これが彼の答え

 機材の調整が終わり、阿子と別れてから歩いて家路につく。その間、阿子に言われたことを思い出しながら、由美さんのことを考えていた。

 由美さんはああ言っていたけど、やっぱり何かを隠しているのは確かなんだ。もしかしたら、俺に言えないことかもしれないけど、でもそれで疎遠になるのは絶対に嫌だった。


 俺にとっては、由美さんも大切な人なんだ。だから大事にしたい、悲しませたくない。嫌われるんだったら、ちゃんと嫌いだって言って欲しい。何も言わずに離れられるのは、本当に嫌だ。


 いつの間にか、由美さんの家が経営している洋菓子店の前に来ていた。窓越しから中を覗いて見ると、レジカウンターで由美さんがお客さんの対応をしている。

 一先ず体調は大丈夫なようで安心した。一度深呼吸をして、お客さんが出てくるタイミングを見計らって、中に入る。


「いらっしゃいま……せ」

「こんばんは。由美さん」

「綴君。なんで……?」

「由美さんに、会いに来ました」


 突然の来訪に、由美さんは戸惑ったようで、視線を泳がせながら縮こまっている。俺は一先ずレジの前に行き、「少し、時間貰えないかな?」とお願いをした。


「……うん。わかった」


 顔を伏せながら了承してくれる由美さん。「ちょっと待ってて」と店の中に入って行くと、エプロンを外して戻って来る。


「いこっか」

「うん」


 彼女の後を付いて行き、店を後にする。

 無言のまま、歩道を歩く。少し前を由美さんが歩き、俺がその後ろに付いて行く。この距離が、なんとも気まずい。

 由美さんと共に向かったのは、古伊深神社だった。この時間は利用客がいないので、人気は無い。暗がりの神社の鳥居を潜り、灯りの少ない社の前まで来る。


「ここでいっか」

「そうだね……あの、由美さん」


 由美さんは振り向いてくれない。社の方を向きながら、俺の声を聞いてくれている。


「由美さんに、ちゃんと言わないといけないことがあって」

「……うん」

「あの……」


 いざ言葉にしようとすると、何から言っていいのかわからなかった。まず謝ればいいのか、それとも弁明をすればいいのか。いつも自分の気持ちなんて言う機会なんてなかったし、こういうことは不慣れなため、考えてたとしても言葉に迷う。


「俺……俺はあの時」

「無理、しなくていいよ」

「……えっ?」

「綴君優しいから、きっと気を使わせちゃったんだよね。ごめんね」


 それは違う。俺は別に、由美さんのために動いてはいない。由美さんとの関係に悩んだり、由美さんのことをどうにかしたいって思ったのは、全て俺の勝手な意思だ。


「私は大丈夫だから。明日はちゃんと大学に行く。ごめんね心配かけちゃって、もう平気だから。綴君が、気に病むことじゃないんだよ?」


 その言葉に、心の中が荒れ狂うように、嵐が来たみたいになった。


「そうじゃない」

「えっ?」

「違うだろ。気を使ってるのは由美さんの方だ! 気に病んでるのも由美さんの方だ! 確かに人に言えないようなことはいくらでもある。そんなの、俺にだって沢山あるよ! 由美さんが何に悩んでいるのかはわからないけど、でも確実にこないだことが原因だってのはわかってる! だから俺は、それをちゃんと話したいんだ!」

「綴……くん?」

「俺が身勝手なこと言ってるのはわかってる。でも俺は、由美さんのことは大事なんだよ。大切なんだ」


 まるで子供のように叫ぶ俺を、由美さんは辛そうな顔で見ていた。けれど動き出してしまった感情は、止まらなかった。幼稚でも、稚拙でもいいから、とにかく伝えたかった。伝わって欲しかった。


「あんな風に、俺のことを見てくれる人は、そんないないから。だから俺は、自分のために由美さんと仲直りがしたい。でも、それは俺の勝手だから、せめて嫌いになったんなら、ちゃんと伝えて欲しい。勝手に離れるようなことは、しないで欲しい」


 女々しいことを言っている自覚はあった。けれど、俺にはそう言う他なかった。それが俺の、素直な気持ちだったから。


「だからもう一度、ちゃんと話しがたい。お願いします」


 頭を下げ、懇願した。なんて言われるのはわからなかったけど、自分なりに誠意は見せたつもりだ。正直に、良いも悪いもひっくるめて、告白した。

 少しの間の無言。駄目なのかもしれない、そう思った矢先。「綴君」と優しく声を投げかけてくれる。


「そんな風に思ってくれてたなんて、知らなかったよ。本当、身勝手な話だね」

「返す言葉もない」

「顔を上げて」


 言われるがままに、顔を上げる。そこには、優しく微笑む由美さんの顔が、月明かりに照らされていた。


「初めてだね。綴君がそんな余裕のない顔するの」

「えっ?」

「凄い必死になってた。初めて見た、あんな顔」

「そんな顔してたのか俺は」


 確かに、気持ちを伝えるのに必死で、いつになく熱くはなってしまった。それがいつの間にか、顔に出ていたのだろう。無表情だと勝手に思っていたが、俺の表情筋はまだ完全に死んでいないようだ。


「私も、逃げるようなことしてごめんね。あんなこと言ったばかりで、やっぱり色々と整理できてなくて。今でもまだ、少し後悔してる。あんなこと言わなければ、こんなことにはならなかったなって」


 でもそれは、俺にも原因はあったんじゃないかと思う。あの時、ちゃんと話をしていたら、こんなことにはならなかったのではないか、と思ってしまう。


「けどね。今はこうなって、ちょっと良かったなって思ってる」

「えっ?」


 何故そんなことを思っているのか不思議に思った。お互い距離が生まれて、何かよかったことがあるかと言われれば、なかったと思うからだ。だが由美さんはいたずらっぽく笑うと、「綴君の困った顔が見れた」と言った。

 人の困った顔を見て何が面白いんだろうと疑問に思ったが、由美さんの笑顔をみたら、そんなことはどうでもよくなった。


 ようやく。笑ってくれた。


「綴君」

「何? 由美さん」

「こないだのこと、少し訂正させて」

「え? うん」

「私もずっと見てるから。もう、迷わないよ」


 その笑顔があまりにも綺麗で、ぎゅっと心臓を掴まれたみたいに苦しくなった。慣れない感情に、心がびっくりしたみたいだった。この感情が、どういった意味を持つのかは、今はわからない。でもいつかきっと答えはでる、そんな気がした。


「なんか話したらすっきりしたな~。ねえ綴君。せっかくだし、お参りしていかない?」


 由美さんは社を指しながらそう提案するので、「そうだな」と乗っかることにした。


「あっ、でも俺、5円玉ない」

「そういえば私も、お金持って来てないや」


 二人して顔を見合わせて、ほくそ笑んだ。そしたら由美さんに「笑った顔も見れた」とつつかれて、照れ臭くて顔を背ける。


「なら、二人で10円ってことにしない? 分割すれば5円になるし」

「そうだな。うん。そうしよう」


 俺は財布から10円玉を取り出し、賽銭箱に入れる。鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼をする。由美さんが何を願ったのかはわからないが、俺は良き縁を戻してくれたことへの感謝を伝えた。縁結びの神社なだけあって、効果は絶大だったな。


「綴君」

「ん?」


 お参りの最中に、声をかけられたのでそちらを向くと、由美さんは顔を上げて。


「呼んでみただけ」


 そう、微笑んでくれた。

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