第3話『心当たり』

 朝食を食べ終わり、後片付けも終わったということで、彩花と一緒に食後の休憩をすることに。彩花と隣り合うようにソファーに座っている。

「先輩、コーヒーばかり飲んで大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。いつもこのくらい飲んでるし……」

 今、俺は2杯目のブラックコーヒーを飲んでいる。休みの日の朝食後は必ずと言っていいほどコーヒーを飲む。食べ物や飲み物の好みは変わっていないので大丈夫だとは思う。小さい体になったので、カフェインの影響をどのくらい受けるのかは未知数だけど。

「そういえば、今日は渚先輩の宿題を手伝うんですよね」

「……そうだったな」

 俺の体が小さくなったことと、彩花がそんな俺を気に入っていたことですっかり忘れていた。確か、渚が来るのは10時過ぎくらいだったはず。

「渚を驚かせないためにも、俺の体が小さくなっちゃったことを事前に知らせた方がいいかもしれないな」

「じゃあ、私がLINEでメッセージを送りますね。写真も撮りましょう」

 そう言って、彩花はスマートフォンで俺のことを撮影する。果たして、渚がこの状況をすんなりと理解してくれるかどうか。

「直人先輩にも見えるようにグループトークでやりますね」

「うん」

 確認のために、俺もスマートフォンでLINEの3人のグループトークを開いておく。するとすぐに、


『直人先輩の体がちっちゃくなっちゃいました! 可愛いですよ!』


 という彩花のメッセージが表示され、その後にさっき撮影した俺の写真も表示された。

 こうして写真を見てみると、アルバムに貼られている小学生くらいの写真を見ているような感覚だ。でも、これが今の俺……なんだよな。

 すると、彩花のメッセージと写真が『既読2』となって、


『確かに可愛いね!』


 おおっ、俺の姿を好意的に受け止めたようだ。しかし、


『でも、本当に直人が小さくなってるの?』


 というメッセージが程なくして送られてきた。まあ、そりゃそうだよな。


『本当だよ。家に来たら分かる』


 と、俺の方からメッセージを送っておいた。

 すると、その直後に渚から分かったとメッセージが送られてきた。まあ、この様子なら実際に家に来れば状況を理解してくれるだろう。

「渚についてはこれでいいとして……そろそろ俺の体が小さくなった原因を考えていかないといけないな」

「……そうですね。小さくなった先輩も可愛いですが……やはり、元の姿の直人先輩が一番素敵ですから」

 と言いながらも、彩花はウキウキとした表情で俺のことを見ているけれど。なるべくなら夏休みが終わる前に元の体に戻りたい。

「旅行で入れ替わりが起きて……今度は直人先輩の体が小さくなるなんて。今年の夏休みは色々とありすぎですよね」

「そうだな」

 唯の死と向き合って、彩花と付き合うことを決めて。それで平和な時間を過ごせるかと思ったら、旅先で出会ったカップルの女性と彩花が入れ替わり、今は俺の体が小さくなるなんて。波瀾万丈の高校2年生の夏休みだ。

「彩花の入れ替わりがあった直後のことだから、真っ先に思いついたのはこれが水代さんの仕業かもしれないってことだ」

「……あり得そうですね。あの人ならやりかねません」

 水代さんというのは、昨日まで旅行で5日間滞在していたホテルで出会った幽霊のことだ。本名は水代円加さんで20年前にそのホテルで投身自殺した。彼女が原因で彩花が入れ替わりに遭い、その後に色々とあったけれど、やりたいことを遂げることができたので3日前に成仏した……はず。

「私と遥香さんの体を入れ替えることができたんです。直人先輩の体を小さくすることもできる気がしますね」

「……確かに、幽霊だから何でもできそうな気はする。でも、彼女は3日前に成仏したと思うんだけどな」

「姿が消えただけで、成仏せずに今もどこかにいるかもしれませんよ」

「……その可能性はありそうだね」

「もしかしたら、遥香さんや絢さんの体にも異変が起こっているかもしれないので、さっきみたいに私の方からメッセージを送ってみましょう」

「うん、お願いするよ」

 遥香さんと絢さんというのは、旅先で出会った女性同士のカップルだ。2人とも彩花と同じ高校1年生。彼女達は遥香さんのお兄さんと彼の恋人と4人で旅行に来ていた。

 彩花はおよそ2日間、遥香さんと体が入れ替わっていた。水代さんが体を小さくした張本人だとしたら、遥香さんや絢さんが小さくなっている可能性は大いにありそうだ。

「送りました。何か分かればいいですけど、向こうにも異変があったら既に私達にメッセージを送ってきそうな気はするんですよね」

「……確かに」

 午前9時を過ぎているから、休日でも起きている可能性は十分にある。起きて異変に気付いているなら、2人も水代さんがやったかもしれないと思い、俺達に連絡をしてきてもいいはずだ。

「グループトークで送りましたので」

「うん」

 俺が遥香さんや絢さんとのグループトークを開いたところで、


『私は異変ないですね。お兄ちゃんも奈央ちゃんも普段と変わりないですって』


 遥香さんからのメッセージが送られてきた。3人とも普段と変わりないか。奈央ちゃんというのは遥香さんのお兄さん付き合っている女性のことだ。


『私も大丈夫ですね。それにしても、小さくなった直人さんって可愛いですね』


 という絢さんからのメッセージの後に、『いいね!』という文字のスタンプが送られてきた。どいつもこいつも俺のことを可愛いと言うなんて。

「絢さんも大丈夫ってことは、水代さんの可能性は薄そうですね」

「そうだな。水代さんなら、俺達だけよりも遥香さん達にも協力を仰ぎそうだから」

 一応、遥香さんと絢さんに俺に起こったことを話したけれども、彼女達の知り合いに俺のように体が小さくなってしまった人はいないという。

「向こうに異変はないか……」

「まあ、そういったことがないのはいいことですよ」

「そうだね」

 ということは、俺や彩花の知り合いが関わっている可能性が高そうだ。それか俺達を一方的に知っている人間か。でも……一夜にして俺の体を縮ませるなんて、人間ができるようなことじゃない。

「幽霊の仕業で彩花と遥香さんの体が入れ替わったし……」

 ということは、水代さんではない幽霊が俺の体を小さくさせたっていうのか? 考えられるとしたら、

「まさか、唯なのか……?」

 俺の亡くなった知り合いで真っ先に思いつくのはあいつだけれど。

「唯って……柴崎唯さんのことですよね。直人先輩の幼なじみの」

「ああ。唯は2年前の春に亡くなったけれど、幼なじみだし……俺がこのくらいの体の大きさの時も知っている」

「じゃあ、唯さんがこのくらいの頃の直人先輩の姿を見たいと思って、先輩の体を小さくしたのでしょうか……」

「……それも1つの可能性として考えておこうか。何にせよ、普通の人間にはできない不思議な力によって、俺の体は小さくなってしまったと考えた方が良さそうだ」

「そうですね……」

 渚が家に来たら、何か心当たりがないか訊いてみるか。渚がオカルト的なことに詳しいイメージはないけれど。

「ねえ、直人先輩」

「うん?」

「……直人先輩が小さい状態で2人きりでいられるのは、もうこの時間しかないかもしれませんよ」

「そうかもな」

 少しでも早く元の体に戻ることが出来るなら、俺は嬉しいけれど。

「ですから」

「……えっ?」

 そう言うと、さっきのように彩花は俺のことをソファーの上に押し倒した。


「今の直人先輩とイチャイチャしたいです」


 興奮しているのか、彩花の吐息が荒い。彩花の甘くて生温かい吐息が幾度となく顔にかかってくる。

「彩花、落ち着くんだ。それに今は朝だし、これから渚も来るし……」

「午前中からイチャイチャできるのは夏休みだけですよ? それに、渚先輩が来るときには入り口のインターホンで鳴りますし、大丈夫ですって」

「彩花の言うことも分からなくはないけれど……」

「大丈夫ですよ、ちょっとだけですから」

 そう言うと、彩花は今の言葉を信じ込ませるように、そっと口づけをしてくる。唇も小さくなったからか、普段よりも彩花に包み込まれている感覚だ。

「……口づけやキスだけにしてほしい。彩花には……子供に目覚めてほしくないから」

「……朝ご飯の時も言ったでしょう? 私が好きなのは直人先輩……なんですから。でも、先輩がそう言うのであれば」

 それから、俺は渚がインターホンを鳴らすまでの間、彩花からキスと口づけをたっぷりとされてしまうのであった。

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