アイスクリーム・ジャンキー

琴里和水

第1話

『アイスクリーム・ジャンキー  アイスクリーム・ジャンキー

 ジャンキー  ジャンキー  アイスクリーム・ジャンキー




 あたし真面目な  一般市民

 信号無視も  したことないの

 あたし真面目な  一般市民

 廊下走った  ことさえないわ

 だけど言うのよ  みんな言うのよ

 それは変だよ  やめときなって

 だけど言うのよ  みんな言うのよ

 お前ヘンだよ  イカレてるって


 ジャンキー  ジャンキー

 アイスクリーム・ジャンキー




 ここは真っ赤な  火の色の星

 息も凍るわ  常冬の星

 だけど好きなの  アイスクリーム

 やめられないの  アイスクリーム


 あたしヘンでしょ  ヘンでもいいの

 あたしバカでしょ  バカでもいいの

 あたしビョーキよ  いいじゃないのよ

 イカレてるでしょ  それでもいいの


 ジャンキー  ジャンキー

 アイスクリーム・ジャンキー




 あたしの好きな  ものはひとつよ

 いつからかしら  ずっとひとつよ

 それさえあれば  なにもいらない

 それさえあれば  いつもシアワセ


 ジャンキー  ジャンキー

 アイスクリーム・ジャンキー




 ペロリとなめて  からだフルエル

 パクリと食べて  こころシビレル

 お金いらない  アイスが欲しい

 名誉いらない  アイスが欲しい

 世界いらない  アイスが欲しい

 宇宙いらない  アイスが欲しい

 なにもいらない  アイスが欲しい

 だからちょうだい  アイスが欲しい


 アイスクリーム・ジャンキー  アイスクリーム・ジャンキー

 ジャンキー  ジャンキー  アイスクリーム・ジャンキー

 アイスクリーム・ジャンキー  アイスクリーム・ジャンキー

 ジャンキー  ジャンキー  アイスクリーム・ジャンキー

 アイスクリーム・ジャンキー……』




~アンタレス『アイスクリーム・ジャンキー』~







『アーク……。

 一つだけ、忠告をしておきます。

 いえ……愚痴を、言わせてください。

 自分が、おかしなことをしていると思ったら。

 理屈にあわないのに、どうしてもそうしたくてたまらないということがあったら。

 わけのわからないなにかに、ふりまわされていたら。

 自分の行動の理由が、どうしても説明できなかったら。

 自分で自分を抑えることができなくなったら。

 とめることができなかったら。

 立ちどまれとは、言いません。……言えません。

 ただ、とことんまで考えなさい。

 自分が、本当は、何をしたいのか。何を求めているのか。

 ボクは……考えなかった。

 アーク……。

 ライドが、息をひきとりました……』







「アイスクリーム・ジャンキー  アイスクリーム・ジャンキー

 ジャンキー  ジャンキー  アイスクリーム・ジャンキー」

 ジェイク・ヴァーレンは、機嫌よく鼻歌を歌いながら、踊るように街路を横切った。『アンタレス』の最新作、『アイスクリーム・ジャンキー』は、デビュー当時から常に、『アンタレス』の最大のライバルであり、どうしても越えられない壁と目されてきたバンド『アルファ・ケンタウリ』が同時期に発表した『砂のささやき』を、完膚なきまでに打ち負かし、ランキングのトップを独走していた。

『アンタレス』がランキングで『アルファ・ケンタウリ』の上位に来るのも、ましてやトップをとるのも、デビュー以来初の快挙で、本来少数派に属していたはずの『アンタレス』のファン達は、喜びと同時に、大切な秘密を暴かれてしまったかのような漠とした不快感をも覚えていた。が、彼らとてうれしくないはずもなく、『アンタレス』の歌といえば、『アイスクリーム・ジャンキー』しか知らないにわかファン達を、苦笑しながらも大目に見てやっていた。

「あたしまじ――あれ?」

 ジェイクは、大きく目を見開き、街頭に照らし出された背の高い影を見つめた。

「アーク?」

「……」

 影は――アークは、のろのろとジェイクのほうへと顔を向けた。ジェイクは、アークのもとへと駆け寄った。

「やっぱりアークだ。どうしたんだ、こんなところで?」

「……ジェイク?」

 アークは、不思議そうにつぶやいた。

「え……どうしてこんなところに?」

「どうして、って――だって、俺の家、すぐそこだぜ?」

 ジェイクは、気遣わしげにアークを見上げた。

「アーク、どうかしたのか? 俺に何か用か?」

「……用? いえ……用は、特には……ありませんが……」

 アークは、ぼんやりと、うつろにつぶやいた。ジェイクはそっと、だがしっかりと、アークの片腕をつかんだ。

「うちに来い」

「……え?」

「うちに来い。おまえの用はないかもしれねえけど、俺のほうがほっとけねえよ。どうかしてるぜ、おまえ」

「そう……ですか?」

「そうだよ。とにかく来い。それとも、いやか?」

「いえ……別に……」

「じゃあ来い」

 ジェイクは、自分よりも、頭半分以上は背の高いアークの手をひいて、自宅へと歩き出した。







「クロレラ茶、飲むか?」

「……いただきます」

 アークは、視線を伏せたまま、つぶやくようにこたえた。ほどなくして、あたたかな湯気の立ちのぼる、焦げ茶色をしたカップがアークの目の前に置かれる。カップの傍らに砂糖とミルクが添えられているのを見て、アークはかすかに笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。覚えていてくださったんですね、ぼくの好み」

「ん? うん、まあな」

 ジェイクはうれしそうにこたえた。クロレラ茶は、火星では最も一般的な飲み物である。だが、それに砂糖とミルクを飲むという者は、まあ、まず、滅多にいない。

「――あの」

「ん?」

「あの――すみません、いきなり押しかけてしまって」

「ん? え、ああ、アーク、なんか勘違いしてないか? おまえが押しかけてきたんじゃなくて、俺が引きずり込んだんだろ?」

「――そうですか?」

「そうだよ」

「そうですか――」

 アークの笑みが、少しだけ大きくなった。

「――どうしてですか?」

「え?」

「どうして、ぼくのことを、そんなに気にするんですか?」

「どうしてって、そりゃおまえ、おまえのことが、好きだから」

 ジェイクは、あっさりと言った。アークは、驚くほど悲しそうな目でジェイクを見つめた。

「ぼくのことが――好き?」

「うん。好き」

「どういうふうに?」

「ずっと一緒にいられたらいいな、一緒に暮らしたいな、って思う。なんていうかな――アークのことを、ずっと見ていたい。できれば幸せになって欲しい。一緒に幸せになりたい。――あ」

 ジェイクは、照れたように笑った。

「ちょっと、贅沢すぎたか?」

「――ジェイク」

「ん?」

「ぼくが、女だったらよかったのにな――とか、思いますか? それとも、ぼくが、男だから好きなんですか?」

「――どうだろうな」

 ジェイクは、しばらくのあいだ考え込んだ。

「女だったらよかったのにな、とは、別に思ったことねえけど。男だから、好き――どうだろうな。どうもさ、俺、両方いけるみたいなんだ。あんまり経験ないけど」

「は、はあ、そ、そうなんですか」

「うん。――なあ」

「はい?」

「アークはさ」

 ジェイクは、すこぶる真面目な顔でアークを見つめた。

「俺が、女だったらよかったな――とか、思ったりしない?」

「……は?」

 アークは、完全にあっけにとられた顔で、まじまじとジェイクを見つめた。ジェイクは、ため息をつきながら肩を落とした。

「やっぱ思わないか。だよなー。俺はアークのことが好きだけど、アークは俺のこと、別になんとも思ってねえもんなー。んなこと、どうでもいい、つーか、関係ないか」

「いえ――ぼくも、ジェイクのことは、好きですが――」

「惚れてはいないだろ」

「……」

 アークは、叱られた子供のようにうつむいた。ジェイクは、あわててアークの顔をのぞきこんだ。

「あ、俺、別に、怒ったわけじゃ、ないんだぜ。気にすんなよ。どうしようもないじゃん、そんなこと」

「――あの」

「ん?」

「あの」

「なに?」

「あの――変なことを、聞いてもいいですか?」

「いいけど、何?」

「あの――」

 アークの顔が、火星の砂のように真っ赤に染まった。

「ジェイクは、あの――ぼくのことが、好き、なんですよね?」

「うん。好き」

「ええと、それじゃ、あの――」

 アークは、もじもじとうつむいた。

「ぼくと、あの――だから、あの――ぼくと――ぼくと、ね、寝たいと、思いますか?」

「……」

 ジェイクは、まじまじとアークを見つめた。

「あ、あの、ええと、あの――」

「……思うよ」

「あ……そ、そうですか……す、すみません、本当に、変なこと聞いてしまって」

「でも、アークは、そうは思わないんだろ?」

「え……?」

「俺と寝たいとは、思わないんだろ?」

「ええと……」

「ま、しょうがないよな」

 ジェイクは、不思議なほどおかしそうに笑った。

「なんでそんなにあわてるんだよ。こういう時って、普通、俺のほうがあわてるんじゃねえの?」

「あ、はあ、あ、あの、す、すみません、変なことを聞いてしまって」

「別にいいって。安心しろよ、襲う気はねえから」

「は、はあ……」

「くどいてはみるけど。でも、アークのいやがるようなことは、絶対にしないから」

「……紳士ですね」

 アークは、真顔で言った。ジェイクは、きょとんと首をかしげた。

「だって、嫌われたくねえもん。え、俺、なんか変なこと言った?」

「いいえ、全然」

「だよな。――なあ」

「はい?」

「真面目な話、俺、その気になったら、本当に女になれるかもよ。知ってるだろ、俺達の、ひいばあさんのこと」

「ええ……アレックスさんのことですね」

 ジェイクの曾祖母であり、アークにとっても義理の曾祖母であるアレックス・ヴァーレン(旧姓エンデ)は、生まれた時は男であった。少なくとも、男であると思われていた。だが、なんとも不可思議なことに、人為的な手段を経ず、『自然』に男から女へと性転換してしまった上に、出産という偉業までをも成し遂げたのだ。今現在にいたるまで、そのメカニズムは、完全には解明されていない。

「……意味ないじゃないですか、そんなこと」

 アークは、ポツリと言った。

「どうして?」

「だって、ぼくには、生殖能力がないんだから」

 アークは、クロレラ茶のカップを持ち上げ、だが、飲みもせずにまた元に戻した。ジェイクは、ひどくいぶかしげな顔でアークを見た。

「それが、どうかしたのか?」

「どうかしたのか、って――」

 アークは、怒ったような、それでいて泣き出しそうな顔で、にらむようにジェイクを見た。

「ジェイクが男でも女でも、ぼくとジェイクのあいだに、子供はつくれないんですよ?」

「……だから?」

「だから、って――」

「――あのさあ」

 ジェイクは、苦笑しながらため息をついた。

「そういうことが問題になるのってさ、お互いに惚れあって、それで、二人して新しい家庭をつくっていこうって、そのまた先のことじゃん。俺達、まだ、その入り口に立ってもいないんだぜ?」

「あ――」

 アークは、空気の抜けた風船のように、ぐんなりとソファーにもたれかかった。

「――すみません。馬鹿なことを言いました」

「欲しいのか、子供?」

 ジェイクは、真向から切り込んだ。アークは、戸惑ったように目をしばたたいた。

「……子供は、好きです。でも、そうですね――無理をしてまでつくる気は――ぼくは、ぼくのクローンをつくったり――」

 言いかけ、アークは、ハッとしたように口をつぐんだ。そして、おどおどと、ジェイクを見やった。

「……あの」

「ん?」

「これは、仮定の話なんですけど」

「うん、なに?」

「今の火星の技術でも、ぼくとジェイクの遺伝子を、人為的に組みあわせて――二人のあいだに、子供をつくることは、可能です。――そうしたいと、思いますか?」

「――俺も、子供は好きだよ」

 ジェイクは、わずかに身を乗り出して、静かに、ひたと、アークを見据えた。

「でも、俺は、そういう話を、そんな悲しそうな顔でして欲しくない」

「あ――」

 アークは、大きく目を見開き、深く息をついた。

「すみません。――本当に、すみません。馬鹿なことばかり言ってしまって――」

「何か、あったのか?」

 ジェイクは、小さく首をかしげた。アークは、弱々しい笑みを浮かべた。

「――ええ。わかりますよね、すぐに。今夜のぼくは、どうかしてる。自分でも、わかってます。すみません。ジェイクの好意につけこむようなことばかりしてしまって――」

「いいよ。俺、おまえのこと、好きだもん」

 ジェイクは、穏やかに微笑みながら言った。

「好きでやってんだから、気にすんなよ」

「――ぼくは」

 アークは、指の長い手で、乱暴に目をこすった。

「卑怯、ですね――」

「どうして?」

「ぼくは――こたえられない――のに――」

「ここにいてくれるじゃん」

 ジェイクは、本当にうれしそうに言った。

「そばにいてくれて、すっげえうれしい」

「やめてください!」

 アークは叫んだ。

「ぼくは、こんなことをしちゃ、いけないんですよ!」

「どうして?」

「だって――」

 アークは、歯を食いしばり、ゆっくりと、ぎこちなく息を整えた。

「ぼくは、ジェイクが、ぼくに好意を持ってくれていることにつけこんで、ジェイクを利用しようとしている――」

「好意じゃすまないぜ。惚れてるんだから」

「でも、ぼくは――」

「おまえは俺に惚れてない。でもさ、おまえ、俺のこと、嫌いじゃないだろ?」

「え、ええ――」

「無視も、しないだろ?」

「それは、もちろん――」

「なら文句なし」

「……あの」

「ん?」

「ジェイクは、本当にぼくのことが好きなんですか?」

「好きだよ。どうして?」

「……ずいぶん淡白ですね」

「え、そっか?」

「なんだか、気が抜けました」

 アークは、かすかな笑みを浮かべた。

「あ、笑った」

 ジェイクは破顔した。

「俺、おまえが笑うの見るの、好き」

「……そうですか」

 アークは、疲れたように肩を落とした。

「すみません。いつも、その……情けない顔ばかり見せてしまって」

「ん?」

 ジェイクは、きょとんと目をしばたたいた。

「おまえ、なに謝ってんの?」

「え? あ、ですから――その――どうせ見るなら、こんな疲れた、情けない顔より、もっと溌剌とした、つまり、ええと――明るい顔のほうが、いいでしょう?」

「でも、おまえ、疲れてるんだろ?」

 ジェイクは、不思議そうに言った。アークは、戸惑ったように視線を宙にさまよわせた。

「え? ――ええ。それは、まあ――」

「それなら、疲れた顔してても、当然だろ? なんで謝るんだ?」

「え、だから、それは――他人の疲れた顔を見るなんて、不愉快でしょう?」

「全然」

 ジェイクは、あっさりと言った。

「俺は、おまえがそばにいるだけでうれしい。疲れてるんなら、休ませてやりたいなー、とは思うけど、別に全然不愉快じゃない。――なあ」

 ジェイクは、少し身を乗り出した。

「はい?」

「おまえは、他人が疲れてるの見るの、いやなのか?」

「え――ぼく、は――」

 アークは、おどおどとうつむいた。

「ぼくは――その――いや、というか――いえ、ですから――ぼくは――」

 アークは、叱りつけられでもしたかのように身をすくめた。

「ぼくは――いや、というわけではないんですが――ぼくは――」

 アークは、戸惑ったようにジェイクを見つめた。そして、驚いたようにささやいた。

「ぼくは――怖いんです」

「――怖い?」

「ええ――。誰かが、疲れている――いえ、疲れている、ということに限らず、誰かが、何か、不満を持っていると、ぼく、は――」

「怖い、のか?」

「あ――いえ――その――だから――」

 アークは、ひきつるように唇を歪めた。

 笑おうとしたらしかった。

「――おかしなことを言っていますね、ぼくは」

「アークは、優しいんだな」

「は?」

 アークは、ポカンと口を開けた。

「あの――どうしてそうなるんですか?」

「だって、おまえ、自分がされていやなことを、ひとにしないように、すっげえ頑張ってるじゃん」

 ジェイクは、大きく笑った。

「優しいよ、すっごく」

「――!」

 アークは、突然、引き裂かれたかのように口を開き、そこから悲鳴がほとばしり出る寸前に、両手で自らののどを力一杯しめあげた。ジェイクの体が、ほとんど反射的に跳ね上がった。

 一瞬――それとも、数瞬の後、ジェイクは、アークの手首を、痕のつくほど強く握りしめ、全身の力をこめてアークの手をアークの白いのどから遠ざけていた。テーブルの上でひっくり返ったクロレラ茶が、糸をひいて床にしたたった。

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