第2話『君の全てを食べたい』

 午前8時。

 朝食ができたので、俺は彩花と一緒に朝食を食べることに。

 半袖のTシャツと半ズボンがあるので、それを着てみたら、腕と足の長さはちょうど良かった。だから、手足を動かすのに不自由はないけれど……ブカブカだなぁ。

「さあ、直人先輩。朝ご飯ですよ」

「うん。美味しそうだね」

 トーストにスクランブルエッグにサラダ。今までと変わらない量だけれど、小さくなったこの体で全部食べることができるかな。

「直人先輩、両手を合わせて……いただきます!」

 まるで、保育園や幼稚園の先生のようだな。いただきますとは言っていたけれど、こんな風には今まで言っていなかったぞ。まあ、楽しそうだからいいか。

「いただきます」

 そして、俺は彩花と一緒に朝食を食べ始める。

「うん、美味しい」

 体は小さくなっても、味の好みとかは17歳のままなんだな。小学生の時には飲めなかったブラックコーヒーがとても美味しく感じられるし。もちろん、小さい頃から大好きな卵料理の1つであるスクランブルエッグも美味しい。

「美味しいですか?」

「うん、美味しいよ。味の好みは変わらないんだなぁ。彩花の作ってくれるご飯が美味しく感じられて安心したよ。まあ、味の好みが変わっても、彩花は料理が上手だからきっと美味しいと思っただろうね」

「そうですか……えへへっ」

 彩花、両肘をつきながら俺のことを見ている。きっと、年の離れた弟のような感覚で見ているんだと思う。


「直人先輩……とても可愛いから全部食べちゃいたいなぁ」


 彩花が放ったその言葉に、何とも言えない寒気が体中に走った。思わず、椅子から降りて壁際まで逃げてしまう。

「え、えっとですね、これはその……本音というか、本当の想いというか!」

「どっちも同じ意味だよ……」

 彩花、これは完全にショタコン化しているような気がする。俺だけならいいけれど、他の小さな男の子にこういう感情を抱かないためにも早く元の体に戻らなきゃ。

「落ち着け、彩花。俺を食べるって言っても美味しくないぞ!」

「た、食べるっていうのは……口づけをしたり、体にキスをしたり……そういうことなんです!」

「……な、なるほど」

 要するに、子供の姿になった俺とえっちなことをしたいっていうことか。

「お前な……俺に対してはまだいいけれど、本当の子供にそれをやったら犯罪だからな。それよりも、今は俺よりも朝ご飯を食べなさい」

「……分かりました。取り乱してしまってすみませんでした」

「気にしないでいいよ」

 俺は彩花に食べられてしまわないように気をつけないといけないな。さっき……ベッドに押し倒されたときも、彩花の力が強くて身動きが取れなかったからな。

 そして、食卓に戻って朝食を再開する。

「トースト美味しいです」

「そうだね」

 今日はハチミツを塗ってトーストを食べているけれど、とても美味しいな。心なしか普段よりもハチミツの甘さがいいなって思えるのは、体が小さくなったからかな。


「小さくなった直人先輩をおかずにするとより美味しいです!」

「けほっ、けほっ」


 変なことをまた言うからトーストが喉に詰まっちゃったじゃないか。コーヒーを飲んでトーストを流し込む。

「人のことをおかず呼ばわりするんじゃない!」

「ご、ごめんなさい! 直人先輩があまりに可愛かったもので。でも、普段は……直人先輩を夜のオカズにしているんです! って、私、何言ってるんだろう……」

 彩花、とても顔を赤くして悶絶している。色々な意味で……俺は彩花に利用されているようだ。このことについては特に何も訊かない方がいいな、彼女のためにも。

「……紅茶でも飲んで気持ちを落ち着かせよう、彩花」

「は、はい……」

 彩花は俺の言うように紅茶を一口飲んで、何度も深呼吸をする。

「……何とか落ち着きました。ありがとうございます」

「落ち着いて良かったよ」

「でも、子供の姿になった直人先輩を目の前にしたら、気持ちはなかなか落ち着きませんよ。だって、非日常的なことなのですから」

「そうだなぁ……」

 そして、その非日常的な時間から一秒でも早く平穏な時間へと戻るよう、まずは原因を究明しないと。

「はい、直人先輩。あーん」

 彩花は箸で掴んだブロッコリーを俺に食べさせようとしてくれる。非日常的なことを楽しんでるなぁ、おい。

 2人きりでも食べさせてもらうのは恥ずかしい。けれど、彩花のことだから拒んでも無理矢理に食べさせてくると思うので、

「あ、あーん……」

 ここは彩花にブロッコリーを食べさせてもらった。

「美味しいですか?」

「美味しいよ」

「野菜も食べないと大きくなれませんよ」

「……それ、小さい頃……母さんによく言われたよ」

 17年間掛けて成長したのに、一夜にして10年分くらい体の成長が後退するなんて。ちょっと切ない気分になるな。

「……あれ」

「どうかしましたか? 直人先輩」

「ごめん、もうお腹いっぱいになってきちゃった……」

 まだ半分くらい残っているのに。全部食べると気持ち悪くなりそうだ。

「いえいえ、気にしないでください。私、つい……いつもの量にしてしまったので。そうですよね、その体の大きさですと途中でお腹いっぱいになっても仕方ないですね」

 まあ、高校2年生の俺が食べる量と比べたら、半分くらい残ってしまうのは当然なのかも。

「ごめんね。残りのサラダは食べられると思うから、トーストを食べてもらってもいいかな。ハチミツをたっぷりと塗っちゃったけれど。あと、スクランブルエッグも」

「分かりました。ふふっ、苺ジャムのトーストとハチミツのトーストを食べられるなんてちょっと得した気分です」

「そう言ってくれて嬉しいよ」

 彩花、甘いものが大好きだからな。

 残りのサラダを食べると……ふぅ、お腹いっぱいだ。トーストとスクランブルエッグを彩花にあげて正解だった。

「あぁ、直人先輩がくれたトーストとスクランブルエッグ、美味しいです」

「そう……なんだ」

 何だか、彩花ってたまに見た目は16歳だけれど、中身が6歳くらいの子供のように感じるときがある。まあ、可愛らしいからいいけれど。

「直人先輩の食べかけだからこんなに美味しいんですかね?」

「さあね。それよりも……何だか、今朝になってから彩花の趣味嗜好がよく分からなくなってきたよ。新しい一面を知ってしまったというか……」

「何を言っているんですか。私が好きなのは直人先輩ですよ。先輩の体が小さくなっても、そこにブレは全くありません!」

「……そ、そうなのかなぁ?」

 ショタコンになってしまいそうだと言っていたのはどこのどいつだったか。でも、それも小さくなった俺を見たからであって、今まで好きになりそうな気配を見せていたわけではない。ということは、今の彩花の言葉は本当……なんだろうな。

「そうだな。俺を食べちゃいたいって言ったくらいだもんな」

「もう、蒸し返さないでくださいよ! 反省しているんですから。そういうことを言うんでしたら、本当に食べちゃいますよ? 朝食のデザートとして」

「脂が乗っていないので美味しくないと思います。止めてください」

「……それはそうかもしれませんね」

 良かった、想い留めることができて。


「でも、小さい体の直人先輩の味も確かめてみたいところですね」

「犯罪の臭いしかしない! 本当に止めて!」

「……冗談ですって」


 ふふっ、と彩花は可愛らしく笑っている。

 でも、味を確かめてみたいって言ったときの俺を見る彩花の視線は冗談じゃなかったように思えたぞ。今は体が小さいんだから、本当に気を付けないと。俺も下手なことを言わないようにしなきゃ。

「私は食べ終わりましたが、直人先輩は?」

「俺も食べ終わったよ」

「ふふっ、そうですか。サラダをちゃんと全部食べることができて偉いですねぇ」

 よしよし、と彩花に頭を撫でられる。これじゃ小さな子供というより、飼われている犬や猫のような感じだ。

「それじゃ、朝ご飯はこれで終わりです! ごちそうさまでした!」

「ごちそうさまでした」

 彩花の作った朝食は美味しかったけれど、体調は普通なのに半分くらいしか食べられなかったのがちょっと悲しいな。これではっきりと、俺の体が小さくなってしまったんのだと分かった。

 食事の後片付けをする彩花の後ろ姿を見ながらコーヒーを飲むけれど、心なしか普段よりも苦く感じたのであった。

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