エピローグ『これから』
午後0時半。
特急列車が出発してからおよそ30分。そろそろお腹が空いてきたということで、俺と彩花は駅弁を食べている。俺はスタンダードな幕の内弁当で、彩花はホテルのある地域の名産である魚介類がふんだんに使った弁当。時々、おかずを交換したりしてね。
「美味しいですね」
「ああ、そうだな」
家に帰るまでが旅行だってよく言うけど、その通りかもしれないな。ホテルを後にしても、家に帰るまでもこうして食べ物を楽しんだりできるし。
車窓から見える景色もなかなかいい。ホテルの近くで見える海も最高だし、今はのんびりとした田園風景が広がっており、ちょっと遠くには山が見える。俺の故郷である洲崎町では所々にある風景だけれど、月原市ではなかなか見ることのできない風景だ。
「今頃、遥香さん達もお昼ご飯を食べているんでしょうかね」
「そうじゃないかな。車だからレストランかもしれないし、高速道路のサービスエリアかもしれないし」
俺も大学生になったらすぐに車の免許を取ろうかな。そうしたら、彩花と一緒に出かけることができるから。
「そうだ、さっき撮った駅弁の写真を送りましょう」
「ははっ、そうか」
すると、旅行中に作成した6人のLINEのグループトークのところに彩花から駅弁の写真が。そうだよな、あんな感じで別れても今はメールやSNSを使って気軽に話せるんだよな。ちなみに、相良さん、晴実さん、紬さんとも連絡先を交換している。
『美味しそうですね! 私達は今、車の中で何を食べるか話し合っていて。そうだ、さっきの2人の写真を送っておきますね!』
という遥香さんのメッセージが。なるほど、向こうの方はまだ昼食を何にするのか協議中なのか。車で行っているから、選択肢多いもんな。
遥香さんのメッセージのすぐ後に、駅で遥香さんが撮影していた俺と彩花のツーショット写真が送られる。いやぁ、待ち受け画面にしたいくらいに彩花が可愛いな。
「この写真、待ち受けにしたいくらいにいい写真です。帰ったら、何枚か現像しておこうかな……」
「ははっ」
紙媒体としても写真を持っておきたいのか、彩花は。
俺のデジカメでもたくさん写真を撮影したから、帰ったら何枚か現像してアルバムに保存しておこうかな。忘れたくないからな。
「では、私も4人の写真を送っておきましょう」
そう言うと、彩花はLINEで、
『素敵ですね。大切にします! こっちも、駅での4人の写真を送りますね!』
そういうメッセージを送ると、直後に駅で撮影した遥香さん達の写真がアップされた。これもなかなか良い写真だな。
『ありがとうございます! 大切にします』
『待ち受けにしたいね、これ』
遥香さん、絢さんという順番でメッセージが送られてくる。やはり、良い写真を撮影できたら、待ち受けにしたいと考えるのはみんな同じなんだな。
「また、あのホテルに行きたいですね」
「そうだな。そのときは遥香さん達と一緒でもいいかもね」
「……2人きりがいいとは思わないんですか? まあ、彼女達と一緒だとそれはそれで楽しいですけど……」
彩花、ちょっと不満そうだ。遥香さん達と過ごす時間が良くても、俺と2人きりで過ごす時間がもっと欲しかったってことかな。何せ、今回の旅行はプレ・ハネムーンだったから。
「今回は2人きりで過ごした時間は少なかったから、今度行くときは2人きりの時間を存分に味わうのもいいよな」
水代さんの一件がなければ、今回もそうなるはずだったんだろうな。ただ、今回に限っては遥香さん達と出会って一緒に過ごす時間が多くて良かったんじゃないだろうか。
「そうですよ。先輩と2人きりの時間を過ごしたいです」
「……でも、いずれはそれもできなくなるんじゃないか?」
「えっ……」
彩花はちょっと悲しそうな表情を見せる。
「ごめん、今のは俺の言葉選びが悪かった。ええと、悪い意味じゃなくて、その……将来的には俺と彩花のこ、子供と一緒に行くからと思って……」
今回がプレ・ハネムーンだったら、いつかはハネムーンに行くことになって、もっと先の未来では俺達の間でできた子供と行くかもしれないじゃないか。何らかの理由で子供ができなくても、彩花と2人でたくさん行きたいと思っている。
彩花のことを見てみると、さっきとは打って変わって彼女はニヤリと笑みを浮かべて、
「もう、直人先輩ったら。そういうことならストレートに言ってくれて良いんですよ? 本当に先輩は格好付けなんですから」
「さっきの俺の言い方のどこが格好付けなんだよ……」
まったく、人のことを馬鹿にしやがって。こっちは真剣に言っているのに。まあ、そういうところが彩花らしいというか。可愛いからあまり怒れない。
「でも、嬉しいです。いつかはハネムーンに行って、その先の未来では家族みんなで旅行に行きましょうね!」
「そうだな。ただ、お互いが学生の間にも、今回みたいに2人で旅行に行こう」
「はいっ!」
彩花、とても嬉しそうな表情をしているな。
「では、約束のキスをしてください」
彩花はゆっくりと目を瞑って、俺からのキスを待っている。まったく、何かと理由を付けてキスをしたがるんだから。
周りにこちらを見ている人がいないことを確認して、
「……じゃあ、1回だけだぞ。いつ見られるか分からないから」
「……はい」
俺は彩花にキスをする。やっぱり、彩花の唇は柔らかく、温かくていいな。時間を忘れてしまいそうだ。
唇を離すと、そこには彩花は顔を赤くして俺のことを見つめていた。そして、俺の唇を逃がしたくないのか、今度は彩花の方からキスをしてくる。
「んっ……」
すぐに唇を離すべきなんだけど、彩花の可愛らしく甘い声で、なかなかそうすることができない。
「……ふうっ」
気が済んだのか、彩花はようやく唇を離してくれた。キスで気持ちが浮ついているのか、うっとりとした表情をしている。
「……やっぱり、直人先輩の唇はいいですね。いつまでも、こうして先輩とキスしていたいです」
「それは俺も同じだけど、場所はしっかりと考えような」
「……えへへっ」
と、彩花は笑っている。まるで、時には場所を考えずにしてしまいますよ、と言っているかのようだ。本当に可愛い奴なんだから。
「……彩花、好きだよ」
俺は彩花の頭を優しく撫でる。
「私も大好きですよ、直人先輩」
そう言って、彩花はそっとキスしてきた。言っている側からまったく。まあ、今回は俺が好きだと言ったこともあるだろうけど。
プレ・ハネムーンという名の今回の旅行はこうして幕を閉じるけど、彩花との人生という旅はこれからも続いていく。
特別編-入れ替わりの夏- おわり
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