芝庭事件、五
『N県O市PSI研究所
《資料映像:芝庭真生その①》
四方が白い部屋の真ん中に拘束具で縛られた少年が椅子に座っている。少年は意識が朦朧としていて、目が開いているが状況はわかっていなかった。
「君の名前は?」
男性職員がモニター越しに少年に訊ねる。しかし少年は反応しない。
「少し、薬が効いてるからぼおっとするかもしれないけど、すぐに収まるからね」
「……ここ、どこ?」
少年が意識を取り戻して、自分の正面にある設置カメラに問いかける。
「ここはN県のHAD研究所だよ。まだ思い出せないだろうが、君は拘束されたんだ。……で、君の名前は芝庭真生でいいのかな?」
しかし、少年は答えない。少年は目を瞑り意識を集中した。
「……HADを使おうと思っているのかい?無駄だよ、使えないように薬物を投与してある」
少年は不快感をあらわに首をだらしなくもたげグルグル回す。それでも何の変化もないとわかると、後頭部を椅子の背もたれに叩きつけ始めた。
「あまり激しく動くと、また鎮静剤を打つことになるからやめたほうがいい。先日の一件もあるからね、こちらも手を抜こうとは思わないからそのつもりで。通風孔からは催眠ガスが出てくるから、またHADを使用したら容赦なく使わせてもらうよ」
息を荒しながら少年はうなだれる。
「じゃあもう一度聞くよ、君の名前は芝庭真生君だね?」
少年は頷く。
「君は先月月の22日、
少年は、うなだれたまま答えない。
「……君はHADを持っているんだが、その自覚はあった?」
少年は頷く。
「君のHADはどういうものかっていうのは、知ってる?」
少年は何も答えない。
「君のHADは近くにあるものを劣化させるようだ。生物やそうでないもの区別なく。君のHADの被害者を調べたが、細胞自体が老朽化している。その他、建物なども調べてみたがやはり同様に耐久性が著しくなくなっていた。今までに聞いたことのないケースだが、君は自分のHADがこういうものだと大方の検討はついていたのかな?」
「何となく……。」
「分かった上で、クラスメイトに対して使ったわけか?」
少年は首を振った。
「多くのHADの人間がそれを発現させる時には、強い衝動が必要となることが明らかになっている。そこから考えると、その時の君には強いストレスがあったはずなんだ。一体、あの時の教室で何があったんだい?」
少年は顔を上げた。真っすぐにカメラを見ていたが、その瞳には何も映っていなかった。
「何も……」
「え、何も?何もなかったのか?」
少年は首を傾ける。
「そう、何もなかった。だからムカついた。何もなかったから、みんな死ねばいいと思った…………それだけ」
「そんな理由で、クラスメイトを殺したのか?」
「……別に、いつかみんな死ぬじゃん」
少年は首を振りながら、不快に微笑しながら話す。
「いつかみんな死ぬし、世界も終わるし……だから早めに終わらせてやろうって……さ」
「一応、ここでの証言は裁判にも使われるから、気をつけて発言したほうがいいぞ?」
少年の首の振りが止まり微笑みが消えた。
「別に、もうどうだっていいし……」
「君はどうでもよくても、社会はそうは捉えない。しかるべき法の裁きと、HADの治療を受けてもらう」
少年は表情はより一層冷めたものになった。憎しみも絶望すらもない、虚無感のみがべったりと顔に張り付いていた。
「……ところでわからないことがあるんだが、君は今日ショッピングモールで一般人によって確保されたんだけど……何であの時はHADを使わなかったんだい?防犯カメラに映っていた映像を見たが、その時君はほとんどなすがままにされている印象がある。しかし、HADがたった数時間で安定化するというのも考えづらい。一体どうしたんだい?」
職員のその言葉に反応して少年は顔を上げた。少年は初めて困惑した表情を見せた。
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