さて、本日の目的を遂行できません

 お昼を食べ終わり。少しの休憩を挟んで、真澄と高橋君。由美さんと鈴木は海に遊びに行った。真澄に行こうと言われたが、俺はまだ休憩していたかったので、田中さんといっしょにパラソルの下で休んでいる。


 なんて……休憩なんて建前だ。いや実際かなり疲れてるから休みたかったのだが、目的はそこではない。俺は今日、高橋君と真澄の関係がどういうものなのかを観察する必要があるのだ。そのためには遠くから俯瞰して見る必要があるだろう。

 遊んでいる姿を観察して、二人の関係がどういうものなのかを調べなければ。これは兄としての責務だ。鈴木にはそれとなく、中から二人の様子を確認してもらうようにしている。


 いや~さすがつづりん。まだそんなことやってたんだね~。さすがにイタイよ。なんて笑顔で言われたが、正真正銘の変態に言われたくはなかった。

 俺は兄として真澄の幸せを考えないといけないんだから、これかくらいは普通だ。さあ見定めるぞ高橋君。君という人間を!


「綴さん」


 しかし、そう上手くはいかないもの。だって隣に田中さんいるしね。正直二人でいるのは恐い。身構えてしまう。


「今日はありがとうございました」


 不意にお礼を言われたものだから、警戒しつつ「どうかした?」と聞き返してしまった。


「真澄と海にいけましたので。まあ、その他もろもろと着いて来てしまいましたが、真澄との思い出が出来るのは嬉しいです」

「……田中さんって、話すのも嫌なくらい俺のこと嫌いなのかと思ってたけど」

「憎いですが嫌いではないです」


 どう違いがあるのだろうか……?


「私、高校に入るまでは、こうやって誰かと一緒に遠出することはなかったので、素直に感謝しているんですよ? 私はほら、色々と身分が違うせいで、遠目に見られてしまうので」


 そういえば、田中さんを最初に見た時に、気品のあるお嬢様に思えたことがあったな。あの時の感覚は間違いじゃなかったのか。


「お金持ちだったんだな」

「真澄はそこのところ、無頓着なところがありますから。伝えてなかったんですね」

「あいつは基本、自分のことしか喋らないからな」

「……だからかもしれませんね。最初から私に無頓着な人は初めてみました。というよりは、ある人以外は、どうでもよかったんでしょうね」


 何か含みのある言葉だ。ある人? 誰だ? まさか真澄に好きな人がいるの!? そんな! 俺に何も言わずに恋人なんて! お兄ちゃん許しませんよ!


「綴さん。目付きが怖いです。人を殺しそうです」

「すまない。自前だ」


 だとしたら相手は誰だ? 高橋君か!?

 俺がそんなことを黙々と考えていると中、田中さんは自分の話しを進める。


「真澄は最初から、綴さんのことしか考えてませんでした」


 もしかしてある人って俺か。なら安心だな。焦った。


「クラスでも少し浮いている人でしたが、裏表がなくて愛らしくて、どうにも嫌いになれない人でした。ただ私は心のどこかで、他の人と同じように私は見られていると、そう思っていたんです。ですから最初は、真澄のことが苦手でした」

「……なんか意外だな。田中さんは最初っから田中さんだと思ってた」

「理由もなく人を好きになりませんよ。綴さんだってそうでしょう?」

「俺はまだ……好きだなんだっていうのは、よくわからないよ」


 裏表のない本心を伝えたつもりだったが、田中さんは少し残念そうに「そうですか。可哀そうですね」と憐れんだ。別にいいだろう? 気になってる人はいるんだから。


「……真澄の見る目が変わったのは、彼女が私を特別に見ていないことがわかったからです。そんな人は今までいなかった。だから興味を持って、色々と調べて、そして……」


 言葉が止まる。悲しそうな表情に、吸い込まれるような魅力が備わっている。不意に心臓がドキリと脈を打った。


「ともかく。だから私は真澄が好きなんです。いくら綴さんと言えど、真澄を渡すつもりはありません」

「いや、真澄は別に俺のものじゃないけど……」

「けど、高橋さんとの関係を疑っているんでしょう?」


 図星を付かれて押し黙ってしまう。田中さんはそんな俺を見て、勝気に笑って見せる。


「真澄よりわかりやすいですね」

「最近、表情が生きてきたんだよ」

「その方がいいですよ。誤解が解けます」

「かもな。けど今は、別にこのままでもいいと思って来てる」

「それはまた、どうしてですか?」

「それは……」


 言いかけて、自分が恥ずかしいことを口走りそうになったことを理解した。「まあ色々」と曖昧にして視線を逸らす。田中さんは「色々ですか。色々」とどこか納得した表情で俺を見た。

 最近、本当に表情を読み解かれてばかりだ。恥ずかしい。


「面白いので黙っていようと思ってましたが、ライバルを蹴落とすのも戦略の一つ。高橋さんは真澄の事が好きです」

「やっぱり!」

「ですが真澄は、別に高橋さんのことは好きではないです。片思いですね」

「そうなのか……」


 ちょっと安心。


「今後どうなるからわかりませんが、別に放っておいて大丈夫ですよ」

「そうなのか? どうして?」


 理由がわからないんだけど。

 そうしたら、田中さんは得意気に「女の勘は当たるんですよ」と言った。


 ふむ、強いな。女の勘。

 改めて、女性には敵わないだろうなと思わされた。



~おまけ~


 どうして綴さんにこんな話をしたのかはわからない。でも、綴さんには話しておかないと、と思った。

 それはきっと、真澄と同じだから。私のことを知っても、普通で居てくれると思ったから、それを試したんだと思う。

 後はそう……ちゃんと知ってて欲しかったのだ。自分の気持ちが偽りのない本当であることを。真澄の大切な人に、真澄を大切だと思う気持ちを。


 自己満足はなはだしいけれど、改めて口にしたら、自分の気持ちを深く理解できた。


 やっぱり私は真澄が好きだ。誰よりも、真澄のことが大切なんだ。最近、私の心をかき乱す人がいたから、再確認できてよかった。けれど、どうして私はあの人のことを、こんなにも意識してしまったのだろう? 何か、私に通じるところがあったのだろうか?


 海の方で無邪気に遊んでいる彼の姿を見て、少しモヤっとしたものが心の内に湧き上がった。その感情がよくわからなくて、私は戸惑いつつも、ため息を吐いて感情流す。

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