第23話『操り幽霊』

 彩花の作ったオムライス、渚の作った玉子焼き、咲の作った茶碗蒸しはどれも美味しかった。だからこそ、今の小さい体であることがちょっと悔しく思った。美味しい卵料理はたくさん食べたいから。

 体が小さくなったからといって甘え続けるわけにはいかないので、食事の後片付けは俺が1人でやった。ただ、体が小さい影響からかそれとも食器の量が普段よりも多いからか、いつもなら疲れないのに今回は妙に疲れてしまった。

「ふぅ、やっと終わった」

「お疲れ様でした、直人先輩。ありがとうございました」

「いえいえ。それに、美味しい夕ご飯を作ってくれた3人へのささやかなお礼だよ」

 冷たいコーヒーを作って、3人のいる食卓に向かった。

「お疲れ様。直人が後片付けをする姿を後ろから見てたけどさ、小さな女の子が家事の手伝いをしているようにしか見えなかったよ」

「あたしも同じことを思った」

 そして、気が合うことが嬉しかったのか、渚と咲は握手を交わしているぞ。まったく、姿がいつもと違うだけで、普通にやっていることも面白がられてしまうのか。

「もう少しで夏休みも終わっちゃうのかぁ」

 はあっ、と渚はため息をつく。

「でも、吉岡さん達は今日、月原高校に行って担任の先生にも会ってきたから、少しは違うんじゃない? まあ、あたしも一昨日までは部活で学校に行っていたけれど」

「まあね。いつもと比べたらまだマシかな。それに、今年は曜日の関係で9月1日まで休みだから得した気分だよ」

「確かにそうだね。でも、月曜日スタートはちょっとキツいかも」

「……月曜日は始業式しかないから大丈夫でしょ」

「そうね」

 休み明けが月曜日なのはきついけれど、月曜日は始業式しかないからまだマシかな。それよりも、俺には元の体に戻るという夏休みの宿題みたいなのが残っているけれど。

 すると、お風呂の準備ができたことを知らせるチャイムが鳴る。

「さあ、今日も渚先輩と広瀬先輩から入ってください」

「うん、分かったよ。彩花ちゃん」

「お言葉に甘えて、吉岡さんと一緒に一番風呂に入るわ」

 そう言って、3人はリビングを後にする。そういえば、今日も2人はここに泊まっていくんだな。夏休みも残り少ないし、一つでも多く思い出を作りたいのかも。

 ソファーに座って、1人でコーヒーを楽しむ。


「体が小さくなっても、多くの女の子の心を掴むなんて……さすがは藍沢君」

「そんなことないですよ。っていうか、俺はむしろ子供扱いされるのが嫌なくらい……って、うわっ!」


 気付けば、隣には浴衣姿の水代円加さんが座っていた。

 彼女は数日ほど前まで滞在していたホテルで出会った幽霊で、滞在中に彩花と遥香さんの入れ替わりを起こした。彼女は20年前に旅行で滞在したホテルで投身自殺をし、20年にわたって想い人のことを陰で見守っていた。

 彼女の自殺によって様々な問題が起こったけれど、数日前にようやく解決した。そのことで、彼女は成仏してこの世から消え去ったと思ったんだけれど……これまでと変わらず幽霊として存在しているのか。

「水代さん……」

「私のことを覚えていてくれるなんて嬉しいよ」

「数日くらい前まで会っていたじゃないですか。さすがに覚えていますって。あと、相変わらず……アクアサンシャインリゾートホテルの浴衣姿なんですね」

「この浴衣姿で自殺したからね。私にとっての制服みたいなものよ」

 ここまで「自殺」っていうワードを自然に言える人はいないだろう。

「それにしても、藍沢君の方はワンピース姿なんだね。よく似合ってるわよ」

 そう言われ、水代さんに頭を撫でられる。幽霊に体を触れられることも驚きだし、彼女の手がとても冷たいのもまた驚きだ。

「……仕方なく着ているんですよ。それに、嫌だって言っても3人なら無理矢理にでも着させようとしてくるから諦めている……というのが本音です。まあ、似合っていないって笑われるよりはマシですが」

「ふふっ、そうなのね」

「それよりも、小さくなっている俺の前に現れるということは……やっぱり、水代さんの仕業なんですよね」

「うん、そうだよ」

「まあ、日下さんに彩花の入れ替わりについて教えていたみたいですから……それを彼女から聞いたとき、俺の体を小さくさせたのは水代さんだと思っていましたよ。もちろん、彩花もそれには気付いていました」

 まあ、実際には渚や咲も水代さんが関わっているんじゃないか、っていう推測はしていたけれど。

「直人先輩、女性の声が聞こえましたけど……って、水代さん!」

「久しぶり、宮原さん」

 やっほー、と水代さんは彩花に手を振っている。気楽な雰囲気だなぁ、まったく。それに対して、彩花は苦笑いをする。

 すると、俺のことを抱き上げ、俺を後ろから抱きしめる形で座った。

「それで、直人先輩を小さくさせたのは水代さんなんですか?」

「そ、そうだよ。あなたがショックを受けるかもしれないって心配はしたけれど、意外と……楽しそうね」

「元の姿も先輩ですし、今の姿も先輩です。それに、とってもかわいいですから気に入っていますよ」

 えへへっ、と彩花は嬉しそうに笑っている。思い返せば、俺が小さくなったことを知った瞬間から彩花は喜んでいたもんな。

「それで、どうして水代さんはここに来たんですか?」

「体を小さくしたのは私だし、様子を見に来たの。それに、藍沢君がすぐに元に戻りたいと思っているなら、元に戻そうかなって。ほら、日下さんも彼に元に戻ってもいいんじゃないって言っていたから。あなた達の様子を見ていたけれど、私の期待通り……彼を中心に頑張っていたし」

 なるほど、それでここに来たわけか。日下さんの写真を紛れ込ませるタイミングといい、なかなかの気遣いをする幽霊である。

「……日下さんにも言いましたが、日下さんと森さんが話すことができるまではこの姿のままがいいです」

「……そう、分かったわ。まあ、あの森っていう男も結構考えているわね。奥さんにも相談していたみたいで……五分五分ってところかしら。奥さんは日下さんが会いたいと言っているなら、一度は会ってみてもいいんじゃないかって言っていたけど、森さんは相当悩んでいる様子だったわ」

「そうですか……」

 日下さんに会うことを奥さんが勧めてくれているのはいい情報だな。あとは、よく考えた上で日下さんと会ってくれると願うしかないか。

「それじゃ、そろそろ私はこれで失礼するわ」

「待ってください」

 と、彩花は水代さんの手をぎゅっと握る。

「あれ、勢いで手を出しちゃいましたけど、触れちゃった。結構冷たいんですね」

「え、ええ……そうね。幽霊だから冷たいのよ。それで、どうかしたの?」

「直人先輩と2人きりの時間がありましたけど、先輩に何かしていないかどうか尋問したいと思いまして」

「大丈夫よ、頭を撫でたくらいだから」

 水代さん、顔を引きつらせているぞ。幽霊を怖がらせるなんてさすがは彩花といったところか。

「それって本当ですかぁ?」

「本当だよ。むしろ、彩花が想像していたようなことをされそうになったら、叫んで彩花に助けを求めていたよ」

「……確かにそうですね」

 そして、ようやく彩花は水代さんの手を離した。やっぱり、俺と付き合うようになってから束縛というか執着といった気持ちが強くなっているようだ。

「それじゃ、失礼するわね」

 そう言って、水代さんの姿はすっと消えていった。あとは見守るだけで、日下さんのやりたいことが叶えられたら俺を元の体に戻すということか。

「明日……会えるといいですね、日下さん」

「そうだな。そこで2人が和解すれば一番いいかな」

「そうですね。それで、先輩の体が……戻っちゃうんですねぇ」

 はあっ、とため息をついている。さっき、水代さんに小さい俺のことをかわいいから気に入っているって言っていたからな。

「俺の体が元に戻ったら、今、彩花が抱きしめているような感じでお前のことを抱きしめさせてくれよ」

「……分かりました」

 例え、彩花達が小さくなった俺のことを気に入ったとしても、今の俺はイレギュラーな存在なんだ。元の姿に戻るのが一番いいはず。

 明日は事態が少しでもいい方向に進んでいくと信じることにしよう。

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