1-3

「諸君、気づいていたかね?」


 乳騒動から、すっかり立ち直った様子の部長。

 いつものように、放課後。

 部室である空き教室に集まった僕たちに、めずらしく小難しい顔をした部長が腕組しながら切り出した。


「何がですか?」

「もしかして、ひめさんが実はパット入れてるってこと?」

「静巴、その話は、もう、終わったことなんだよ……」

「えっ? 入れてるんですか?」


 つい反応してしまった。

 だけど、あれで入れてるのだとしたら、部長の胸はかなり残念な――


「いてててっ」


 胸元を見ていたら、頬を思いっきりつねられた。


「くろすけ、ちょいと黙ってくれるかい? あたしの左手が火を噴くかもしれんよ?」

「ごめんなさいごめんなさい!」


 なんで手をにぎにぎしているんだろう?

 その先を知るのが恐ろしくて逆らえない。


「はぁ、みんなしっかりしてよね。さっきのメール投稿だよ」

「メールっていうと、乳ぶく――いえ、あのホテルが云々っていう?」

「そうそ」


 そういえば乳騒動で頭からすっかり離れていたけど、部長から何か書いて見せられた気が……。

 たしか、


「部長はあの花鳥風月のメールの主が、学校の先生だって言いたいんですよね?」

「そう。それは間違いない」


 部長は訳知り顔でうなづく。

 そして、続けた。


「メールの山を投げた時、チラッと小窓が視界に入ってね。そこにいなかったんだよ、ののちゃん」

「東雲先生?」

「それは僕も見ました。でも、仕事で離れなくちゃいけなかったのかもしれませんよ?」


 ふむ、と頷き、部長は「確かにそれも一理ある」と言った。


「でも考えてみてほしい。いつもはガラスに穴が開くんじゃないかってくらいへばり付いて見てたののちゃんが、今日に限って最後まで職員室にいなかった。ののちゃんって書類書くとき、ラジオがある日は壁に当てながらその場でやるんだって友達から聞いたことあるんだ。だから、書類だけならその場で済ませられる能力は有しているんだよ。お手洗いも、事前に済ませておくくらい熱心なんだ。そして何より、ののちゃんは担任を受け持っていない。しかも美術教師なのに美術部の顧問もしていない。諸君、これがなにを意味するか分かるかね?」


 僕は静巴先輩と顔を見合わせる。

 そろって小首をかしげた。


「つまり、急を要する用事とやらで、ののちゃんがあの特等席を外すことなんて考えられないんだよ。あたしの推理によるとだ、昼間のあの如何わしいメール。あれはののちゃんなんじゃないかって思うわけ」

「東雲先生が?」


 静巴先輩が驚いたように目を瞠る。


「そう。ホテルのディナーまで漕ぎつけたのに、それが彼氏の別れ話だったなんて情けないメールを、生徒が聞くラジオに投稿するなんて正気の沙汰じゃない。きっと興奮していて憂さ晴らしに投函したのだろう。事後、冷静になってから読まれてみれば、なんてメールを投稿してしまったのかと、愚かな自分を羞じ、赤面しながら逃げ出したに違いないのだよ」


 さしずめ探偵の推理のように考察を述べ、ふんすんっと鼻から息を出した部長の顔は、これ以上ないくらいに晴れやかだった。


「それで部長、東雲先生をいったいどうするつもりですか?」

「よくぞ聞いてくれた」


 待ってましたと言わんばかりに大きく頷く。そして、――バンッと部長が勢いよく机に叩きつけたのは、投稿された例のメールだった。


「こいつを手に、ののちゃんに迫る。そしてラジオ部の顧問になってもらうんだ!」


 そうして行動を開始したラジオ部だったけど、この日、東雲先生はすでに帰宅した後だった――。

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