第27話 EXciting Butler./2
††† †††
初動は、静かなものだった。
侵入する際に叩き割られたステンドグラスの破片を踏むジャリ、という音が、数歩分鳴った。
動いたのは
窮鼠猫を噛む、という言葉がある。追い詰められた鼠は、最大の敵である猫に対して牙を剥くことも。
男が凄絶な笑みで懐に手を突っ込んだのも、まさにそんな心境だったに違いない。
だがそれも、無駄なことだ。本物の狂気の前では、仮初めの勇気など何の役にも立たないのだ。
「―――“鋼を内へ”」
男が懐から小さな拳銃を抜き出し、引き金を引くと同時、
カチン、と小さな金属音がして、―――しかし、それだけだった。
「―――? な、なんだ、どうなってる……!?」
その後も男は何度もカチンカチンと引き金を引くが、出るべきはずのものは一向に出ないままだ。
ジャリ、と、
「―――“如何致しました”?」
「ぅ、ぐ……ッヒ!?」
男は何かを言おうとし、―――言葉が詰まり、干上がった喉が変な呼気を漏らしただけだった。
男たちの引き攣った顔を、
「―――“懺悔は不要に願います、皆様方”」
手指に挟んだ銀の
「―――“此方、お返し致しますね”?」
否、風を切るキュン、という音が、後から響いた。
「―――は」
男はひとつ呼気を漏らし、己の胸元に突き立つ
後に残ったのは、今さらながら空気との摩擦で熱を帯びた
「皆様の魂の裁きも、何れ冥王様が下してくださるでしょう」
「助かったよ……と、言うべきなんだろうね、ここは」
振り向けば、死神が《魔女》の腕の中で身を起こすところだった。
「いいえ、これも我が主の望まれたことですので。御礼であれば、主人に直接どうぞ。そのほうがあの御方もお喜びになられます」
「そう……なら、そうするとしようかな……直ぐには、無理だけど」
死神は己の胸を強く抑え、苦しげに呼吸を繋げている。
「……痛みますか?」
「嗚呼……これが“生の痛み”というやつなんだろうか? これから逃れるためなら、人間が自ら死を選び求める理由も、なんだか分かる気がするよ……」
死神の言葉を聴き、無表情を貫く
「……
「いいえ―――これは、“我が主”の流した涙です、死神様。“
分かりますか?、と
「死神様―――貴方が元の死神様に戻らぬ限り、“我が主”はこの涙を流し続けることになるのです」
†
言葉というのは、ここまでの傷を負わせるものなのかと、僕は顔を顰めた。
これを当人の口から聞かされずに済んでよかったと、何処かでほっとした部分があった。もしそうなっていたら、僕はその場で十遍でも百遍でも自らの死を繰り返しただろうから。
「分かった……もし戻れたら、ちゃんと謝りに行くよ。……もし、戻れたら、だけど」
歯切れが悪くなるのを、仕方ないと片付けるしかない。
そんな僕の様子に、
「死神様、もしやとは思いましたが……まさか“お戻りになれない”ので?」
「ああ、そうだ……僕は、もう僕の意思では死神に戻れない」
奴らが現れて、何度もそれを試みた。
「死神様の全権は、冥王様がお預かりになった後、死神様の弟君に貸与されたと聞きましたが……」
「そうなの……? なら、向こうでも何か起きてるんじゃないかな……」
「―――私ひとりでは、おひとりをお運びするのが精一杯ですので、まずは《魔女》様を保護したいと思いますが」
「ああ、それでいい……彼女を頼んだよ、
さすがに限界が来たみたいだ。
意識が遠のいていく。視界が闇に落ち、何も見えず、聴こえなくなっていく。
僕はそれを“心地よい”と思ったので、素直に意識を手放すことにした。
†
『……死神さん? 死神さん! しっかりしてください、死神さん……!』
目を閉じ、眠るように意識を落とした彼を、《魔女》の少女が恐慌し揺すぶる。
『……死んでしまったんでしょうか』
少女がぽつりと言葉をこぼす。ひとつこぼした後は、もはや止め処なく言葉が溢れる。
『私、私のせいで、あんな、あんな状態で、無茶して、わた、私を守って、な、なのに、私、わた、し……!』
少女の瞳から、ぽろぽろと雫が落ちる。それを宥めるように、あやすように、
「彼は大丈夫です。今は、少し眠っているだけですよ。大丈夫、しばらくしたら、目を覚ますはずです。落ち着いてください」
『は、はい……あの、私、あ、あの……』
少女は、慌てた様子で零れ落ちる涙を拭い、止めようとするが止まらない。
無理もない。追われ、命を狙われて、長いこと張り詰めていたものが弛んだのだ。
「どうぞ、お使いください」
『あ、ありがとう、ございます……』
涙を拭い、ひりつく喉に塩辛いものを嚥下して、少女はようやくその身の震えを治める。
『っは―――……ふぅ。すみません、私、取り乱してしまって』
目元を赤く腫らしながら、それでも幾分すっきりしたような顔で、少女は白いハンカチを丁寧に折り直して
彼はそれを受け取り、懐に収めてから、改めて少女へと手を差し出した。
「では参りましょうか、“
『え……あ、でも、死神さんは……?』
「ご心配なく、貴女を送り届けましたら、彼もすぐにお迎えに上がりますので。さぁ」
『え、と……はい』
腰を屈めて差し出された手に、少女はおずおずと自分の手を載せる。
少女がその手を強く引かれたと思ったときには、彼らの姿は廃教会から消えていた。
†
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