026.純白の艦隊
リシツキーの描いた構想が現実のものとなるにはその死から二百年を要した。彼の祖国ロシアがその間に経験した変化というものは並大抵のものではなかった。
第二次世界大戦における東部戦線での夥しい流血はソヴィエトによる社会主義体制の礎へと凝結し、この地を一大工業国へと、そして一大軍事国家へと押し上げた。海を挟んだ合衆国との対峙はやがて宇宙開発競争となるが、先手を取ったはずのソヴィエトはやがてその後塵を拝することとなった。この競争がもしもソヴィエトの勝利に終わっていたとしたなら、リシツキーの構想はそのまま具現化されたかもしれない。
赤き敵を討つための楔として、その宇宙艦隊は出港しつつあった。
全き白さの空母が係留を解かれたとき、どこかふわりと浮き上がるように思われたのはおそらく錯覚であった。居並ぶ戦艦や巡洋艦の厳しさと比して、砲塔がなく艦載機を内蔵していてすらりとした鋭角の艦形であるため、いかにも軽快な印象を生んだのであろう。ただ、その印象というのはあくまで軽快であって軽薄ではなく、偉容を感じさせるのはその穢れなき純白さのためであったが、裏を返せば実戦の経験がないことの証左でもあった。であるからして、はるか遠方から出港を見守っている子供たちはその白さに息を呑んだけれども、大人たちはまた別の意味で沈黙せざるを得なかった。また、その沈黙せる者たちが子供だった頃、宇宙艦隊の是非が喧しく論議されたけれども、それはまだこの世界が平和だったことの証でもあり、宇宙艦隊の運用が必要とされる情勢となったことは不幸なことであった。
不幸にも生まれながらに面罵されながら育ってきたこの宇宙艦隊は、これから小惑星の如き小さな敵を討ちに征く。敵は火星にあった。火星植民地で起こった反乱のために出動を余儀なくされたのだ。初めは暴動として起こったものが激化して反乱となり、西半球国家群の憂慮の種となった。未だ統一されざる世界の中で過半数の国家に承認されたこの宇宙艦隊は、これより敵航宙勢力を制圧し、火星本土における反乱鎮圧の援護を指令された。これは、正義の軍であった。
西半球国家群唯一の宇宙艦隊は、設立当初より幾度も名称の変更を余儀なくされた――主に政治的理由により――が、一貫して「純白の艦隊」と呼ばれ続けた。それは先に述べた白き艦影のためでもあったが、それに加えて実戦経験の無さを指してもいた。赤き地の反乱軍との戦闘によって、純白の艦隊がいかなる未来を迎えるかは、未だ誰一人として分からない。その艦隊の染まる朱が敵のものであることが、ただ祈られた。
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