異界廻りの魔女

杯 愛

第1話

―――この世界には、魔法使いがいる。

彼等は様々な術を使い、奇跡を起こす。また反対に、様々な術で人々に不幸をもたらす。人々はそう信じるが故に彼等に頼り、そして故に人々は彼等を疎んじるのだ。

 人々にとって魔法使いとは、無いと困るが近くに在ると目障りなものでしかないのだろう。

 そのような境遇に在る魔法使いたちは勿論人間が嫌いだ。良い様に利用されるだけされて迫害されたのだからそれもまた当然である。

 だから彼等は人の入らぬ森を作り、人との交流接触を避けた。そして、人に接触することを禁じた。


隔離された僅かな同胞と動物や精霊だけが住まう森の中で彼等はいつもと変わらぬ生活をしていた。

生活自体は人間のそれとなんら変わらない。家事に勤しむものや仕事をするもの、多くはないもののはしゃぐ子供たちの声。ありふれた日常だった。

そしてそんな中彼女は過ごしこれからも変わらない穏やかな生活が続くものだと信じていた。

彼女の名はアニス・グローリア。

アニスは風に遊ばれる長い銀の髪を鬱陶しげに掻き上げながら弟を探していた。

「おーい、クルト―!」

 まったくどこへ行ったんだ、そろそろ帰らないと夕飯の時間だというのに。

 口の中でそんなことを呟きながら決して弟を探すのが煩わしいのではなく心配しての行動なのだ。髪を掻き上げたのも心配からくる焦りの表れである。

 近くを通る精霊や動物たちに尋ねながらようやく弟を、クルト・グローリアを見つけた。

「おい、クルト」

 呼びかけると気付いたクルトは満面の笑みで手を振ると同時にさり気なく手に持っていたものをそっと隠す。

「あ、おねえちゃん!」

 彼はもこもことした綿のような毛皮に覆われた四つ角を持った獣と頭に三角頭巾を巻いた穏やかな風貌の親指サイズの精霊と共に居たのだ。

 それを認めたアニスは自分の心配が杞憂に終わった事に気付き

「なんだ、お前たちが一緒なら心配しなくても良かったか?」

と嘯いた。

 そんな様子を見た精霊たちはクスクスと笑いながら優しい目で姉弟を見る。その視線に気づいたアニスは照れたように少し急ぎ足で前を進む。

「とにかく早く帰るぞ、母さんが夕飯までには帰って来いって言ってただろう?」

「ごめんなさい。みんなと遊んでたら忘れてた。」

 子供は遊んでいるとそれに夢中になり他の事には気が回らなくなるのかと諦めたようにため息をついたアニスはそれ以上何かを言うことはなく前を歩く。

 クルトの姉、アニスグローリアは愛情表現と感情表現が下手なうえ言葉の選び方も下手だったが彼は彼女が大好きだった。いろいろと不器用なため誤解されてしまいがちなこの姉は本当は誰よりも優しい心を持った自慢の姉なのだ。

 だからこそ彼女は精霊に好かれ動物にも好かれる。彼らは脆弱であるが故に相対する物の心を悟る。

 そして魔法使いには精霊に好かれることはとても大事なことである。そしてその素質に恵まれている彼女はこの森の次期長になることが決まっている。

 さてそんな姉を驚かすため今精霊達に協力を得ながら作っているものがあるのだ。細やかな秘め事はばれてしまっては意味が無いので隠しながら作るのが大変だった。

 でもそのドキドキ感はとても楽しいものだった。

「さっきは見つかっちゃうかと思ってびっくりしたね」

 小声で精霊たちと話し合い人差し指を口元に当てて秘密を共有しあうのだ。

「なにをしている、早くしろ」

 まるで怒っているような口調だがやはりその声音はとても優しかった。



 家に着き夕飯を終えた後アニスは自室へと戻っていった。

 アニス達グローリア家は魔法使いたちの長の直系であり、長を継ぐ者には皆不思議な痣が出る。勿論痣のあるものは皆一様に精霊達に特に好かれる。

 アニスもその一人だった。

 父母には何もなかったが祖母が痣を持っていた。だからアニスは祖母に師事を仰ぎ長としての勉学に励んでいた。

 長としての在り方なんてものは人それぞれだが、忘れてはならないのは長の魔力をもってこの森は隠されているということ。

「ばば様みたいに立派な長になれるんだろうか……。」

 アニスの祖母は魔力も強く知識も豊富だ。それはもちろんそれだけ長い時を過ごしてきたのだから当たり前なのだが、やはり不安になるのだ。

 勉強すればするほど知らない事や出来ない事を思い知らされて。

 さらにアニスは他者とのかかわり方が下手な自覚もあった。怒っているわけではないのだがどうも相手には怒っているように聴こえてしまうらしく怯えられる様に感じたことも少なからずあった。果たしてそんな自分がはたして皆の信頼を得てこの森を護っていく長になることができるのだろうかと不安になりため息をついた。

 魔力だけで言うならアニスは歴代でも群を抜いて高いのだという。その証拠がアニスの部屋にある姿見だった。

 一見何の変哲もない鏡だが、実は魔法使いたちの守り神なのだと師である祖母に教えられた。

 アニスは椅子に座ってなんとはなしにその鏡をぼんやりと見つめる。

 しばらくそうしていると仄かに光り鏡面が少し揺れる。鏡がアニスを呼んでいるのだ。

 アニスは一つため息をついてから面倒くさいと言いたげな顔で鏡の前に進み雪のような白い両手をその鏡へと伸ばすと、ひんやりとした冷たさが掌を通して伝わってくる。

 鏡に映る自分を上から下まで眺めると癖のない銀の髪は背中当たりまで伸びていて眉より少し長く伸びた前髪は左側に流されている。やや吊り上がり気味目は白緑の色をしていた。そして首元には祖母のものとはまた少し違った蔓草模様のような痣が痣が一巡しているのだ。

 痣から目を離しアニスは鏡の中の自分ともう一度目を合わせると目を閉じ、息を吐いた。

 そして彼女は詠うように言葉を紡いだ。

なんじ、我にあらず。偽りを捨て我が前へ姿を現さん」

 呼吸を四つほど数えた頃鏡がぼうっと仄かに燐光りんこうを発し、掌に波打つ水面の感触が伝わる。

 次第に波と光は収まりおもむろに瞼を上げるとそこに鏡は無かったが、その代わりに鏡に手を当てていた筈のところにはもう一つの手があった。

 アニスと同じように手を伸ばしアニスと掌同士を合わせている状態だ。

 その事に驚きもせず当たり前のように手を離しながらアニスは目の前の少女に声をかける。

「いったい何の用だ?」

目の前の少女はその問いに対し頬を膨らませ鈴を転がしたかのような澄んだ声で不満を口にする。

「用が無く呼んではいけないのかしら?私だってたまには外に出たいのよ?」

 アニスの目の前に現れた少女はアニスよりも十歳ほど年上に見えた。ゆるいウェーブのかかった青磁の髪は肩口に届くくらいの長さで、瞳の色は見るものを吸い込むような透明な空の色だ。濃い青色の透明感のあるドレスのような服を身につけ足は何も身に着けてはいなかった。少し下がり気味の目は気弱というよりも柔和な印象を見る者に与える。

少女の存在はどこか儚げで存在が無いもののように見えた。

「……別にそんなことは言ってないだろう。カプリニアス」

アニスは少し困った風に返す。言葉の選び方が下手なのでどうしても相手を傷つけてしまっているような気がするのだ。

 そんなアニスに対し少女……カプリニアスは優しく笑いかける。

「ふふふ、相変わらず真面目ねアニス。冗談だから気にしないでちょうだい。」

「なんだ、お前は相変わらず意地が悪いな。」

「あら、それは心外だわ。アニスがため息をこぼしていたから、心配で出てきたのに」

 その眼には確かに心配の色が浮かんでいて虚を突かれたアニスは目をまん丸にして驚いた。

「どうせアニスの事だから自分で色々考えすぎて不安になって、てところだとは思うけれど」

 見事に言い当てられてアニスは何も言えなくなった。

「重責の未知の世界そこには言いしれない不安があるのはいつの世も、皆一緒なのよ。貴女だけじゃないわ。」

「ばば様もそうだったのか?」

 不安げな視線を受けたカプリニアスは安心させるように笑ってアニスの頭をふわりと撫でながら伝える。

「そうね。当代の長だけではなくこの森の長を務めてきたものは皆最初は不安がっていたわ」

 今、森の皆から絶大な信頼を得ている祖母でさえもそんなことがあったのか。

「アニスはまだ十歳なんだものこれから頑張っていけばいいのよ、だからそんなに心配しなくても良いわ。って言っても難しいでしょうけどね」

 撫でられているアニスも始めはされるがまま不安げな顔を浮かべていたものの、いつまでもこのままではいけないと気持ちを切り替えた。

「もう落ち着いたから平気だ、ありがとうカプリニアス」

 アニスの表情を見て一つ頷くとカプリニアスは手を止めた。

 その時ざわりと森が騒ぎ始めた。

 風も無いのに唐突に木々が揺れだしたのだ。

「なんだ?」

 不審に思ったアニスが外の様子を見ようと窓に手を掛けた時白い腕がアニスの腕を横から掴んだ。

 驚いたアニスが手の主を見やると珍しく険しい顔をしたカプリニアスが窓の外を見ていた。もはや睨んでいるといっても差し支えないその視線に不審さは更に募ったが言葉を発するよりも前にカプリニアスが口を開いた。

「そういえば今回出てきたのは貴女が心配だったのもあるけれど森に呼ばれたからなのよ」

「森に?」

「ええ」

 彼女は答えるとくるりときびすを返すと、家からは決して出てはいけないと言い残し部屋を出ていった。

「あ、おい、カプリニアス!」

しかし彼女は振り返ることなくそのまま家を出たのが玄関にかかっている鐘の音から伝わった。

 「いったい何なんだ」

 気にはなったもののあの時の彼女の目には逆らえない迫力がありそれが呪縛になっているのだと彼女が出て行ってから気付いた。

 それからしばらくして物音が聞こえたのでカプリニアスが帰ってきたのかと思い窓の外を見ると弟が精霊たちと共に家を抜け出すのを目撃した。

「クルト……?」

 精霊たちを伴いこんな時間にいったい何をしているんだと不審に思いすでにカプリニアスにかけられていた呪縛を解いていたアニスは後を追うことにした。




 ざわざわと風もないのに木々が騒めく森の中少女は一人立っていた。

 木に手を当て話を聴いているようにに時折頷く。いや事実彼女は話しているのだ。

「そう……。そろそろなのね。」

 そして彼女と話すように一本の大きな木がかさりと葉を揺らした。

 少女、カプリニアスが悲しげな顔で呟く。呼応するように揺れる木はこの森における象徴のようなもので住むものからは『まもりの大樹たいじゅ』と呼ばれていた。

 護りの大樹と守り神が会話をする中、他の木々はただ悲しそうに、まるで嗚咽を漏らすように騒めいていた。

最期さいごに伝えてくれてありがとう。……ええ。それは必ず。だって私は守り神ですもの」

 悲しげに微笑み一度木を抱きしめ少女は去っていった。この森と大切な約束を交わして。

 少女が去った後にはパキパキとかれた枝が折れていくような音とざわざわという咽び泣く様な木の葉が揺れる音だけが響いた。




 姉が部屋に戻ったのを見たクルトは家にいる精霊や母の助力を乞いながら一生懸命毛糸を編んでいた。

 この毛糸は昼間一緒にいた四つ角の獣『シープホーン』の毛皮を加工したもので、防寒性に優れ魔力防御にも特化しているのでこの村の人々は愛用していた。

「出来たー!!」

 編み上げたことに思わず大きな声が出てしまいクルトは慌てて口を押えた。

 隣を見てみるとみんなが立てた人差し指を口元に当てて笑っていた。

 危ない危ない、せっかくここまで内緒にしてきたというのに、ここでばれてしまっては内緒にしていた意味が無くなってしまうところだった。

 「よく出来たわねクルト、素晴らしい出来よ。」

 母はクルトを褒める。

 「えへへ。お母さんありがとう。でも仕上げの石をまだ付けてないからあともうちょっと頑張る」

 「あら、まだ完成じゃなかったのね。今でも素晴らしい出来なのに」

 「うん。おねえちゃん喜んでくれるかな?」

 勿論よ、とクルトの頭を撫でる。

 「でも今日はもう遅いから、続きは明日になさい。明日中に間に合えば渡せるのだから」

 「分かった。おやすみなさいお母さん。みんな行くよ」

 母に寝る前のあいさつを済ませ精霊たちと自室に戻った。

 自室に戻るとクルトは精霊たちと内緒の話を始める。

「いいかいみんな、仕上げに使うノームの涙は満月の夜じゃないと手に入らない。」

 クルトの話を精霊たちは身を寄せ合って聴く。

 『ノームの涙』は仄かに紅く発光する宝石で魔法使いにとっては馴染みの深い宝石。土を司る精霊ノームの流した涙が一度大地に吸収され再結晶化したものとされ、全ての土台たる地の気の結晶ともいえる宝石であり、魔力制御に長けている為多くの魔法使いが重宝している。しかし満月の夜のみに採取される貴重な宝石の為、なかなか値の張る宝石だ。

 もちろん子供であるクルトが手を出せる額の代物ではない。だから、自分で取りに行くことにしたのだ。

 クルトは占いを得意としており、今日ならばノームの涙が手に入るという結果を読み解いた。

 だが時刻は深夜。そんな時間に出歩いたことはもちろん無かった。

「みんな、一緒に行ってくれる?」

 クルトの言葉に精霊たちは笑顔で頷いた。そしてクルトはそんな彼らに心から感謝をした。

 そして、頃合いを見計りクルトは精霊たちと共に家を抜け出した。


 煌々こうこうと月明かりが照らす夜の森をクルトと精霊たちは歩いていた。

 ほうほうとフクロウの鳴き声やガサガサという木々の音。日ごろ聞きなれているのに夜だというだけでこれほどにも恐怖心が増すのか。

「うぅ、夜の森やっぱり怖い……」

 元々クルトは臆病な性格なのでこれまで一度も夜に外出をしたことはなかった。

 今回も精霊たちが居なければ出ることはなかっただろう。

 精霊たちは不安そうなクルトの表情を覗き込む。その眼は大丈夫かと問うていた。

「う、うんちょっと怖いけどみんながいるから平気だよ」

 そういって無理に笑おうとするクルトを励まそうと、精霊たちはクルトの手を握るものや肩に乗るものなど出来るだけ近くに、触れられる位置にいるから大丈夫だというように寄り添った。

 そんな精霊たちの心遣いが嬉しくて恐怖心が少しだけマシになったクルトは笑った。

「そうだね。みんな近くにいるから大丈夫だ」

 精霊たちの案内についてクルトは外れの森と呼ばれる場所を抜け目的の場所、月の踊り場と呼ばれる崖に着いた。

 この場所は満月の明かりが真っ直ぐ落ちてきていてとても明るく、また魔力の溜まりやすい場所でもあるのだ。もちろん崖なので落ちたら命はない。

 しかしなにも崖ぶちに行く必要はなく、もっと手前の場所でも十分に月明かりは落ちてきている。

「じゃあ僕はこの辺りを探すから、皆は別のところを探してくれる?」

 そういうとクルトと精霊たちは土を掘り始めた。

 ノームの涙はそれほど深くで出来上がるものではない。月の魔力が下りる範囲なのだ。

 「やっぱり簡単には見つからないか……。」

 それでもクルトたちはその手を止めない。なぜならば今日見つけ出せなければ間に合わないのだ。

 明日には誕生日を迎え長となる。クルトはどうしても長になる儀式の前に渡したいのだ。

 それは長になったお祝いではなく姉が生まれてきたことを感謝する「誕生日のプレゼント」だからだ。きっとアニスはそんなことを気にしないだろう。気にするのはクルトだけなのだ。

母も明日中に渡せればといったが明日、長の儀式は日が真上に来る刻に行われるのだ。

 つまり何としても午前中に渡さなければならない。だからクルトは焦っていた。

 そして刻々と過ぎていく時間に焦りながらも穴を掘り遂に目的のノームの涙を見つけた。

「あった!!」

 クルトのその声に手伝っていた精霊たちがクルトの手元を覗き込んだ。

 そこにはキラキラと月明かりを反射して紅く光るノームの涙があった。

「早く帰って仕上げなくちゃ!」

 慎重に魔石を取り出しポケットにしまい家路へと向かう。

 そのとき近くの茂みがガサリと音を立てた。

「ひっ……な、なに?」

 怯えながらそちらを振り返ると、そこには今まで見たこともないほどに目を吊り上げた姉の姿があった。

「お、おねえちゃん」

「おねえちゃんじゃないだろう、何やってんだクルト!こんな時間に。いくら精霊と一緒とはいえ危ないだろ!!」

 クルトを叱ったアニスはそのまま精霊たちにも矛先を向ける。

「お前たちも何をやってるんだ!お前たちは夜でも目が聞くのは知っているが、もしも迷い込んだ人間や魔物にでも遭遇してお前たちだけで対処できるのか?!一緒になってこんな時間に出歩くな、止めろ!!」

 初めてここまで激しく叱られたクルトと精霊達は呆然としてそのまま泣き出した。

「泣くよりも先に家に帰るぞ。お前たちがこんな夜中に出かけた理由は後で訊く。それから母さんたちにも言うからな。」

 そしてアニスはクルトの手を引いて家路を急ぐ。

 夜の森は魔物の領域だ。村のある辺りは夜でも長による結界が維持されているが、外れの森は村の結界をより堅固にするためその結界が弱くなる。

外からは入れないが元々いるモノに対しては効果がないといっても過言ではない。

 そして満月の夜は魔物の力も強くなる、だからあれほどまでにきつく彼らを叱ったのだ。

 アニスは最大限に警戒をしながら足早に森から村に戻る。

 森の中は魔物たちの放つそれぞれの気配や魔力で満ち満ちている。

 それ故気付かなかった、そして焦っていたから気付かなかった森の更に外れにある月の踊り場からひやりとしたこの世界のものではない空気が流れ出していることに。

 そして彼等はそのまま気付くことなく森を抜け村へと帰った。




 アニスたちが村に着いた頃、月の踊り場と呼ばれる森の外れの拓けた場所の崖下からひやりと重く冷たい気配が崖を伝いずるりずるりと蠢く触手が這い出していた。


―――ヤットデラレタ

―――モリハ、シンダ。モハヤ……イマシメハナイ

―――ワレラハ、ジユウ

―――マダダ、オサ、ヲツブセ

―――ヤツラヲ、コロセ!!

―――ギシキノマエニ、コロセ!!


 そして声なき怨嗟の呻きが月明かりの下に響き夜の森に吸われて消えていった。




 家に着いたアニス達は一言も会話を交わすことなくリビングへと向かう。

 無言のまま手を引かれていたクルトは姉の顔を見られないままリビングに着くと青ざめた母と目が合った。

「アニス!クルト!!」

 アニスは母親からの問うような視線に対して

「クルトたち、月の踊り場に居たんだ。何をしていたかは分からない。」

 そして、母と姉の射るような視線にされて居心地悪そうにクルトは視線をそらした。

「クルト、何をしていた。母さんにまで心配させて。」

 姉の淡々とした叱責が耳に痛い。

「さ……探し、物をしてたの」

「探し物?何もこんな夜中に出かける必要はないだろう?」

「クルト、あなた何やっているのよ。探し物なんて明るいほうがしやすいでしょう?」

「夜中にしか見つけられないものだったんだ!」

 その言葉にクルトが何を探していたのか、ここ数日の彼の努力を見ていた母は理解した。しかしそんなことを知る由もないアニスは更に強い言葉をかける。

「なんだそれは?もし夜中にしか見つけられないものなら諦めればよかっただろう」

 何も知らないアニスの言葉は安全を考えるのなら正しい。非力な子供と精霊だけで探しに行くなんて無謀でしかないからだ。いったい何のためにという疑問しかわかない。

「う、うるさい!おねえちゃんのばか!!」

 そう、クルトにも正しいのが姉だというのはわかるし、隠していたのだから姉にわかってもらうほうが難しいことはわかる。

 だが感情は別物だ。姉のためにとやったことで叱られたのだから反発してしまう。

「クルト……」

 母が慰めようと手を伸ばしたのだがクルトはその手を払い自室へと引きこもってしまった。

「クルトのやつ、母さんにまであんな態度をとるなんてどうしたんだ?」

 一連のクルトの行動に困惑するアニス。

 母は彼の一連の行動が理解できるが、それ故アニスに伝えることができず困ったように笑い一言

「反抗期かしらねぇ?」

と嘯いた。それから、この話は終わりだというように席を立ち

「さ、アニス。あなたも明日は大切な儀式が控えているのだから寝坊しないように早く寝なさい」

「……寝坊なんかしないよ」

 納得はしていないが確かに儀式には万全にして臨まねばならないのは確かなので母に挨拶をして自室へと帰った。

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