そろそろ帰宅(田中さん側)

 時刻は夕方。それでもショッピングモールの中は多くの家族やカップル、または友達どうしの人たちで賑わっている。

 私はというと、鈴木さんが終始私に合わせて動いてくれたことに、若干の不満を覚えつつも彼になされるがままにいろんなところを巡った。そりゃあもう色々。普段はいかないような雑貨やさんはもちろんのこと、楽器店、本屋、家電量販店。他にも外国特有どぎつい色のお菓子が売っているお店につれてってくれたり、キャラ物の雑貨がまとまるファンシーなお店にもつれてってくれた。

 楽しかった。うん。楽しかったとも。

 今時の女子が何に興味があるのか少しだけ理解もできたし、今後の真澄とのデートのプランとしても申し分ないと思う。ただ思ったことは、鈴木さんも自分が行きたいところに行けばいいのにという気持ちだった。


 本当に最初っから最後まで私のために動いてくれた。疲れてないか確認したり、歩幅を合わせてくれたり、退屈しないように適度に話してくれたり、ちょっとした変化に気づいて気を使ってくれたり。この人、本当に彼氏だったらきっと100点満点のデートだったろう。

 ただ私以外だったらの話だ。


「楽しかった?」


 ショッピングモールを出て、最寄り駅まで向かう。そこからバスで帰るのだが、途中までは鈴木さんも一緒になる。

 彼は相変わらずの笑みを浮かべて訪ねてくる。その顔に、私は不満を表した。


「……楽しくなかった?」

「参考にはなりました。けれど、私ばかり特したのがむず痒いんです」

「でもこれは、俺がほとんど無理矢理誘ったお詫びだし。田中さんに楽しんでもらわないと困るんだけど」

「わかってます。でも不満です」


 鈴木さんがどう思ってようが、私はやっぱり嫌だと思う。


「う~ん。田中さん的には、俺にも楽しんで欲しかったってことだよね?」

「そうです。これでは私ばかり特して嫌です」

「でもそれって、田中さんは楽しかったってことだよね」

「だからそう言ってるじゃないですか」

「もしそうなら、俺はそれで満足だけど。彼女が楽しかったんだから、彼氏冥利につきるってものじゃない」


 鈴木さんのその言葉に、驚き目を見開くと同時に、“彼女”というワードに顔が熱くなる。


「(仮)を付けなさい! 私たちは本当のカップルではないんですよ!?」

「わかってるよ。でも、田中さんやっぱり優しいよね」

「止めてください。別に私は」

「だって俺のこと嫌いだって言ってたのに、最後まで付き合ってくれたし。こうして俺の心配もしてくれるんだから。なんだか本当の彼女みたい」


 本当の……彼女。


 思い出したのは、図書館でのあの人の姿だった。

 先送りにしていた問題が突然浮き彫りになり、顔が曇る。


 鈴木さんの顔を見る。なんの気もなしに言ったのだろう。いつも通りの笑顔だった。


「彼女じゃないですよ。私は……鈴木さんの彼女じゃないです」

「田中さん?」


 吐き捨てるように言って、少し先を歩く。


 ああもう。あの人は本当に、その気がなくてもああいう言葉が出てくる辺り、やっぱり天然タラシのクソ野郎なんだろう。だからなんでもない知り合いの女子にも、こうして平気に口説いてくる。自分の中に、本命がいるというのにだ。

 イライラする。平気で嘘をつき、本命がいるのに他の女をデートに誘うこの人に。けれどもそれ以上に、彼女の存在を忘れてのうのうと楽しんで、彼の本心に気づいているのに自分のために黙りこんで、本当の彼女でもないのに彼のことを考えているように見せた私自信に、一番イライラする。

 というかやっぱり鈴木さんも悪いですよね? こういうデートだって、本当はあの人としたいに決まってるのに。絶対私を呼んだ理由は誘いやすかったからですよね。本命を誘う度胸がないから、無難に私を選んだってことですよね。そう思うとやっぱり鈴木さんにイライラする。


「ちょいちょい。なんでそんなに怒ってるんです?」


 なんの悪びれもなくこの人は。


 後ろを振り向き。「あなたのせいですからね」と指を差す。


「彼女って言ったのがそんなに嫌だったと」

「そうですけど。それだけではなくて。本当は」


 本当はあの人の来たかったんでしょ!?


 その言葉をなんとか飲み込んで、「なんでもないです」ふいっと前を向く。


「ちょ、田中さん」


 歩きながら、ごちゃごちゃとしていた思考が、声に出して吐き出したことでふと冷静に戻る。

 別に鈴木さんはそんなこと一言もいってないのに、勝手に私が決めつけてイライラして、鈴木さんからみたら突然私がご乱心したようにしか見えない。そりゃあ鈴木さんは取り乱すし慌てるだろう。悪いことをしてしまった。後で隙をみて謝ろう。

 というか私はなんでここまで怒ってるんでしょうか? 前までだったら別にそんなことは思わなかったのに、やっぱりあの日から変です。まるで、私があの人と比べられて嫉妬してるような……ような……。


「っ!」


 その時、以前由美さんに言われた言葉を思い出す。


『田中さんは、鈴木くんのことを、一人の男性としてどう思ってるの?』


 これじゃあ……まるで。


 振り替えると、腕を組んで悩んでいる鈴木さんがいる


 私があの人に、恋をしてるようじゃないですか!

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