道なき道の道標

第1話

 激しい砂嵐が視界を塞ぐ中、盛り上がった地面に足を取られないよう気を付けながら歩を進める。どこもかしこも視界の及ぶ範囲は岩だらけ。他に生命の生きる気配は感じられない。

 いや、感じられないだけで実際にはいるのだ。それは事前に目を通したこの星の資料にも書かれていた事であったが、いざ実際にこの目で見てみると、とても生物が生きていられるような環境には思えなかった。

 惑星ゴディウム。この星に緑はなく、渇きを癒やす水もない。あるのはただひたすらに岩、岩、岩――。

「隊長、本当にここにいるんですかね…?」

 彼らの中のひとり、まだ年若い青年が先頭に立つ隊長に不安げな声をかける。

 歩みを止めることなく、先頭の人物――まだ年若い、少年といってもいい顔立ちの隊長は、砂が目に入らないようフードを被り直しながら、少し笑みを含んだ声で答えた。

「いるよ、絶対に」



 迷いなく進む隊長に付き従いながら、隊員たちは思い起こす。

 バリ特務団第七支部に届いた一通の依頼。それが滅多に他者と交流を持とうとしないゴディウム星からの依頼だと分かった時は物珍しさから話題にされていたが、偏屈で余所者を嫌う彼らの助けに向かう物好きはいなかった。ただ一人、自分たちの隊長を除いては。

 依頼内容も、曰く「集落の区間を大岩が塞いでしまい通れないのでなんとかしてほしい」という、緊急度の低い、ともすれば自分たちで解決できそうな内容であることも団員たちの反感を買っていた。そも彼らは星のあちこちに転がっている岩石を主食としている。生まれた時から石と生活を共にしている彼らが大岩程度をなんとかできないはずはないのだ。

 依頼の体を装った悪戯なのではないかとすら噂されていたその依頼を引き受けた隊長は、しかし予想外に深刻な表情で言った。

「彼ら以上に岩石に対して秀でた者たちはいない。その彼らが、普段なら絶対にありえない依頼を、自分たちのプライドを曲げてまで届けたんだ。それだけ困っている人を見過ごすなんて、俺には出来ない」、と。



「悪いな、付き合わせちゃって」

 歩みを止めないまま振り返って詫びる隊長に、隊員たちは笑顔を返す。

「何言ってんすか。困ってる人を助けるのが俺らの仕事でしょ」

「そうそう」

「放置されたままの依頼書がいつの間にか撤去されてても寝覚めが悪いですし」

「俺、一回この星来てみたかったんですよね~」

「俺も俺も。ゴディウム星人って見たことないからどんな感じなのかなって」

「お前ら、観光じゃないぞ」

 苦笑し、前に向き直る。

「みんなありがとう。――さて、そろそろ到着だ」

 え、と正面に向き直る隊員たち。

 砂嵐の中で懸命に目を凝らす。遠く離れた岩場の端――その小さな穴が集落の入り口だった。



 手元で弄んでいた小振りの石を口に放り込む。予想はしていたが、それ以上の味に思わず顔を顰めた。

「まじぃ……」

 鬱憤と共に口に含んだばかりの岩石を吐き出す。ゴディウム人は岩石を主食とするが、どの岩も同じというわけではなく良い岩悪い岩がある。基本的に選別された栄養価の高く質のいい岩石を食べるのだが、それは集落の入り口を少し進んだ先にあるここ、工員たちの待合所には取り置いていない。

 居住地との連絡が断たれて2週間が経った。聞くところによるとほかの集落でも同じような状況――すなわち”例の岩石”が区画を塞いでいるらしい。外に出ていた連中はもちろん、各集落の通行区間をも塞いでおり、それぞれが孤立している状態だった。

(うざってぇ…)

 ここに留まっている現状が腹立たしいわけではない。飯はまずいが、もっと酷いもので食いつないでいた時期に比べればまだ我慢できる。居住地に置き去りになった家族が気がかりなわけでもない。ああ、独り身は気が楽だ。

 違う。そうではない。自分がこれ以上なくイラついている理由は――

(あのクソ岩が、俺様をコケにするように何日も居座ってやがるからだ…!)

 気に喰わない。ただそれだけだ。岩からすればただそこに鎮座しているだけなのだろうが、それが何よりも苛立たしい。自分よりも高い位置から見下ろしている。何日も何日も、我が物顔で陣取っている。自分の領土を主張している。

 そして、自分はその岩があるために道を通れない。

 自分が下で、岩が上。

(ざけんな岩の分際で。ああクソ、イラつくぜ。族長に止められたがやっぱぶっ壊しちまうか…?)

 ほんの少し逡巡する。あの岩を破壊することでどのような影響が出るか分からない、慎重に期すべきと族長は言っていた。安全に解決する手段が見つかるまで待てと――

 決めた。と同時に立ち上がる。

 殺気立った雰囲気を感じ取ったのか、近くにいた仲間が怪訝そうな顔をしていた。

「…お、おい?どうした、そんな殺気立って」

「あのクソ岩ぶっ壊す」

「は?いや、族長に何もするなって言われて――」

「うるせェ。もう決めた」

 止めようとする仲間に構わず歩き出す。

 決めたからにはやり通す。それが自分の信条であり、人生そのものの在り方である。

「だから待てって!おい、誰か止めるの手伝って――」

 助けを求めて周りを見渡した仲間が、ふと異変に気づく。

「……なんか入り口のほう、騒がしくないか?」

「知らねェよ。俺様は忙しい」

「おおーーい!ちょっと、こっちに来てくれ!」

 先ほどまで集落の出入り口付近の見張りをしていた仲間だ。交代してこちらに戻ってきたのだろう。

 声は明らかに自分に向けられていた。

「あァ……?」

「レツガン、聞こえてんだろ!余所者だ、お前を呼んでる」

「俺様を呼ぶだぁ…?」

 横の仲間が思わず引くほど怒りで歪み切った顔をしていた男――レツガン・アクトーは、一度目を閉じると、ふ、と怒気を収めこちらを呼ぶ仲間のほうへ向き直る。

 このタイミングで来たということは族長が呼んだのだろう。だが余所者嫌いの連中が通すことを拒み、自分を呼んで仲立ちしてもらおうとでもいう算段か。

 いいだろう。どこのどいつか知らないが、タイミング悪く俺様を指名したことを後悔させてやる――

 拳を思い切り握る。ゴツゴツとした岩のような皮膚が軋むような音を立てた。



「だから、俺たちは依頼を受けてここに来たんだって!」

「信用出来ん」

「本当なんだよ!いいから族長さんに会わせてくれ、そうすりゃ分かる!」

「ハッ、馬鹿かお前。どこのどいつとも分からん余所者をいきなり会わせるわけがないだろう」

「身分証明ならさっき見せただろ!?」

「偽造じゃないという保証がない」

「だーかーらー!族長に確認させてくれって何度も何度も…!」

 頭を掻きむしって掴みかかろうとする隊員をほかの仲間たちが押さえ、ゴディウム人の男は心底見下した視線で鼻を鳴らした。その間にも残った別の隊員がなんとか男を説得しようと対話を始めるが、それが実を結ばないであろうことは想像に難くない。

 一応止めたが、正式に依頼を受けてきたのに門前払いは納得できないと隊員たちは見張り役であるゴディウム人に食ってかかり、以降終わりの見えないやり取りは続いている。そもそも彼らは話を聞く気がないのだ。今も必死にあれこれと言葉を投げかける隊員と視線を合わせようともしていない。もうひとりの見張りはすでに我関せずと欠伸を噛み殺していた。

 それでも、特に焦りはない。幸運なことに自分の要求はなんとか通った。あとは”彼”がここまで来てくれれば――

「それにしてもアンタ、変わってんな」

 暇そうにしていたもうひとりの見張りが声をかけてきた。

「よりによって”あいつ”を呼んでくれ、なんてよ。どこで奴の名を知ったかしらないが、最近気が立ってるからな……間違いなく半殺しだぜ?」

「ちゃんと伝えてくれたのか?」

「あ?ああ…たぶんな」

「そうか、ありがとう」

 見張りの男は不満げな顔で何か言いたそうにしていたが気にしないことにした。

 忠告か、それとも脅しのつもりか。

 少なくとも、自分にとっては意味のないことだった。



 集落の入り口から喧しい声が聞こえてくる。近づくにつれ、それが大声で何かを主張する余所者とそれを気のない返事で流している見張りの声であることに気付いたが、レツガンにはどうでもいいことだった。

「よォ、来てやったぜ」

 さほど大きくはない――それでも入り口全体に響き渡るほど重厚な声を前方に投げかける。それだけで見張りと余所者の口論は止まった。

「き……来たのか」

 横に立つレツガンを見上げ怯えた声を出す見張り。同じ種族だというのに彼よりレツガンは一回り大きかった。

 余所者たちも見張りの彼と同じく怯え――それと驚愕の入り混じった表情をして固まっていたが、レツガンは構わず続ける。

「で、わざわざ俺様を呼び出したってことは――覚悟は出来てんだろうな?」

「は…?え……」

「死ぬ覚悟は出来てんのかって聞いてんだよオラァ!!」

 言い終わるが早いか、レツガンはすぐ目の前にいた余所者に岩のような拳を振り下ろした。

 巨大なアルマジロのようなずんぐりとした体からは想像もできない速度で放たれた拳に、彼は反応できない。

 ――だが、その拳が彼に届くことはなかった。

「あァ……?」

「た、隊長!?」

 レツガンの拳は余所者を殴り飛ばす一歩手前で、藍色に輝く剣に防がれていた。

 見覚えのある、藍色。

(この剣は……)

 レツガンと余所者の男の間に一瞬で現れた余所者たちのリーダーと思しき男は、レツガンが追撃に移らないことを確認すると、”いつの間にか手に持っていた”藍色の剣を下ろしフードの陰で苦笑する。

 昔を懐かしむように。

「まさかとは思ったがいきなりか……変わってないな全く」

「その声――おまえ、まさか」

 男はフードを取る。

「久しぶり」

 レツガンはほんのわずか驚いたように静止していたが、次の瞬間大声で笑い出した。

「ヴァーーーーーーーーーハッハッハッハ!!!」

 その声は集落の入り口から区画の奥――大岩が塞いでいる居住地、果てはこことは違う区域の隅々に至るまで届いたのではないかと思うほどに響き渡った。

 これ以上ない衝撃と歓喜が入り混じった声を存分に轟かせた後、レツガンは唖然とする面々をおいて目の前の男の肩を乱暴に、かつ親しげに叩きながら語りかける。

「ひっさしぶりだなあオイ!マジで何年ぶりだ?つーかなんでスクル坊やがこんなトコにいんだ!?」

「俺が特務団に入ったことは知ってるよな?」

「オメーの星が管理してるトコだろ。……あ?つーことは…」

「依頼を受けたんだ」

 癖のない銀の短髪。全身を覆うフードの中身はレツガンの腹の下ほどの背丈しかない。藍色の剣は”いつの間にか消えている”――しかし今この瞬間にも、彼は先ほどの剣を”手に持っているのと同じ”状態だとレツガンは知っていた。

 余所者――惑星バリ特務団第七支部十三班隊長スクイックル・エルドーラは、彼の剣と同じ藍色の瞳に旧友を映し、片手で拝むような仕草を作った。


「例の大岩の件で来た。族長に会わせてくれないか?」

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道なき道の道標 @kaminari

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