人形夢譚

@ekunari

吸精人形

 中学生の頃、祖母の家によく行った。

 目新しい娯楽がある場所ではなかったが、田舎の家で、古いガラクタが色々蔵に押し込められており、珍しいものを発掘して遊んでいた。

 ある時、蔵の裏手で日本人形を見つけた。

 古びている割にえらく小ぎれいで、こんな所にあるのが不思議なくらいだった。

 作りが精緻で、艶やかな顔には傷ひとつ無い。


 なぜかこの人形に心が引かれた。

 蔵の中で気に入ったものがあれば、何でも持って行っていいと祖母には言われていた。

 それでも女の人形が欲しいなどと言うのが恥ずかしく、僕はこっそり隠して自宅へ持ち帰った。


 部屋の中で机に向かい、人形を両手で持ってしげしげと眺めた。

 昔に作られたものだろうに、随分現代的な顔立ちをしている。

 しばらくぼうっと見とれていたら、つい人形を取り落としてしまったので、床に落下する前に慌てて足を閉じて、股の間で受け止めた。

 人形を股に挟む格好になり、……

 途端、じわりと温かい何かが僕の内股に広がった。

 なんだか後ろめたい気持ちになってしまい、誰もいないのに思わず周囲を見渡した。

 目を離した拍子に、くすぐったいような違和感があって、再度人形に目をやる。

 腿の間で、人形はさっきよりも僕の胴体に近い場所にあるような気がした。

 まるで、僕の体の中心へにじり寄ったように。

 ともあれ手に取ろうと身じろぎしたせいで、偶然、前傾した人形の口が僕の股間に触れた。

「う」

 この時には僕の体は、完全に反応してしまっていた。

 そして、人形を持ち直そうとしたはずの両手は、いつの間にかそれの口を強く自分の下半身に押しつけていた 。

 こすりつけたり動かしたりはせず、ただ押しつけていただけだ。

 なのに、すぐに僕はのけぞり、声を上げて終わってしまった。

 荒い息を吐きながら、自分に何が起きたのかを理解しようとする。無駄な努力ではあったが。

 人形があざ笑うように僕を見ていた。


 それからはもう、人形が手放せなくなった。

 学校から帰るとそそくさと部屋にこもり、人形を使う。

 自分の手など、今更馬鹿らしくて使えなかった。

 終わる時の感覚が、人形を使うのとそうでないのとでは別物だった。

 性の快感というのは、徐々に上昇してやがて頂点に達するものだと思っていた。

 でも、この人形を当てると、桁違いの快感のピークが体の中心で爆ぜる様に突然来て、一息にそのまま果 ててしまう。

 会陰部に下から無理やり細い腕か何かを打ち込まれて、その手で体液を鷲掴みにして無理やり引き抜かれる様な、暴力的な感覚だ。

 終わった後しばらくは、ガクガクと痙攣して歯の根も合わない。

 なのに、何度使っても物足りなくて、強烈過ぎる快感に怯えながらも、次を求めてしまう。

 僕はすっかり人形に溺れていた。


 三ヶ月ほど経ったある日。

 突然人形が僕の部屋から消えた。

 カモフラージュのため、古いノートなどと一緒に丈夫な紙袋に入れて机の下に隠しておいたのだが、その袋が破れて開き、紙片が散らばっていた。

 母が見つけて処分したのかと思い、愕然とした。

 人形喪失のショックと、それ以上に、怪しい性癖を親に知られたという激しい羞恥心で、死にそうだった。

 しかしその後、母親の態度は従来と何も変わらなかった。

 まさかこちらから、「あの人形をどうにかしたの」とは訊けない。

 母は人形の失踪とは無関係なのだろうか。

 答など出ないまま、数ヶ月が過ぎた。


 ある日、同級生のムラタが、おかしな情報を仕入れてきた。

 最近、僕らと同年代の少年の行方不明者が、この町で増えているという。

 ムラタはとある公園の周囲で失踪が頻発しているので、その公園をこれから見に行ってみないかと僕を誘ってきた。

 僕は予備校があるのでと断った。

 ムラタは頬骨の張った顔をしかめて、じゃあ一人で行って来ると言って去っていった。


 その夜、予備校帰りの僕は、帰り道をいつもと少し変えて、その公園に寄っ てみた。

 ムラタはまだいるだろうか。

 少し前からトイレを我慢していたので、先に公園の公衆トイレへ向かった。

 すると男性用のトイレのドアを開けて、髪の長い女の人が出て来たので驚いた。

 女子用が使用不可というわけではなさそうだったので、なおさらだ。

 女の人も僕を見とめて、表情は変えなかったけれど、小さな驚きを覚えているようだった。

 なんとなく面差しに覚えがあるような気がしたが、知り合いかどうかまでは思い出せない。

 彼女は少し笑ったように見え、そのまま夜の闇の中に消えていった。

 

 トイレに入ると、個室の扉が開いていて中が見える。

 床に、手のひらから少し余る程度の大きさの、茶色い干からびた人形が落ちていた 。

 全裸の男性を模したような造形で、頬骨の張った顔立ちだった。

 僕はさして気にもせず用を足し、ムラタを探して公園を歩いたが、会えずじまいだった。

 下手に失踪事件に関われば、ムラタも危険な目に遭うかもしれない。

 得体の知れないことに首を突っ込んでもろくな事は無いと、人形の件でさすがに僕も学習している。

 明日ムラタにあったらそう諭してやろうと思いながら、僕は帰途についた。


吸精人形 終

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