第4話
「てか、なんで俺が生徒会室に呼び出されなきゃならないわけ?」
生徒会室に入った俺はひとまず相原に文句を言った。
都立美原高校の一学期のスケジュールは少し変則的だ。
他の学校よりも早目の六月下旬に期末テストを行い、残りの二週間でそれぞれテスト返却と夏期特別集中講義を行うのだ。この夏期特別集中講義、略して夏特で一学期の総復習をするため、後半は地獄みたいな一週間だ。でもそれさえどうにか乗り切れば後に待つのは夏休み。
そんな微妙な浮かれ気分が混じるテスト最終日、ホームルームの後すぐに帰ろうとした俺は相原に呼び止められ、生徒会室まで来るように言われたのだ。
それで来てみたものの特にやることもなく、出入口に近い壁際に立って相原と他の役員――どうやら新しく生徒会に入った一年生らしい――三人との会話とかを見ているだけで、奴が俺をここに呼んだ訳がわからない。
「もう少し待ってろ」
言うだけ言って俺の方には目もくれない相原にため息をつくと、隣のドアがいきなり開いた。
「あれ? 梶君どうしたの?」
入ってきたのは前生徒会長の三枝だった。壁によりかかっている俺を見て不思議そうにしている。相原は三枝が入ってきたのには気付いたようだったが、そのまま委員と話している。
「なんか呼び付けられたんですよ」と言って相原の方を指し示すと、納得したように「なるほど」と頷いた。
三枝とは相原が生徒会に入る前から少々縁があったのでそれなりに親しい間柄だ。だから遠慮なく答えた。
「三枝さんこそどうしたんですか?」
「俺? なんとなく様子を見に来たんだ」
俺の方に視線を戻して和やかに微笑む三枝は、けれど身長は俺より高い。わずかに上にある顔に微笑して返すと、三枝は「ちょっと待ってて」と言って慣れた動作で右側に位置するキッチンに入っていった。
美原高校は都立のくせに生徒会には金をかけている。
まぁ文化祭の時などに学校代表として客を招く場合もあるわけだから、あながち間違った金の使い方ではないのだろうが。
奥行きのあるメインルームの窓際には会長用の立派な机があり、部屋の中心には窓に向けてコの字型に並んだソファ、その中心にテーブルがゆったりと置かれている。その右脇の方に書記などが仕事をするやや小ぶりの机が二つほど並んでいる。
出入口のドアから見て右側手前には洗面所・トイレ、奥にキッチンへの通路がある。洗面所とトイレは綺麗に掃除されていて心地よく使えるようになっている。キッチンには水道は勿論のこと、簡易コンロ、ポット、冷蔵庫が備え付けてあり、来客に対応できるように茶葉なども用意されている。
メインルームの左側には小さな会議室が付いていて、生徒会役員で話し合いをするときや、テレビが付いているので映像資料を見る時などに使われる。
そしてこの小部屋を含める全ての部屋の床が絨毯で覆われているのだ。ものすごく豪華というわけではないが、他の一般教室と比べるとやはり金がかかっている感のある部屋の作りだ。
しばらくして、三枝が白いティーポットの乗ったトレイを持ってキッチンから出て来た。そのままテーブルにトレイを置いてソファに腰を下ろす。そんな三枝のお茶の誘いにのってソファに座り、紅茶に口を付けたところで相原の声が響いた。
「お前らもう帰れ」
その言葉ををかけられたのはもちろん俺達ではなく、話をしていた一年生役員だ。
「もう用事も済んだから早く帰れ」
一見用済みだと言われているような相原の発言は、その実優しさの裏返しだ。
時計を見れば既に四時を回っている。ホームルームが終わってすぐ相原が消えたことを考えれば、二時間近く話していたことになる。
長い時間引き止めたことを悪いと思っているのをあまりにひねくれた言い方をするので、俺と三枝は思わず声を出さずに笑った。言われた方の一年生三人も同じ心地なのか顔を見合わせて笑った後、「失礼します」と言って部屋を出ていった。
「まだ仕事あるんじゃないか?」
あの三人を帰してよかったのかと聞く三枝に相原はしれっと答えた。
「梶、手伝え」
「またかよ。俺、智也<ともや>のために早く帰りたいんだけど」
「七時までにはうちに着くようにする。どうせ帰るのにさして時間はかからないからいいだろ」
「そんな遅いのかよ」
「帰りに買い物に付き合ってやるから手伝え」
一緒にスーパーで夕飯の買い物をすることが謝罪であることに気付いて、冷たい言いようをする相原に見えないように俺はこっそり笑った。
□ □ □ □
梶家における食事担当は玲一だ。食事といわず、掃除や洗濯といった家事全般を一手に引き受けている。だから中学の時も高校生になった今も部活には入らず、なるべく早く家に帰れるようにしていた。
「ただいまー」
両手に持っていた買い物袋を片方の手にかけて、ドアの鍵を開けた。玄関にはきれいに揃えられたローファーがあるから、既に弟の智也は帰ってきている。
靴を脱ぎ散らしたままリビングに入ると、制服から着替えてテレビを見ていたらしい智也が体ごとソファの上で振り返った。
「おかえり」
「遅くなって悪かったな。相原に捕まった」
リビングとつながっているダイニングのテーブルに買い物袋を置くと、相原が部屋に入ってきた。
「あー重かった」
「色々買い込んできたぞ。人手がないとなかなかたくさん買えないからな」
同じように持っていた袋を置くと、相原はこきっと首を鳴らした。
「荷物持ちお疲れ様、相原さん」
「よう。元気か?」
相原は中学の時からうちに出入りしていたから、智也ともそこそこ仲がいい。俺の弟っていうこともあって、例外的に普通に接することのできる年下らしかった。
「元気。相原さんは? 生徒会長になったんでしょう。美原だから結構忙しいんじゃないの?」
「まぁ、そこそこ。梶に手伝ってもらってるから、それほどでもないかな」
「相変わらずだね、相原さん。玲一は今年も使いっぱしりなんだ?」
ダイニングの体面にあるキッチンで、買ってきたものを冷蔵庫に入れながら会話を聞いていた俺はそこで口を挟んだ。
「こーらー智也。兄貴に使いっぱしりとはなんだ」
「だって相変わらず相原さんに振り回されてるじゃん」
事実なだけに、無邪気に言い切った智也に反論しにくい。
「振り回されてねーよ。相原、なんか飲むか?」
「じゃあ麦茶もらえるか?」
「あいよ」
コップに麦茶を注いでリビングへ視線をやると、相原はいつの間にか智也の隣に座っていてこちらに背を向けている。
「ほら、麦茶」
テレビとの間にあるテーブルの上に置いた。
「サンキュー」
そう言っておいしそうに麦茶を飲む相原を見ていると、テレビから七時のニュースのオープニング曲が聞こえてきた。
「わっ。すぐ夕飯作るからちょっと待ってろよ」
急いでキッチンに戻って制服の上に、腰から下だけのシンプルなギャルソンエプロンを付ける。
「智也、何食いたい?」
「久しぶりに生姜焼き食いたい」
智也は俺の顔を見て少し甘えたような顔をする。それを見て俺は笑った。
「了解。相原はどうする? うちで食ってくか?」
「そうだな……、こっちでご馳走になるか」
「じゃあおばさんに連絡しとけよ?」
「わかった」
相原の返事に頷いて、俺は早速下ごしらえにかかる。その視界の端で相原が携帯電話を持って部屋を出ていった。
智也リクエストの生姜焼きがメインディッシュの夕食は七時半を回った頃に出来上がった。
「そういえば相原さんいつから眼鏡かけてるの? 目、悪くなかったよね」
「真面目に見せるための小道具だってよ。俺も初めて見たときは驚いた」
「相原さんは変わらないね。いっつも変なこと考えるよね」
「お前もそう思うだろ?」
「一番を目指すことは悪いことじゃないだろ」
「いや、だからそれがおかしいだろ」
「それ考えるのがおかしいんだって」
意図せず俺と智也の声が重なって、思わず顔を見合わせて笑った。
「そうそう。相原さんは誰かと競わなくても十分いい男だと思うんだけど。相変わらず女の人に囲まれてるんでしょ? それだけでもいいじゃん」
「智也、こいつにそれを言っても通用しないぞ」
「言い寄ってくる女に優しくするのは男の義務だろ?」
「ほらな?」
そんな他愛ない会話をしながらの食事は楽しい。それをわかっているのか相原は高校に入ってから、たまにうちで夕飯を食べていくようになった。その代わりにたまに差し入れを持ってきてくれる。
そんな相原の存在に少なからず俺は救われている。
ともすれば家や智也を守ろうと気負いすぎてしまう俺に、ほんの少しよそ見する時間を与えてくれる。智也の言った通り振り回され気味ではあるが、その分付き合ってもらっているからきっと収支は0だろう。
俺は相原にひっそりと感謝していた。
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