024.プロパガンダ
画面一杯に映し出されている彼のポートレートに私は引き込まされそうになっている。無骨な顔立ちをした若い男性の顔が大写しにされた写真だ。彼は微笑をするでも表情を引き締めるでもなく、ただ空を見上げるような無表情さでこちらを見ている。私が彼の顔を直に見たのはもう何十年も前のことだが、そのポートレートはある側面を人工的に完成させた物のように思える。それは即ち、ある美しさ。彼の従える人々が愚かであったならばそこに完璧さを求めたかもしれなかったが、歴史にとって不幸なことに彼らはある側面だけを完成させてある側面の不完全さを許した。
彼のポートレートは単なる静止画であって動画ではないのだ。私は動画が静止画に勝ると言いたいわけではないのだが、情報の多寡は桁違いだ。身体の立ち振舞いだけでなくその表情や目の動き、それに音声も記憶することができる。動画を残すことが不可能だった時代ならまだしも、鮮明な動画を記録することが出来る時代にあって、何故?
彼らはやはり賢いのだ。写真という物の魔術のような力を彼らは知っているのだ。彼のポートレートに射抜かれたが最後、その魅力に魅せられてしまう。この写真を撮ったのはある無名の写真家だったが、二度と力のある写真を撮れぬようにと手を切り落とされ目をくり抜かれてしまった。そして最後には真綿を口に詰められて息絶えた。その事実を知る者は勿論、知らぬ者でもこの写真の、ポートレートとして採用されたこの写真の魔力に魅せられた。
物言わぬ独裁者!
権力を握った後の彼はすっかりと沈黙してしまって、今では生きているかさえも分からない。いつかのアメリカ大統領のように顔のよく知られた彼は、その頭を切り落とされてどこかで眠っているのかもしれない。彼らならやりかねないことだ。
今夜も戸外を行く者はない。秘密警察の犬がそこら中を歩き回っているからだ。眠らぬ密告者たち。
思えば、物言わぬ独裁者とは我々のことではないか? 彼らを万雷の拍手の中で迎え入れ、今は汲々として隣人の密告に励む我々こそが。
静かに!
今しくけたたましく扉を叩く音がした。私は急に暗澹たる気持ちになって、継ぎ接ぎだらけのベッドに隠した拳銃を取り出す。さらばオールド・スポート、あの日お前を友と認めた過ちを認めたくはないのだ!
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