「冷たいぞ笹塚ー。私のラブは受け入れられないって言うのか~?」

 覗き込むように俺のメガネの奥を見据えるようにネコ目で挑発してくる。

 ……女性に好かれるのは一介の男子である俺としても当然うれしいが、冗談でやってるのかよくわからないのでどうにも反応しにくい。

 ……繰り返すが、友達が少ないからこの手のやり口に耐性がないなんてことは断じてない。

「冷たくて結構だ。それよりほら、そこでニヤニヤしてる佐藤、お前に客だ」

「ん? あぁ、篠崎ちゃんか。ごめんね待たせて」

 拝むように手を合わせつつ佐藤はニヤニヤをやめ生徒会室に入ってくる。

 俺と水城を見て数瞬固まっていた篠崎だったが、やがて意識を取り戻したのか佐藤に両手をぶんぶん振る。

「ほら水城、俺たちは外に出るぞ」

「え? いや、私たちまだ付き合ってもいないのにそんなマニアックなこと……でも笹塚になら私何されても」

「どう聞いたらそうなるんだよ! 本当に篠崎に勘違いされるからやめてくれ!」

 やっぱりツッコんでしまった。

「もう、わかったよー。またあとでね雪穂ちゃん」

 しぶしぶといった様子でついてくる水城。

 おとなしくしてれば可愛いのになぁ……。

 いや、何言ってるんだ俺は。

 ごめんね、と謝ってくる篠崎に軽く手を振って、俺と水城は廊下にでようとあけっぱなしの戸に近づく。

「ああそうだ篠崎、後ろにあるダストシュート、気をつけろよ」

「え? どうして?」

「それ、実はこの学校の増設の折に建築業者がミスって、外じゃなくて一階の科学室に繋がってるんだ。余裕で人一人入るから、うろちょろして足滑らせないようにな」

「あはは、私そんなおバカさんじゃないよ」

「それもそうだな、佐藤じゃないんだから」

「おい笹塚、今のはどういう意味だ?」

「お前を、ダストシュートをいつも移動に使うバカだと罵っている」

 事実である。

 それだけ告げればもう用はないと、俺と水城は廊下に出る。

 すると、ちょうどドアの奥にいる人物と目があった。

「あい変わらずいちゃついてるなぁ笹塚、水城」

「いいだろ~? 付き合ってるように見える?」

「見える見える」

「西園寺か。悪いが今は生徒会室には入れないぞ」

 笑いあう二人の身も蓋もない話はスルーし、手短に現状を伝える。

 西園寺彰もまた生徒会の人間で、経理担当の男だ。見た目とは裏腹に数学だけなら学年の中で五本の指に入れるだろう。

 短く切りそろえた髪と筋骨隆々な体が今日も映えている。とくに体育のときにみた生足なんて芸術品といっていいかもしれない。

俺の勝手なイメージでは数学なんていかにも苦手そうだが……人間わからないものである。

「マジかよ。どうしてだ? ……っと」

「あ、おい、ちょっと待てって」

 制止を無視し、すでに廊下を出た俺と水城の横からひょいと生徒会室を覗きこむ西園寺。

 瞬間。

 西園寺の目に驚きの色が現れた。

 金縛りにあったかのように西園寺は身動き一つとらない。

「……? どうした?」

「い、いや、なんでもねぇよ」

 が、それも一瞬のことで、すぐに目をそらすように西園寺は身をひっこめた。

 ガッと勢いよくドアを閉める。

「それよりさ、お前ら見たかよ、佐藤のあの企画」

 そう言って露骨に話題を変えてくる西園寺。

 少し気にはなったが、無理やり聞くのもどうかと思ったのでおとなしくその話題に乗ることにした。

「あ~見た見た! すっごい面白そうな企画だよな!」

水城が目をキラキラさせながら反応する。

「俺も見たよ。高校生にもなって鬼ごっこでくるとは思わなかった」

反対に俺はため息交じり。

「あ~それはそうだな~。でも多分あの企画通らないよなぁ。私足に自信あるから、笹塚と佐藤と絶対優勝する自信あるのにさー」

「そ、そうだよな、あんなのやるわけねぇよな。仕方ねぇよなぁ。まったく、あんなの通るわけがねぇんだって。いやぁ佐藤ももうちょっと生徒会長としての自覚ってもんをもって--」

「いやいや、やるよ、あいつは」

俺がいつもの口調でそう軽く西園寺の言葉を否定した瞬間。

「は?」

 彼のまわりの空気が、一気に変容した気がした。

 妙なテンションで否定してくる西園寺が俺の言葉に口を閉ざす。

 ……?

 今、俺、変なこと言ったか?

 その目には、普段のこいつからは想像もできないようなあせったような雰囲気が見てとれる。

「どうしてだよ、笹塚」

 そして、声もまた普段とは似ても似つかないものだった。

「あり得ないだろ? あんな企画、いくら佐藤でも通せるわけがねぇって」

 西園寺がすごんでくる。どうしたというんだろうか、普段なら佐藤のやることすべてに最初からノリノリで参加する西園寺が、なぜ今回に限ってこんなにムキになるのかわからない。

「あいつはやるっていったことは必ずやるんだよ。お前だって知ってるだろ? 一体どうしたんだよさいおっ」

 言葉が途中で途切れる。

 西園寺が俺の胸倉を掴んできたのだ。場の空気がさらに緊迫感を帯びる。

 水城の息をのむ音が、現実の距離よりいやに遠くに聞こえる気がする。

「…………いや、いい。俺が悪かった」

 何かを言おうと何回か唇を震わせた西園寺。だが言葉にならなかったのか、結局それだけ言って俺を離した。

「よく考えれば企画が通ったって出場しなきゃいいんだもんな。ホント悪かった、笹塚。今度何か奢るよ」

 そして、西園寺は俺の返事も聞かずにどこかにいってしまった。

 俺も水城もその場から動けなかった。

 あんな西園寺を見たのは初めてだった。

 一体どうしたというのか。考えてみても答えは出ない。妙な居心地の悪さだけがあとを引き、気持ちが悪かった。

 ……翌日、佐藤から全校生徒に連絡があった。

 体育祭の種目が決まり、男子がグラウンドでサッカー、女子が体育館でバレーボール。

 そして混成で……鬼ごっこ。

 授業中に電波ジャックして発表するあたり、サプライズ精神豊富である。

 それで授業が中断したのは、語るまでもない。

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