何回ガチャを引いてもレアが出ないから腹いせに書いたファンタジー

槻影

何回引いてもレアが出ない

 それは、赤紫色に輝く親指の先程の大きさの結晶だった。


 やや強張った面持ちの青年――今年高等学校に入学したという七つ年上の従兄弟が、見る方向次第で光を反射しているようにも吸い込んでいるようにも見えるその奇妙な結晶を指先で摘み、半径一メートル程の不可思議な円陣サークルの描かれた床に置く。


 それが召喚魔導師サモナーの扱う召喚魔法陣サーモニング・サークルで、その結晶がこの世界に幻想を召喚するための媒体である『魔法石』だと知ったのは随分と後の事だ。


 僕はただ、その仕草を見ていた。

 その時、何を考えていたのかもう覚えていない。次の瞬間の光景が強烈に記憶に刻み込まれたせいで、その前後の事は酷くあやふやだ。

 どうして、従兄弟が僕にそれを見せようとしたのか。あるいは、どうして僕がそれを見ようとしたのか。

 それすらも覚えていない。


 ただ、いつも笑顔で、悪く言えば世俗的だった従兄弟が、まるで神に祈るかのように目を閉じ手を合わせる光景だけが不思議と脳裏に焼き付いている。


 そして、次の瞬間――召喚陣が眩いばかりの金色の光を発した。


 従兄弟の目が驚愕に見開かれる。


 数秒後、目の前に現れたのは金色の竜であった。

 身の丈はそれほど大きくない。お伽話の竜は山の如く、砦の如く巨大と言うけれど、目の前に現れた竜の大きさはせいぜい、まだ九歳だった当時の僕と同じくらいだった。

 その翼はまだ幼く万全に広げても自身を持ち上げる事すらできないだろう、その滑らかな鱗は柔らかく引っ張れば剥がれそうだ。


 だけど、それでもその存在はただただ美しく、言葉を発する事も出来ずただ立ち竦む僕の隣で従兄弟が叫んだ。


「ゴールド・ドラゴンきたあああああああああああああああああああああッ!!!!」





 それはきっと僕の原点。人生のターニングポイント。

 その日、その光景を刻みつけられた僕はその竜に憧れ、従兄弟と同じ召喚魔導師サモナーになる事を決意したのだ。










 ――何回引いてもレアが出ない。









§§§







 召喚魔法について説明しよう。


 召喚魔法とは、この世界とは異なる別次元の世界から力を呼び寄せ、魔物を生成する魔法である。

 媒体に魔法石を必要とし、その魔法石を核として力を呼び寄せ、現世での肉体を構築する。

 構築された魔物は眷属と呼び、たいていの場合、召喚者に忠実だ。構築された魔物の種類によっては人と同等の知性さえ有する、この上なく心強いパートナーとなる。


 召喚魔導師サモナーは数ある魔導師職の中でも特に汎用性が高く、強力なパートナーを得てしまえば栄光が約束されたも同然。国も戦力増強のため召喚魔導師サモナーの育成に力を入れており、当時貧乏人の間では、金がなくても生まれが悪くても高い適性を認められれば召喚魔導師として無料で育成され、将来的には国に召し抱えられる事ができるのだという一種のサクセス・ストーリーがしきりに囁かれていた。


 だが、何事もそううまい話はないもので、このサクセス・ストーリーにはいくつかのハードルが存在する。


 まず第一に、そのサモナーの適正というのが持つものが希少な適性だという事。

 そして第二に、召喚される魔物は自分で選ぶことができずランダムであるという事。

 そして第三に――核として使うが故に必須である魔法石がクソ高いという事。


 魔法石は貴重品だ。一個の魔法石で中流家庭なら三月暮らせる。

 従兄弟が当時使った魔法石は、従兄弟が適性を認められ召喚魔導師の学校に入った際に一度だけ支給されるもので、有り体に言えばその最初の一発で魔物図鑑に載っているレアリティSSRに値する金色聖竜レジェンドリィ・ゴールド・ドラゴンを召喚出来たのは超ラッキーだった。


 そんなわけで、従兄弟の出した竜への羨望から七年間の血の滲むような努力を経て、狭き門である召喚魔導師の卵として認められ、入学特典でもらった魔法石で召喚を試みた僕は――第二のハードルの深さに絶望を感じる事になった。




「……何だこれ……」



 胸いっぱい、期待いっぱいで念願の召喚魔法を行使した僕は、現実に打ちのめされた。

 当たり前だが、その時の僕はその七年前の何も知らなかった僕ではない。

 召喚魔法についてもそれなり以上の知識を有し、召喚魔導師の卵として認められた、そんな僕である。当然、召喚魔法の対象がランダムである事も、その召喚行使時の光――召喚光の色と強さで召喚される魔物の質が決まる事も知っていた。


 僕の初めて行使した召喚光の色は水色で、強さは消えかけの蝋燭のように朧げ。

 果たして、僕の目の前に現れたのは一匹の不定形であった。一見、床が濡れているようにしか見えない。


 わざわざ仕事を休んで付き添ってくれた、竜の力を背景に既に一流の召喚魔導師として名を馳せる従兄弟が眉を顰め、ため息をつく。


「あっちゃあ……ブルージェリーか……運が悪いな……」


「ブルージェリー……?」


 頬が引きつるのを感じつつ、従兄弟からのお下がりの魔物図鑑をぱらぱらとめくる。

 それは、これまで召喚魔導師に召喚された事のある魔物についてまとめた代物で、その魔物の性能や出現率などが載っている叡智の結晶だ。数ページ捲っただけですぐに僕はその名にたどり着いた。いや、実はたどり着くまでもなくその名は知っていた。何しろその魔物図鑑は、十五歳の誕生日に従兄弟からもらってから毎日擦り切れるまで読み尽くした物だったのだから。


 だからきっと僕は、現実逃避したかっただけなのだろう。


 ブルージェリー。通称ブルージェリースライム。レアリティ、N。

 見まごうことなき最弱として有名な魔物である。街の外に出ればその辺にいくらでもいる、子供が踏んづけただけで死ぬような魔物ヒエラルキーの最底辺。


 一言で言うとそれは外れも外れ、大外れであった。従兄弟の出した竜などと比べ物にもならない。何で同じ召喚魔法で出てくるのか理解できないレベルである。


 僕は呆然自失としながらも、召喚を実施する前までは「お前は才能があるから俺と同じSSR+が出るかもなあ、あっはっは」なんて言ってた、今は凄まじく気まずそうに目を逸らしている従兄弟の方を向いた。

 そして、一縷の望みをかけて頼んだ。


「……働いて返すから、魔法石貸して……」


「……ああ」


 果たして僕は、従兄弟がもう流石に無理、と言うまで魔法石を借金……借石し召喚を試みて、合計七種類のジェリースライムを手に入れたのだった。

 従兄弟にはもう笑顔がなく、僕はただ能面のような表情(後から従兄弟にそう表現された)で、スライム達でびちゃびちゃになった床を眺めるのみだった。

 いくらなんでも七連続でスライムとか運が悪すぎる。


 しかし、その程度で絶望するのは甘いという事を、僕はその後、嫌という程知る事になる。 


 その時、既に僕はずっぽりと深みにはまり込んでいた。


 ――召喚という修羅道にして射幸心煽る恐ろしい世界の深みに。





§§§






 召喚される魔物にはレアリティが存在する。

 それぞれ下から、N、N+、R、R+、SR、SR+、SSR、SSR+だ。

 下に行くほど出やすいが性能が低く、上に行けば行くほど出にくいが性能が高い。

 従兄弟の出したゴールド・ドラゴンはSSRだが、成長させるとSSR+となる、召喚魔導師垂涎の眷属である。まさに人の一生に金色の栄光をもたらす存在と言えよう。

 僕の出したジェリースライムはNの中でも最底辺であり、液状で硬さが全く無いためバケツにでも入れておかないとまともに飼う事さえ出来ない。ゴールド・ドラゴンは人語を話せるが、スライムに意思疎通など出来るわけがない。そもそも口がない。


 圧倒的格差。

 召喚した眷属による圧倒的格差がそこにはあった。勿論、貴重な魔法石をありったけ貸してくれた従兄弟に文句を言うなど出来るわけがないが、嫉妬がないといえば嘘になる。

 召喚魔導師の力は術者の熟練度よりも眷属の力量に左右される。術者の熟練度が高くなればなるほどレアな眷属が出やすくなるという通説もあるが、基本的には召喚される魔物は完全にランダムだ。当時の従兄弟のように成り立ての召喚魔導師が竜を召喚する事もあれば、熟達した老齢な召喚魔導師がスライムを連続で引く事もある。


 如何な召喚魔導師と言えど無尽蔵に眷属を作れるわけではなかったが、兎にも角にも僕には魔法石が必要だった。ジェリースライムだって育てれば多少は使えるようになるらしいが、そんな手間を掛けるくらいなら新しい眷属の召喚に賭けたほうがいい。

 だが、金がない。従兄弟にこれ以上魔法石を恵んでもらうのもプライドが許さない。そのままだったらいつかプライドを捨て去る事になりそうだったが、その時の僕はまだプライドがあったし奥ゆかしかったので別の方法を望んだ。


 召喚魔導師はエリートだ。バイトなどをしている暇はないし、バイトをしていなくても一定額の奨学金がもらえる。


 僕は徹底的に節約した。同じサモナーを志す可愛い女の子を引っ掛けて養ってもらい、奨学金から魔法石を捻出した。僕は節約の鬼であった。クラスメイトからの僕のアダ名はヒモであった。

 かくして僕は一学年目にして、魔法石を三つ手に入れる事ができ、ジェリースライムを三匹召喚する事に成功した。その中の一匹は冬季にしか出現しないレアな紅白スライムであった。レアリティはN+であった。僕は死ねばいいのにと思った。


 二学年目。節約と魔法石の欲しすぎで成績を落としていた僕は、学校を首席卒業する事で魔法石五個のボーナスを貰える事を友人から教えられた。僕は魔法石欲しさに徹底的に勉強し、同時にバイトを行い、ついでにライバルの女の子を誑かして成績を落とさせると同時にそんな事をしていたので彼女に振られた。


 そして二年後、僕は屑だのゴミだのと呼ばれながら首席をゲットし、魔法石を五個手に入れる事ができた。


 学校卒業時、僕が保有しているスライムの数は五匹程増え、合計十五匹だった。その頃にはもう配下のスライムたちはだいぶレベルを上げ、液状から片栗粉を加えた程度の硬さを手に入れていた。他の連中は既にスライム以上の眷属を有しており、スライムをそこまで育てたのは僕くらいであった。

 そして僕は首席合格で手に入れた五個の魔法石を五匹のスライムに変え、ついでにクラスメイトの目が侮蔑から憐憫に変わった。僕のアダ名はヒモからスライムマスターに変わった。


 卒業時、ゴールド・ドラゴンの力を軸に、更に運良く数匹のSR以上の眷属を手に入れ、国でも五指に入る超絶エリート召喚魔導師になっていた従兄弟がなんということか、首席卒業祝いに十個の魔法石をくれた。ついでにそれまでの借石をゼロにしてくれた。

 僕はそれですかさず十匹のスライムを召喚した。僕は従兄弟から、もう召喚魔導師をするのは諦めて実家の宿屋を継いだほうがいいとアドバイスを受けた。


 スライムしか召喚出来なかった僕はエリート学校を首席卒業したにも拘らず国からのオファーが来なかった。召喚がランダムであるというのは周知の事実だったので誰も僕を責めなかったが、もうその事実がセンシティブな僕の心に大ダメージを与えていた。


 随一。

 僕が卒業時に召喚していた眷属の数は三十匹。この数は同輩で随一だった。同輩で僕の次に召喚していた魔導師でも五匹であり、しかもそいつはスライムを一匹も引いていない。

 不公平だと何度涙を飲んだ事か。だが僕が悪い事は確定的に明らかであった。いくらレアリティNで出やすいと言っても、レアリティNの魔物は他に腐る程いるのだ。


 既に春夏秋冬一年中スライムを引き続けた僕は季節限定スライムやらイベント限定スライムやらをコンプリートしており、スライム関連の書籍の執筆を頼まれるレベルにまで至っていた。

 卒業後、本来卒業生は召喚魔導師として国に仕える事が必須なのにオファーがこなかったという珍事を引き起こし、やる事のなかった僕は暇つぶしにそれを執筆、僕を憐れむ元クラスメイト達(現エリート召喚魔導師)の後押しもあり、それはベストセラーとなって僕は多額の印税を手に入れた。下手したらエリート召喚魔導師として得られる棒給以上の額である。


 大金を手にした僕は、そして思った。

 この金で魔法石を買って別の眷属を手に入れよう、と。従兄弟はまだ引いてもいないのに憐憫の目で僕を見ていた。


 召喚魔導師という職に僕は虜だった。と言うより、召喚の虜だった。

 嘗て、召喚された当時はまだ幼体で僕と同じくらいの大きさしかなかったゴールド・ドラゴンは既に成体になり、竜としての威光を存分に示していた。僕のスライムは水枕として使える程度の硬度を示していた。


 僕は思った。ここで引くわけにはいかない、と。

 竜を引くまで引くわけにはいかない、と。


 レアリティSSR+の眷属の召喚確率はおよそ0.01%、SRで0.1%、R+で5%、Rで10%程度と言われている。確率で言うのならば三十回も引いた僕は既にRやR+が来てもおかしくない。


 一時的に召喚した魔物が偏っていたとしても最終的には確率は収束するはずだ。

 それは次かもしれない。あるいは、次の次かも知れない。


 どっちでもいい。


 印税は魔法石換算でおよそ百個分程あった。引き放題である。これでSRが来なかったらそれは詐欺だ。

 それだけの金があれば一人暮らしならば十年は遊んで暮らせる。だが、僕は十年の遊興よりも召喚魔導師としての栄光を選ぶ。


 僕は自室を綺麗に整頓し、床にエリート召喚魔導師学校首席合格者の気合たっぷりの召喚陣を描くと、次から次へとまるで流れ作業のように召喚を行使し、


 部屋がスライムで埋まり、親に怒られた。


 全ての魔法石を行使し終え、スライムで部屋が埋まった僕は冷静に考えた。

 これは禁断の秘術、眷属合体を試みてスペースを確保するしかない、と。そうしなくては次の召喚ができない。



 眷属合体。

 それは、それぞれ意志を持つ眷属同士を融合して新たな眷属を生み出すという生命倫理に反した極悪非道の術である。

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