佐倉 温先生作品★スペシャルショートストーリー

角川ルビー文庫

オオカミさんの過剰な求愛

オオカミさんとオオカミさん

 真神慎に対する斉木理央の印象は、幼い頃からずっと変わらない。否、変わらなかった。

 喜怒哀楽を表に出さないサイボーグ。そのくせいつもどこか投げやりで、ただ一族の長としての務めを果たすだけしかしない。趣味らしい趣味もなく、唯一それらしいことと言えば、時折ふらっと散歩に出かけていくぐらいだった。

 元々あまり感情豊かなほうではなかったが、両親が亡くなった時ですら涙を流さなかった慎を見て、子供らしくないと眉を顰める大人達と、それでこそ一族の長に相応しいと笑う大人達、その両方を冷ややかな瞳で見つめていたあの時から、それはより一層にひどくなったのだと思う。

 そんな慎がある時急に、どうしても日本支社に行く、と言い出した。会社は順調で、総帥である慎がわざわざ出向く必要はなく、役員達は訝しがったが、慎は珍しく強引で、誰の言葉も聞き入れず、ほとんど無理矢理に日本支社に移動してきたのがほんの一月ほど前の出来事だ。

 あの時は慎の行動の意味がさっぱり分からなかった理央だが、今ならはっきりと分かる。


「海里、俺にもそれをくれ」

「ん? 慎も食べるのか? しょうがないな、ちょっとだけだぞ? ほら」


 ひょい、と海里が手に持っていたみたらし団子を慎の口元に差し出すと、慎がかぱっと口を開けて団子を齧る。曰く、あーん、というやつだ。


「うん、美味い」


 口をもぐもぐさせて口元を綻ばせる慎は、ごく自然に笑っている。理央が今まで見たことがないような顔で。

 こんな顔もできたのだな、と理央は感嘆と呆れの入り混じった気持ちでその表情を眺める。

 平気でこんなことができるようなキャラじゃなかったでしょうよ、君。

 現在、三人は和菓子が有名な茶屋でおやつ中だ。休日の店内はカップルがいっぱいなのだが、ずば抜けた美形が三人、しかも男ばかりでみたらし団子を齧る姿は、目立ち過ぎている。

できることなら今すぐ一抜けしたいところだが、理央の目の前でアホ面を晒していちゃいちゃしている男は、目下仕事中なのだ。休日に仕事を入れたこちらも悪いが、海里成分が切れたから補充しないと仕事をしないと駄々を捏ねるのは、大人としてどうなのか。

この店は、テレビで紹介されているのを見た海里が、食べてみたいなと呟いた店なんだそうだ。恋人の好きなものをリサーチする慎なんて、鳥肌が立つほど気持ち悪い。

一応書類片手に仕事をしているから我慢しているが、そうでなければとっくの昔に逃げ出している。


「慎、団子のあんがついてるぞ」

「どこだ?」

「ほら、ここ」


 海里の指が、慎の口元についたあんを拭う。ほら、と海里が指を慎に見せると、慎はその手を取って自らの口元に引き寄せる。


「ひぁっ」


 ぺろりと指を舐められた海里が、昼間の茶屋にはまったく相応しくない声を上げた。体が慣らされちゃってるってやつですか? 舌で舐められただけでその反応って、君は慎に日頃どんなことをされているのかと問い詰めたい気持ちになる。

 そもそも、慎が悪い。昼間の茶屋で、しかも店内にいる客全員がこちらに注目しているというのに、何て甘い顔しているんだ。ベタ惚れか。甘々か。もしかして周囲どころか俺のことまで牽制しているつもりじゃないだろうね? 本当に勘弁してください、もう砂どころか胃に穴が開いて血吐きそうです。


「みたらしも美味いけど、俺はお前のほうが食いたい」


 店内のざわつきが聞こえないはずもないのに、慎はそんなことなどお構いなしで、甘い表情で囁く。


「馬鹿っ」


 こちらは至って普通の神経である海里が、きょろきょろと辺りを気にしてから、小さな声で慎を詰って手を引いて取り返した。


「お、お前っ、そういう甘いのどこで覚えてきてんの? これだからモテ男は嫌なんだよっ」


 いやいや、そこのモテ男は、口説かれることはあっても口説いたことなんか一度もないよ? そう言って慎の援護をしてやることはできたが、賢明な理央は、恋人同士のやり取りになど口を挟まず、あくまで空気に徹する所存だ。


「言ったことなんかねえけど、お前見てるといくらでも言いたくなるんだよ。不思議だな」


 くすりと笑った慎の手が、優しく海里の頬を撫で、指先が髪を梳いた。

 甘い。店内の女性陣が思わず吐いたため息の音が辺りに広がる。素敵、などという囁きも聞こえてくるが、この男は誰にでもこうな訳ではないということを、声を大にして言いたい気持ちだ。お嬢さん方、この男は本来こんな男ではないんですよ。いざ付き合ったところで、仕事優先で会いにも来てくれないし、他人に触られるのは気持ち悪いと言い放つような男なんです、本当は。


「なあ、明日こそは休みだから、覚悟しとけよ?」


 聞いたこともないような声で、慎が囁く。これが、慎が本気で相手を落としにかかる時の声音か。ここまで甘くなれる男だったとは意外だ。

 それでも。


「ば、馬鹿……っ、明日、なんて言わないで……さっさと仕事終わらせて、今日中に帰って、こいよっ」


 耳まで真っ赤にしながらも可愛いことを言う恋人に、一瞬虚を突かれたような顔をした後、顔をくしゃくしゃにして笑う男を見ていると、サイボーグよりよほどいいな、と理央は思ってしまうのだ。


「あー、俺も恋人欲しい」


 二人に聞こえない声で小さく呟いて、理央は密かに口元を引き上げる。

 独り者には、目の毒だ。

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