第34話 EXTended Life/2

 夢を 見ていた ...


 赤みがかった 光が 降り注ぐ 何も無い 世界...


 どこまでも続く 砂利の 細道...


 進んでいくと あかい欄干の橋に 誰かが 立っていた...


 ぼくは を 知っている。


 彼女は を 知っている。


 光に遮られて顔の良く見えない彼女に、ぼくは手を差し伸ばした。


 彼女もぼくに手を差し出している。


 彼女の 金色の瞳が ぼくを 見ている...


 彼女の手を掴んだ。


 世界は闇で覆われた。



    †



「――――…………」


 目が開く。おぼろげに霞む視界を、何度か瞬きをして鮮明にする。

 見えてくるのは、古ぼけた木造の屋根裏、割れたステンドグラス、穴から見える夜の空。

 腕が動く。長椅子の背もたれに手をかけ、重たい上体を引き上げる。

 自分の姿を見る。黒いズボンに黒いシャツ、黒いコート。どれも


「これは……」


 仄かに香るのは、自分がいつも吸っている、煙草の匂いだと気づく。

 がいたのだろう。


「…………」


 ぐるりと見回すと、すぐにあるものが目に入ってきた。

 割れたステンドグラスの真下、月光が降り注ぎ一際明るくなっているその場所に、一振りの鋼が突き立っている。

 ゆっくりと立ち上がり、それを手にする。


死神の大鎌レイヴァーン……」


 夜の光を受けて銀色に輝くそれは、呼び声に応えるように微かに震え、金属の高鳴りを寄越してくる。

 手の中で振るい、廃教会の入り口へと軽く振り払う。


 キン、と小さく音がして、廃教会の大扉がひとりでに外へと開いていく。


「……往こうか」


 大鎌を脇に構えて、死神は夜の闇へと歩み出る。



    †



「元に戻ってる……兄弟が目を覚ましたのかな」


 自分の視点が先ほどよりも高いことに気がつき、全身を見下ろしてみて、ようやくその事実に気づいた。

 さらに言えば、ハーデスから借り受けていた“タナトスの力”も、全て失われている。元の持ち主の下へ還ったのだろう。

 ホ、という安堵の吐息が自然と漏れる。が、次に浮かんできたのはやはり疑問だった。


「あれ……じゃあなんで僕は平気なんだろ」


 兄弟タナトスが目を覚ましている間、ヒュプノスは眠りに就かなきゃならないはずだが、今はそれが起きていない。

 そこでようやく、足元に横たわる彼女の存在に思い至る。


「あ、そっか……彼女がになってるんだ」


 三つの光に見守られて眠る彼女の寝顔は、やはりというか、タナトスに似ていて、にもどこか似通っている。


「ふぅん……もっと髪が長ければ、より似ていたかもしれないなぁ」


 さらりとした黒髪に指を差し入れ、ゆるく撫で付ける。

 彼女の表情は動かない。代わりに三つの光のひとつが小さく明滅する。


「分かってるよ。おそらくこの状態は長くは保てない。この子には……」


 この子は。だからを果たすことはできない。

 今は、あくまでも代行しているだけだ。


「……この子をどうするつもりだい? ハーデス」


 ガシャン、足音を立てて、黄金の甲冑を纏った冥府の王が、背後に降り立つのを感じた。



    ◆


「―――決まっている。死者には死者に相応しい末路がある」


 そうでなければ、他の死者たちに示しが付かないのだ。

 そうでなければ、冥府は存在する意義を失い、世界は混沌に飲まれることになろう。


「……これは、為さねばならんことなのだ」


 この世界で、己の手を他者の血で汚すものは、ひとりいれば十分だ。


「……なにをしている。そこを退け、ヒュプノス」


 だというのに、このは、その手に大振りな裁ち鋏を持ってこちらに振り向いて、そして言うのだ。


に手を出すことは許さないよ」


 その切っ先をこちらの足元に穿ち、


「さて、」


 手を開けば、片刃が跳ね上がりこちらの頸元を捉える。


「……なにをしている」


 動くことなく、問うた。


「威嚇だよ。見れば分かるだろ? 確かに僕はもう死神タナトスの力を持っていないけど、今ならもうひとりの死神の力を代行することができるんだよ」


「無意味だ。彼女そやつの力では我を殺すことなど出来はしない」


「分かってるよ。それでも僕は……彼女を守らなきゃならないんだ」


「……何故だ、と訊くだけ無駄か」


 答えなら、とうに知っている。


「好きにしろ」



    †


 ハーデスは、それだけを言って行ってしまった。

 派手な演出もなく、まるでように。


「……ふむ」


 僕は改めて自分の手の中に納まっている大鋏をしげしげと眺める。


「確か……レイヴェルン、だったかな?」


 呼ぶと、それは微かな鼓動のような熱と高鳴りをこちらに伝えてくる。

 だが、それだけだ。


「やれやれ……気難しい友達が増えた気分だよ」


 振り返って見る彼女の寝顔は、先と変わらず穏やかなものだった。



    ◇


「―――……どこだここは」


 気がつくと、私は先ほどまでいたところは別の場所に移されていた。

 足元には水が張られ、動くたびにチャプチャプと音を立てて揺れる。

 目を凝らすと、その先にわずかな光が見えた。


「あれは……」


 ゆっくりと歩み寄り、そのごつごつとした表皮に触れる。

 冷たくも無く、暖かくも無い、無味乾燥なそれは、今にも崩れ落ちそうな脆い印象を私に与えた。


「……樹、か……?」


「成程、お前にものだな」


 声に振り向くと、黄金の甲冑を纏う王が、腕を組んでこの大樹を見上げていた。

 私もそれに倣い、大樹を見上げながら言葉を返す。


「脆い樹だ」


「そうだな」


「触れただけで朽ちてしまいそうなほどに」


「……そうだな」


 私は背後を振り向くことなく言葉を続ける。


「これが私か」


「そうだ」


「是が貴方か」


「そうだ」


「……此れが世界か」


「その通り」


 嗚呼。


「終に届いたのだな」


「そして終わりだ」


 嗚呼……。





 赦しを得られるはずがないのは分かっていた。


 それでも私は、


「この世界に存在した証を残した!!」


 握り締めた拳を、大樹に向かって叩きつける。

 すべてが弾け飛ぶように砕け、砂礫となって降り注ぐ。


「……残念だよ。君たちの足掻く様を最後まで見届けられないのは」


「…………」


 轟音が轟き、足元にも亀裂が走り、水が波打ちながら流れ落ちていく。

 すべてが闇へと還っていく。


「王よ、忘れるな。私が起こした変革によって、世界はあるべき姿を最早失った!

 、世界は再び混沌の海と戦う運命を辿る!」


 ……なんてな。


「……まぁ、そうあることを願うよ」


 そして私は






    †

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