3 SF的な世界設定

 第二にSF的な世界設定であるが、『デビルマン』にはいくつかの空想科学物語(Science Fiction)的な設定が含まれている。『もしもこういう自然法則や科学技術(広くは心理・組織技術のような人文・社会科学的技術も含む)があったら』という疑似科学的な設定である。SFには娯楽的な効果のほかに、このような設定を通じて、人々を技術の進歩による社会の変化に備えさせる、啓発的な効果もあると思われる。例えば、『こんな技術があったら個人や社会はこうなる。あなたならどうするか? 我々はどうすべきか?』と問いかける物語によって、模擬実験シミュレーションによる思考訓練の場を与えたり、予想される課題と対策を示したりするのである。


 この作品では、そうした物語世界の設定のほかにも、同様の効果がある登場人物の推論や主張・見解が描かれている。私はこれらも世界設定に含めたうえで、次のような『説』として紹介したい。


 まず、『悪魔実在説』というべき設定がある。様々な超能力をもち、他の生物とも次々と合体することにより、さらにその能力を高めてゆける、悪魔という生物が実在するという設定である。これは人間が高度な技術によって、外界に農地や動力機械、電算組織など、自らの身体を補完・代替するものを作り出し、繁栄を得たことと対照的な発展方法である。作者はこの説を補強するような形で、登場人物に、世界各地の妖怪伝説は悪魔のことを語ったものであるという説明もさせている。


 もちろん、この説は虚構である。また、作者は科学技術が無益とは言っていない。作中でも一人の悪魔は、『核戦争なくして悪魔の人類征服は難しい』と語っている。当時は冷戦時代であり、核兵器による人類の滅亡も危惧されていた。作中では核戦争こそ防がれたものの、人類はその心の弱さから、協力して悪魔という危機に対処することができずに、自滅する。現在の我々も、米ソ間の核戦争こそ回避できたものの、未だ核廃絶には至らず、地域紛争や民族・宗教対立に悩み続けている。


 つぎに、『悪魔天敵説』がある。天敵のいない人間は戦争により人口調節を行ってきたが、核兵器の出現により戦争は不可能となった。このディレンマを解決するのが天敵としての悪魔の出現だ、という説である。この設定を補強するものとして、作中で飛鳥了は、人間の欲求に限りがないのは、人間がその種族遺伝記憶により悪魔の存在を知っているためだという説を語っている。


 この説は、作品世界の中でも一学生の意見にすぎない。しかし、当時は人口爆発が大きな国際的課題となっていた。現在、世界の人口増加率は低下しつつあり、先進国では少子化も問題となっている。しかし、途上国ではまだ増加率が高い状態である。また、若者の増加と紛争の因果関係を指摘するユースバルジ仮説も発表されている。さらに、人口爆発自体は収束しても、文明の発展に伴って一人当たりの資源消費量は増えていくことが、新たな課題となっている。かくして人間の欲求の無制限性についても、物語の進行に伴い、人類の文明を考えるうえで重要な概念であることが明らかになってくる。


 そして、『悪魔人間説』の流布が描かれる。悪魔とは社会に不満をもつ人間が変身したものだ、という説である。大科学者の提唱に加え、サタンによる謀略映像の放送もあいまって、人々はこの学説を理由あるいは口実に、狂気の人間狩りや相互殺戮を始めてしまう。


 この説は、作品世界内でも誤りである。しかし、現実の科学の世界でも、研究上の誤りや不正事件は起こりうる。また、生物の社会には競争と協調の行動原理があり、それらは知的生物である人間においては一段と増幅され、組み合わされて、様々な形で発現する。例えば生存環境が悪化した場合、一人で助かろうとすることから、社会全体で助かろうとすることまで、その手段としては対話から暴力まで、多様な方法が考えられる。そこで、それらの間をとって(?)、徒党を組んで仲間以外の者をいわれなき理由で迫害することもある。現在においても世界では迫害やテロリズム、国内でもヘイトスピーチやいじめが問題となっている。そういう意味では確かに人間は、神の使徒にも悪魔の化身にもなりうる存在であろう。


 最後に、『悪魔鬼子説』と『人間害獣説』が示される。前者は、神は悪魔の異常な進化や凶暴な性格を忌み嫌い、滅ぼそうとしたという設定である。後者は、地球の先住種族たる悪魔から見れば、人類もまた、彼らが眠っている間に地球にはびこり汚染した害獣のような存在である、という主張である。


 これらは物語の終盤になって、サタンが明に語った言葉で明かされるにすぎない。しかし冷戦時代には代理戦争のような形で、朝鮮半島やベトナム、中東での戦争が起きていて、そこでは残虐な行為が行われることもあった。それらはかつて先進国でも行われたような行為だったが、そうした事件への批判が高まって、支援を引き上げざるを得なかったり、制裁的な攻撃が行われたりしたことがあった。今日でも、同様の事例は発生し続けている。また作品の発表当時は、日本でも公害病や大気・河川の汚染など、公害問題が深刻化していた。現在ではその多くが改善されているものの、問題がなくなったわけではなく、世界的にみれば途上国での環境破壊や地球温暖化など、より問題が大規模化している面もある。

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