美しき桜の彼女

ポルンガ

#001 始まりの話

人生は退屈だ。


そう思うのは人それぞれだろう。だが、少なくとも、俺、高野勇吾はそう思っている。


確かに人生を楽しく生きようとしている人はたくさんいるだろう。だが、それは自分から積極的に参加するような奴とか、コミュニケーション能力が高い奴が出来ることだ。少なくとも、おとなしい方である俺が出来ることではないし、おとなしい性格が故にコミュニケーション能力もあまり高い方ではない。つまり、俺は人生を楽しく生きることは出来ない。


高校生になれば少しは変わると思ってた。ドラマやらアニメやらでよく見るような高校生活。それは、とても楽しそうに生活している。


だが、現実はそうではなかった。


高校デビューするような奴はいた。だが、それは必ずどこかでボロが出る。それに、いくら明るく元気な姿を振る舞っていたとしても、いつかは限界が訪れる。


それで成功するかもしれない。それで人生を楽しく生きることが出来るかもしれない。


だが、そこまでして楽しく生きようとは、俺は思わない。


「…………まあ、努力をしないから退屈なままなんだよなぁ」


学校帰り、自転車を漕ぎながら俺は呟く。


俺が通う高校は家から近いため、電車やバスを使わなくとも、自転車で行ける距離だ。だから俺は自転車で登下校をしている。


それだけで分かるだろう。俺が高校デビューとやらをしなかった理由。それは、高校が家から近いため、同じ中学出身の生徒が多いからだ。


同じ中学の奴は当然俺のことをよく知っている奴が多い。知っている人が多い中で高校デビューなんて目立つことをしたら、そりゃバラされて俺のゲームオーバーだ。


まあ、そんなことがあって、努力をしないから、友達があまりいない今に至るのだが。


桜の木の下を自転車で漕いでいく。だが、今は5月だ。既に桜は散ってしまったため、入学式だった1ヶ月前とは違う。あの時は満開でとても綺麗だったが、今はただの木としか言えない。


だが、この街には変な桜の木がある。


ふと思い出した俺は変な桜の木がある場所に寄ることにした。


そこに寄って帰りが遅くなることはないし、誰かに怒られることもない。


変な桜の木。それは俺の住む街の端の公園にある。


その公園はとても行きづらい場所にあり、自動車では行けないほど狭い道を通らなければならない。だからといって、住宅街にあるわけでもないし、その周辺に子供などが利用するような店もない。


つまり、そこに人はほとんど来ない。


俺の家はその公園に比較的近い方だと思う。だから俺はその公園のことを知っているし、桜の木のことも知っている。


逆に、あんなに綺麗な桜の木を知らないとは、他の人たちは可哀想だと思えてくるほどだ。


自転車を漕いでいると、大通りに出る道がある中、一本だけ、ひっそりと細い道がある。俺はぶつからないように注意しながらその道を走る。


そろそろ日が暮れる頃だ。この道に灯りは無いため、自転車のライトを使わなければぶつかることは確実だろう。なら、早く目的地に行かなければ………………


ずっと進んでいくと、公園の所だけ灯りが付いている。他が暗い中、ここだけが明るく、ここだけが美しい。


「…………いつ見てもすげぇな」


その桜はとても綺麗だった。


5月だというのに、桜が散る様子もない。桜の花びらは落ちているが、俺が通う学校に落ちている花びらの量と比べるとかなり少ないほうだ。というより、ほとんどない。


ここの桜は1年中散ることは無い。少なくとも、俺が今までここに来て散っていたことは一度もない。


小学生低学年の頃はほぼ毎日近所の幼なじみ2人と来ていたが、その時でも散っていたことはない。4月は当然だが、12月など、雪が降っている季節でも散らない。


満開桜。それが、俺と幼なじみ2人で付けた桜の木の名前だ。実際、どんな仕組みでこの桜が散らないのかは謎だが、いつ、どんな日に、どんな時期に来ても満開なことからそう呼んでいる。


とりあえず、桜を見て俺の心は癒された。帰り道は暗くなるとかなり危ない。


俺は来た道を戻ろうと後ろに振り向こうとした。


その時まで、俺は気付いていなかった。


その公園に、人がいたことに。


「………………ん?人?」


どこの制服だか分からないが、女子高生なことは分かる。ブレザーの制服だ。今度調べてみよう。髪型はポニーテールか。残念だが俺の好みはショートだ。ナンパする気にもなれない。ナンパなんてする度胸もないけど。


だが、俺はその女子のことを知らないし、話しかけようとも思わない。知り合いなら話しかけようとは考えたが、知らないのなら無理に話しかける必要も無い。


ただ、彼女はずっと満開桜を眺めていた。


何か思い出に浸っているかのようだ。そして、急に涙を流した。


「っ!?」


突然のことでビックリした俺は身体をビクッと震わせてしまい、公園を囲む網目状のフェンスに足を思いっきりぶつけてしまった。


「いでっ!!」


かなり大きな声を出してしまったようだ。彼女が俺の方を向いた。俺も彼女の方を向いたため、互いに目が合った。


俺は彼女を、とても綺麗だと思った。


栗色の瞳に、整った顔立ち。肌は白く、それに合ったブラウンの髪。


カワイイ系の女子ではない。彼女はどちらかというと、綺麗系?美人系?そんな感じだ。


彼女は俺を見るなりビクッと身体を震わせ、恥ずかしそうにペコリと頭を下げた。


「あの…………えっと………………ごめんなさい!」


「………………え?なんで?」


これが俺と彼女の、満開桜の下での出会いだった。










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