(2)
◎◎
あれからの出来事が、どれほど大変だったか、きっと帝司郎くんは知りもしないだろう。
事が済んだらそのまま忽然と姿を消してしまった彼らに、責任感だとか事後処理だとか、そんな事をどうこうしようという感覚は皆無だったに違いない。
だから、苦労したのは私だ。
他の誰でもなく、この斑目壬澄だ。
結果として記録上の死者の数は帳尻があったわけだが、それでも被害者を出したことには変わらない。
私は犯罪者を逮捕できなかったし、件の事件は不可能犯罪として闇から闇に葬られた。
無論のこと、その背景には紅奈岐ファウンデーションの財政力が関与している。
ただひとり、私と言う人間を騙すために仕組まれた事件はあまりに大掛かりで、だからこそ警察は考慮しなければならなかった。
人心に与える不安、政治的なバランス、そして森屋帝司郎の存在。
そのすべてに考慮しなければならなかった。
あの頃の私は知らなかったが、森屋帝司郎はその界隈では有名な存在だった。
私があの後、名実ともに超常犯罪の専門家になったのに対し、彼はあの時点で、すべてのナーサリークライムに対する天敵だったのだ。
その彼とは、まあ刑事という立場を別にしても今は仲良くさせてもらっているのだけれど、色々とあった。
その色々については、そのうち語るとして、今日はいい加減、主賓の登場を願わなければならないだろう。
五年もかかったんだぞ、真相に行きつくまで。
愚痴ぐらい言わせてほしいし、ちゃんと質問に答えてくださいよ?
「そうね。何から聴きたいのかしら?」
彼女に指定された豪奢なカフェテラス。
そこで、私の対面に座る女性は、気品ある口調でそう問うてきた。
私は訊ねる。
聴きたいことは、二つだけだ。
「じゃあ、一つ目から聴きましょう」
うん、じゃあ、どうして形川リナだったんですか?
私はあの時点では、彼女の正確な背格好なんて知らなかったのだから、だいたいの数字の上での背格好しか知らなかったのだから、該当する不可能犯罪者なんて、他にもたくさん適任がいたでしょうに。
「だって、名前が素敵じゃない。彼女、芸名じゃなくて本名でしたのよ? 形川リナ――肩代わりな、なんて」
……。
まさかの駄洒落か。
そんな結末か。
そりゃ、調べても解らない訳だ。
私は嘆息し、二つ目の――最後の質問をした。
どうして。
本当はどうして、あの事件を起こしたんですか?
「あなたに会いたかったのは、本当よ? あわよくば私の冤罪を解決してほしかったの。たくさん
彼女は。
茜色の髪に、赤い瞳の妙齢の女性は。
「共謀だったとはいえ、森屋帝司郎に殺されたってあなたが証言してくれれば、流石に誰も、私があの島から逃げ出した事に気が付かないでしょう……? 二重のアリバイが欲しかったのよ」
紅奈岐美鳥は、艶やかに微笑んでこう結んでみせた。
「あのとき言った通り――美しい鳥は、巣立ちたかっただけなのよ」
第一講義 ハンプティ・ダンプティ=エクスチェンジ 終了。
第二講義に、続く
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