第27話

身体のだるさは一日経ってもまだ残っていた。大人しくしてろという智也の忠告に従うことにして、部屋で横になっていると昨日に続いて相原がやって来た。

 昨日の今日で何をしに来たかと言えば、そんな俺の態度に苦笑しながら見舞だと紙袋を見せてくる。

「なんだそれ」

 起き上がると相原は袋を差し出した。促されるままそれを手に取る。

「病気のときにはやっぱこういうのだろうと思ったんだけど」

 紙袋の中には小さな箱が入っている。見慣れたロゴが入った箱をそっと取り出して開けると、中にはプリンが二つ入っていた。

「これわざわざ買ってきたのか?」

 わざわざ駅前にある菓子屋に行ってきたの相原が想像できなくて顔を上げると、どこか不機嫌そうな表情が目に入った。

「たまにはいいだろ。新入生歓迎会のときにも手伝わせたし、ちょっとした礼と思っとけ」

 決まりが悪そうな顔の相原がおかしくて、わざと意地の悪いことを言いたくなる。

「ま、誰かさんのせいで気を失ったようなもんだしな。有り難くいただいておくさ」

 笑って言ってからはっとした。あまり触れたくないことを調子に乗って自分から口にしてしまった。

 笑顔が引きつりそうになった。さりげなく相原を見上げると当の本人は苦笑いをしている。

「悪かったよ。疲れてたのに無理強いして」

 謝られたことでほっとしたのもつかの間、相原の言葉に勝手に頬が熱くなる。そこに含まれる性的な雰囲気が妙に恥ずかしい。

 赤くなるのを見られたくなくて俯くと、相原の笑いを含んだ声が降ってきた。

「耳まで赤いぞ」

 それにさらに熱くなる。恥ずかしさのあまり穴があったら今すぐ飛び込んでしまいたい気分だ。

 何が恥ずかしいって相原の言葉は言わずもがな、昨日、自分の身体の変化を見られたことが今更ながら恥ずかしい。親友とは言えどもそんな途轍もなくプライベートなところの付き合いは勿論あるはずもなく。

 女の子と付き合っていた相原は慣れているかもしれないが、少なくとも俺には免疫がないから、そんな一言でも恥ずかしくてたまらない。

「そういうことを言うな。大体無理強いって何だよ。そういう関係じゃないだろ」

 辛うじて言うとやっぱり相原は笑った。

「笑うなって」

 口調を強くすると相原は笑いを納めて、ベッドサイドに椅子を持ってきて腰掛けた。

 相原の顔を見ることが出来ないでいる俺からプリンの入った箱と袋を取り上げる。

「食うだろ?」

「……後で食う」

「なら一つもらうぞ」

 そう言って一つだけ取り出して他のものはサイドテーブルに置く。

「さては始めからそのつもりだったな」

「じゃなきゃ二つ持ってくるわけないだろ」

 ぴりっと蓋を取りながら綺麗な顔のまましれっと言われると、なんだか気が抜けてしまって文句を言う気にもならない。けれど一人でプリンを食べている相原を眺めているのも癪だ。

「やっぱり俺も食う。一つよこせ」

 そう言って手を差し出すしたのに相原は俺の手にプリンを乗せることはなかった。

 相原は出した手を掴むといきなり俺を引き寄せ、唇を合わせてきた。突然のことに驚いて身を離そうとすると、顎に手をかけられて拘束される。

「んっ」

 相原が舌を入れようとするのに抵抗すると、手に力がこめられて口を開かされる。あっと思う間もなく、何かつるっとしたものが流し込まれた。何を入れられたのかわからずに暴れると拍子抜けするほどあっさりと解放される。

「……あ」

 引き寄せられた身体を元に戻しながら、舌を動かすと口の中にプリンの味が広がった。

「うまいだろ?」

 にやにやと笑う相原を睨み付けてやると、もう一口食べるかなどと言ってくる。

 また口移しにされるのはたまったものではないと慌てて首を振ると、綺麗に笑う。その笑顔が眩しい。

 そんな風に思った自分が恥ずかしい。

「なんで、こういうことするんだよ?」

 今更だけれど赤くなるの顔を隠したくて問えば、プリンを食べ終えた相原がすっと身を乗り出して素早く俺の唇に自分のそれをあてた。

 驚きのあまり俺は顔を赤くして固まってしまった。こういう予想外のことをするのはやめてほしい。

 固まった俺を見て相原は綺麗な顔で笑う。

「こういうことをする意味は一つだろ?」

「えっ……」

 『こういうこと』がキスのことだと気付いて、俺の顔はこれ以上ないくらい熱くなった。きっと今までになく真っ赤になっているに違いない。そんな自分の反応も嫌だったけれど、そんな反応を相原に見られていることが何より恥ずかしい。

 一体今日一日で何度こんな恥ずかしい思いをさせられるのだろう。

「お前が好きなんだ」

 あまりに突然の相原の言葉に、俺はくらりとして倒れそうになった。

 目の前が一瞬暗くなりかけたその瞬間を狙ったように部屋のドアがノックされて、意識が戻ってくる。

「はい!」

 身体を相原から遠ざけるようにしながら返事をすると、智也が顔をのぞかせた。

「玲一、具合どうだ?」

「大分いいよ。もう充分休めたし」

「……だったら、ちょっと出かけてもいいかな」

 言いづらそうにする智也の様子にぴんときた。きっと友達から遊びの誘いがかかったに違いない。ちょうど昼前だから、昼食を一緒に摂ってから遊びに行くのだろう。

「友達に誘われたのか? こっちは相原もいるし昼も適当にすませる。問題ないから、行ってこいよ。ただし夕飯までには帰ってくること」

 何もかも見通した俺の言葉に智也は申し訳なさそうな顔をする。飼い主に窘められた犬が耳を垂らしているような雰囲気だ。思わず笑ってしまって、気にするなと声をかけてやる。

「夕飯は俺が作るから。じゃあ行ってきます。相原さん、玲一を見張っててくださいね。ちょっと目を離すとすぐに無茶するから」

 最後に余計な言葉を足した智也に相原はまったくだと頷きながら、しっかり見張っておくから安心して出かけておいでとさらに余計なことを言ってくれた。

 しかも智也はそれに安心したように笑って、じゃあ行ってきますと元気に言ったのだ。完全に相原の味方と化している智也に腹を立てながら、それでも笑って気をつけてるように言って見送る。

 智也は頷いてドアを閉めていった。ドア越しに勢いよく階段を下りる音がして、少し後に玄関のドアが締まる音が聞こえた。

 相原が椅子から立って窓際へと寄って行く。

「智也が行った」

 どうやら家の門から出ていく智也を確認したらしい。少しの間そのまま窓から外を見てからおもむろにベッドサイドに戻ってきた。

「これで邪魔者はいなくなったな」

 どこか淫猥な響きを持つ声にはっとして相原の顔を見ると、見たことのないようなとろけるような笑みが浮かんでいる。それにどういうわけか心臓がばくんと鳴った。

「な、なんだよ?」

 俺は震える声で早口に聞いた。

「なんで、こういうことするんだよ?」

 俄かに警戒心が働き始める。壁際に身体を引いて相原との距離を取ろうとしたけれど、相原は逃げようとする俺を追い掛けてベッドに身体を乗せてくる。俺はさらに逃げようとして、背中が壁に当たってこれ以上後ろに下がれなくなってしまった。

 なんだか相原と対峙するとこのパターンが多い。

「逃げるな」

 目の前にまで迫る相原をさらに避けようとした俺に、相原が真剣な声で静止を求める。

 けれどそれは無理な相談で、どうしても逃げたいのだ。

 なんだか相原の綺麗な顔にどこか淫らな熱があるようで恐い。捕まってはいけない、逃げろと頭の中で警鐘が鳴り響く。

 その警告に従って左へ逃げようとすると、顔のすぐ左横に相原が手を突いた。そのせいで身動きが取れなくなる。部屋の隅に合わせてベッドを置いているせいで、右は壁、左は相原の手という状況だ。

 俯いた視線の先に相原の膝がある。吐息さえもかかるのじゃないかという近さにいる相原を俺は見ることが出来ない。

 相原の気持ちを知ってしまったから余計にその顔を見ることが出来ない。それに、あんなとろけそうな、やさしそうな、でもどこか淫らさを含んだような顔で笑われたら、きっと俺の心臓が破れる。

 なかなか自分を見ようとしない俺に痺れを切らせたのか、相原が顎に手をかけてきた。その手に促されるまま俺の顔は持ち上げられ、目の前の相原が視界に入った。

 その瞳に情欲が見え隠れしているような気がして、心臓がそれこそ早鐘のような鼓動を繰り返す。あまりの動悸と恥ずかしさから顔が赤らむのを感じて、顔を反らそうとしたけれど相原によって阻止される。

 顔を固定した相原は顔を近づけてくる。それに合わせるように目を閉じた。

 少しかさついた俺の唇に相原の濡れた唇がゆっくりと重なって、すぐに離れた。うっかり流されて目を閉じた自分がひどく馬鹿に思われて、俯き加減にばっと目を開くと目の前に相原の整った顔があって驚く。

「あっ」

 驚いたあまり腕を突っ張って身体を離そうとした俺を抑えるようにして、もう一度唇が合わせられた。

 軽い口づけの後、唇が離れ際に俺の下唇を甘く噛んでいく。

「……ん」

 思わず声が漏れてしまったのが恥ずかしくて顔を背けると、首筋に唇が落とされる。そのまま這わせながら、シャツのボタンを器用に外しながら鎖骨の辺りまで移動した。

 鎖骨の間をきつく吸われて身体が強張った瞬間に、強引に倒されて俺の身体はベッドに沈んだ。

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