欲しいのはそれじゃない
眷属合体。眷属合成とも呼ぶが、禁断の技である。
どのくらい禁断かというと、学校では『カリキュラムだから教えるがいざという時以外に使うなよ』と何度も繰り返し教えられるくらいに禁断だ。
召喚魔導師に召喚される魔物はエネルギーである。魔石を媒体に生き物の形を取っているが、元は固形を取らないエネルギーなので混ぜる事が出来る。僕の召喚した魔物は何故か普段も固形を取らない液状なんだけど、その辺りは言わない約束だ。
一度魔物をエネルギーに戻し、エネルギーを混ぜあわせもう一度魔物の形に変える。それが眷属合体。合体した眷属はエネルギーの総量が多く、核も二個使って一個体を作るので、合体前よりも強力な魔物になる。一度、核である魔法石に染み付いた『どの魔物になるのか』という情報は上書き出来ないので、スライムを合体させて竜が出来るなんて事はありえないけど、僕の場合はスペースが足りないという問題を解決したいだけなので問題ない。
記憶などは引き継がれないので慣れ親しんだ眷属を合体させる召喚魔導師はいないらしいけど、僕は正直スライムになど興味はなかったので罪悪感も何もなかった。と言うか、皆同じような形なので正直どれが一番初めに召喚したスライムなのかもわからなかった。
料理でもするかのような勢いでぽんぽん合成し、僕の何匹居るのかもわからなくなっていたスライム達は数十匹くらいに数を減らした。性質の異なる眷属同士の眷属合体では拒絶反応が出る可能性もあると聞いたことがあったが、不幸な事に僕の眷属たちは皆スライムなので拒絶反応など出るわけもない。
能力の上がったスライムたちはさらなる硬度を手に入れていた。ゼリーとかプリンくらいの硬度はあっただろう。だが所詮スライムには変わりなく、使い物にはならない。おまけに、百匹が五十匹になった所で減った気がしなかった。いや、硬度を手に入れたことで邪魔度が上がったようにすら見えた。
大量の蠢くゼリーに囲まれた僕は、母親に出て行く事を強いられた。
僕の実家は宿屋、客商売である。生き物を飼うのはそもそも褒められた事ではないし、犬猫ではなくスライムだ。僕が母親でも追い出していただろう。むしろそれまで追い出されていなかったのは母の無償の愛故だったのかもしれない。
ベストセラーといってもそんなずっと本が売れ続けるわけもなく、既に魔法石に全額つぎ込んだ僕には金がなかった。
大量のコブ付きじゃ女の子の家に転がり込む事さえ出来ない。スライム、スライムである。誰が数十匹のスライムを連れた男を養おうと思うだろうか。僕ならば思わない。
家はなく、職はなく、あるのはスライムのみ。路上でぐにゃぐにゃと蠢くスライムに囲まれ、人通りが僕を避けて動いていくのを見ながら僕は思った。
召喚したい。
だが金はない。運が悪い事に、頼りになる従兄弟は強力な魔物が発生したとの事で国外に出張していていなかった。国所属の悲しき定めである。僕は非常に羨ましい。
召喚魔導師は強力な力を持つ者として有名だが、それは間違いなく眷属の力である。弱っちい眷属しか持っていない僕では魔物を倒してその素材を売って金を稼ぐ事すら出来ない。そもそも、その程度では稼げる額はたかが知れている。既に百連続召喚の楽しさを知ってしまった僕には耐えきれそうにない。
なるべく合法的に稼ぎたい。だが、あるものは大量のスライムだけ。
スライムを利用した合法的な稼ぎ。僕に思いつくのは、汚れを食べるスライムの性質を利用したクリーニング店でも経営するか、あるいはスライムで性風俗でも経営するか。
僕はクリーニング店を経営する事にした。一応召喚魔導師の証はあるので、銀行から資金を借りる事ができた。それを軍資金に、僕は街の一等地に大きなクリーニング店を立てた。
一般のクリーニング屋はスライムの体液を薄めたもので汚れを取る。スライム液は野生のスライムを倒して手に入れるが、手に入れるにはコツが必要で、どうしても価格が高くなる。大量のスライムを自由自在に操る僕には負ける要素がない。
僕の店は繁盛した。薄利多売でも、元手がほぼゼロである。いや、汚れを食べるのでスライムの食費がかからなくなるだけプラスとさえ言える。店舗は二店、三店と右肩上がりで増えていき、別の街にも店を出した。ついでにスライム液を他のクリーニング店に売りつけ、一般にも売りつけ、これもまた大いに儲かった。僕のような特殊な境遇がなければ召喚魔導師がクリーニング屋をやるわけもない。競合はなかった。
三年で僕は洗濯王の名で脚光を浴びる存在になった。スライム印のクリーニング屋を知らぬ者はもはやいない。
メディアにインタビューを受けながら変な笑いが出たが、召喚魔導師としてのプライドなどとっくにない。店は増えたが、その利益でスライムも増えていたので問題はなかった。紛うことなき富豪の仲間入りである。
だがその辺りで、魔法石を根こそぎ買い集め、流通をせき止めてしまった事で国から警告が来た。予想外である。だが、スライムしか引けない魔法石を流通させる国が悪いのだ。
自身がスライムばかり引いたという証拠を叩きつけ大々的に訴えたら何故か勝利してしまった。謝罪され、謝罪金まで払われた。だが、国から目をつけられた以上このまま街にいるわけにはいかない。暗殺者でも差し向けられたら事である。
僕は国を出る事にした。店もブランドも全て他の商人に売り払い、数えきれない程いたスライムは出来るだけ眷属合成して数を減らした。
財産は全て魔法石にして、それも全てスライムにした。増えたスライムはまた眷属合成した。
その時点で僕は半ばあきらめつつあった。
もはや何百回引いたかもわからない。それらが全てスライムである。僕が召喚出来るのはスライムだけなのではないだろうか。いや、そうとしか思えない。
だが、そこで諦めるわけにはいかなかった。洗濯屋をやっていた頃ならまだしも、既に財産はスライムしかないのだ。このまま諦めたらただの道化、ただのスライムマスターである。竜ならまだしも、スライムに踊らされる人生など僕のプライドが許さない。
最寄りの一番大きな国に渡った僕は、富豪だった頃のコネ、信頼を金にして王都に家を建てた。大量のスライムを入れられる豪邸である。
その一室、身が沈むような豪奢な椅子に座りながら僕は思った。
――召喚がしたい。
召喚するには金がいる。屋敷を建てるのに使った借金もさっさと返さねばならない。信頼を金にしたのだ。それを裏切れば今度は商人から暗殺者を差し向けられる事になるだろう。
またクリーニング屋をやってもいいが、ブランドも店も売り払ったばかりだ。ここでまた新たなブランドを立てれば白い目で見られるだろう。
選択肢はたった一つだった。
僕はスライムを利用した性風俗を経営する事にした。
勿論、スライム利用では許可が降りるわけがないので裏風俗である。
合成に合成を重ねた極上のスライムが人を虜にするのに時間はいらなかった。独特の柔らかさと温度は人に快楽を与えるのにうってつけだった。最初はこわごわであっても、一度味わえば麻薬のように人の心を捉えて離さない。やるのが眷属だしスライムなので従業員から訴えられる恐れもない。
スライム風俗は口コミで爆発的に広まった。富豪仲間は元締めが僕だと気づいていたはずだけど、誰もそれを密告しなかった。そもそも、その頃には規制する側である国の上層部にも多数の顧客を持っていたので、捕まるわけがない。法の抜け穴でもある。名目的にそれはスライムと人の自由恋愛だった。僕は下らないなあと思った。
たった一年でスライムを増やしながら借金を完済し、そこから先は再びスライムを増やす事に集中し始めた。もはやスライムさまさまである。皆の脳裏にスライムの気持ちよさを刻みつけた後は、どんどん料金を高くしていったが、それでも客足は途絶えなかった。
だが、ある日僕の耳に情報が入った。スライム風俗規制の動きがあるらしい、と。
やり過ぎたようだ。スライムに慣れすぎて人ではイケなくなった者が大勢出たらしい。ついでに風俗に通う金がなくて野生のスライムに挑戦し、死亡した勇者が何人も出たとの事。国も重い腰を上げなくちゃならなくなったわけである。
僕は知った事かと思ったが、店をたたむことにした。今捕まるわけにはいかないのだ。国を敵にするつもりもない。僕は召喚がしたいだけなのだ。
その頃、スライムを増やしながら眷属合体をし続けた僕は、ある一つの世紀の発見をしていた。
――ジェリースライムを特定手順で合成するとメタルシードになる。
メタルシードとは自然界に存在する希少金属で、極めて高い硬度を持ち、特定手順でしか加工できない、軍需産業で極めて高い需要がある金属である。他の一般的な金属と異なり鉱脈など存在せず、本当に何の前触れもなくその辺に落ちている。滅多に見つからないものだが見つければ同じグラムの金の数十倍数百倍で取引される夢の金属だ。
神の贈り物とも呼ばれるそれが、身体が硬すぎて動けなくなったスライムだなどと誰が想像しただろうか。
スライムを引き続ける僕ならばそれを安定供給できる。
僕は魔法石のために武器商人に取引を持ちかけることにした。
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