第70話『またいつか、どこかで。』

 8月28日、水曜日。

 今日が本当の旅行最終日。今日も天気は快晴だ。こんなにも天気が良いと、今日もこのホテルで旅行を満喫したい気分だ。

 しかし、正午過ぎに出発する俺と彩花の分の特急列車の切符を昨日のうちに確保したので、チェックアウトを済ませたらすぐに駅に向かわなければならない。それが何とも名残惜しかった。



 午前11時。

 俺達はチェックアウトの手続きを済ませて、そろそろホテルを後にしようか、というところだ。玄関前には相良さんと、明日まで滞在する晴実さんと紬さんが見送りに来てくれていた。

「皆さま、今回は本当にありがとうございました。これからはより仕事を頑張ることができそうです。不思議と、以前よりも円加が側にいてくれているような気がして」

 相良さんは笑顔でそう言った。昨晩、花火を見ているときに、水代さんが写っている写真を撮影できたので、意外と彼女の言うように水代さんはすぐ側にいるんじゃないだろうか。

「私からも、姉と悠子さんのことで本当にありがとうございました。あと、私個人では紬ちゃんと付き合うことができて嬉しいです。私も紬ちゃんも受験がありますけど、とりあえず明日までは紬ちゃんと一緒に旅行を楽しみたいと思います」

「そうだね、晴実。私からもありがとうございました」

 晴実さんと紬さんはそう言うと、俺達に向かってちょっと深めに頭を下げた。

 そして、顔を上げたとき、晴実さんは顔を赤くしながら照れくさそうに笑っていて、彼女とは対照的に紬さんは爽やかな笑みを浮かべていた。本人達が言っているように、2人は明日までこのホテルに滞在するので、まだまだ楽しい旅の時間を過ごすのだろう。


「皆さま。また、何かの機会があれば当ホテルにお越しください。その時には、我々スタッフ一同で最高のおもてなしができればと思います。ありがとうございました」


 相良さんはそう言って深く頭を下げた。

「では、俺達はこれで。ありがとうございました」

 6人の中の代表として俺がそう言って、俺達はアクアサンシャインリゾートホテルを後にした。

 相良さん、晴実さん、紬さんは俺達に向かって笑顔で手を振っていた。不思議と水代さんも一緒に手を振って見送ってくれているような気がして。彼女達のおかげで今回の旅行が更に思い出深いものになった。彼女達とまたどこかで会いたいな、と思う。

 アクアサンシャインリゾートホテルから、最寄り駅までは徒歩数分。

 ただ、日差しが照り付け、重い荷物を持って歩くと疲れるだろうということで、俺と彩花の荷物は坂井さんが運転する車で駅まで運んでくれることに。

 車には運転する坂井さん、香川さんが乗り、俺、彩花、遥香さん、絢さんは徒歩で駅まで向かうことになった。

「暑いですね、直人先輩」

「そうだなぁ」

 そう言いながらも、彩花は俺の手をしっかりと握っている。さすがに、猛暑日になりそうな暑さということもあって、腕を絡ませることはしない。

 ただ、あの重い荷物を持ちながら歩いているわけではないのでまだマシだ。

「へえ、ここら辺の道ってこうなっていたんだね、絢ちゃん」

「ホテルに来たとき、車では通ったけど、ホテルの方しか見てなかったら全然気付かなかったよね」

 なるほど、車で来たから2人にとっては初めて通る感覚なんだ。4日前になるけれど、一度は歩いたことがあるので、一応は記憶に残っている。

「まさか、このホテルに来たとき、遥香さんと体が入れ替わってしまうとは思いませんでした。しかも、入れ替わっている2日間で色々なことがあるなんて……」

 彩花はそう言うと、絢さんの方をちらっと見る。元の体に戻っても、彼女とは色々とあったようで、未だに意識してしまう場面があるようだ。

「そうですね、彩花さん。でも、直人さんが紳士的な方で良かったです。その……楽しくて、決して忘れることのない思い出になりました」

 遥香さんは俺のことを見て、にっこりと笑った。ただ、恥ずかしいのか、照れくさいのか……俺と目が合うとはにかむ感じの笑顔に変わる。遥香さんもまた、入れ替わりの影響が残っているのか俺のことを意識してしまうようだ。

「ははっ、まだ直人さんのことを意識しちゃうのかな」

「い、色々とあったからね」

「そっか。どういう風にすれば、遥香がもっと私を意識してくれるかどうか、直人さんに教えてもらおうかな」

「ははっ、そうですか。では、俺も彩花を夢中にさせる方法をご教授願いましょうかね」

 でも、おそらく1番の理由は入れ替わった相手の体の影響なんだろうけど。ただ、絢さんのことだからそれ以外にも理由がありそうだ。後日、メールか何かでこっそりと訊いてみるのもいいかもしれないな。

 遥香さんや絢さんと話していたら、あっという間に駅に到着した。そこには俺と彩花の荷物を持った坂井さんと香川さんがいた。

「坂井さん、香川さん、荷物を運んでくださってありがとうございました」

「ありがとうございます」

「いえいえ、このくらいのことは。車なら1, 2分くらいですし」

「そうですか」

 徒歩で数分程度の距離だからな。特に混雑もなかったので、車なら1分あれば着いてしまうかも。

「お2人とも、お世話になりました。特に藍沢さんには遥香が」

「いえ、あれはあれで楽しかったですから。こちらこそ、彩花がお世話になりました。4人が信頼できる方達で良かったと思います。本当にありがとうございました」

「お世話になりました」

 俺と彩花は4人に向かって深く頭を下げた。本当に出会ったのがこの4人だったからこそ、こうして笑顔で別れることができるんだろう。

「こちらこそ、ありがとうございました」

 坂井さんがそう言うと、4人は俺達に向かって頭を下げた。

「あの……最後に、皆さんの写真を撮ってもいいですか? 皆さんだけの写真って確か、まだ撮っていなかったと思うので」

「いいですよ、彩花さん。じゃあ、それが終わったら、彩花さんと直人さんの写真を撮らせてください」

 彩花と遥香さんがそんなやり取りをした後、まずは彩花が遥香さん達をスマートフォンと俺のデジカメで写真撮影。そして、遥香さんがスマートフォンで俺と彩花のことを写真撮影した。これも1つの思い出になるかな。

「ありがとうございます。後で、お2人にメールかLINEで写真を送りますね」

「では、こっちもそうしますね」

 何だかんだで彩花と遥香さんは結構仲良しになっているようだ。

 駅の時計で時刻を確認すると、俺と彩花が乗る特急列車の発車時刻まであと15分くらいとなっていた。駅弁を買うことを考えれば、そろそろ行かなければいけないだろう。

「じゃあ、そろそろ特急の時間なので、俺と彩花はこれで。本当に楽しい5日間になりました。ありがとうございました」

「私も楽しかったです。ありがとうございました。また、いつか……どこかで会いましょう。絶対に」

 俺と彩花は4人と握手を交わし、荷物を持って改札をくぐった。

 特に彩花は何度も振り返って、4人に手を振っていた。お互いに姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 駅弁を買って、俺と彩花は定刻に到着した特急列車に乗った。

「本当に帰っちゃうんですね」

「そうだな。1日延びたから、凄く久しぶりに特急列車に乗った感じがするよ」

 彩花とそんなことを話していると、月原へと帰って行く特急列車が動き出す。どんどんとこの夏の思い出を作った街から離れていく。その瞬間にこの5日間が急に過去のことのように思えてきた。それがとても寂しく、儚く感じる。それだけこの旅行が楽しかったってことなんだろうな。

 遥香さん達とはこれで離れることになったけれども、別れ際に彩花が言ったようにいつか、どこかで会えるといいな。会えないはずの人とも会えたんだから、俺達と遥香さん達の距離は決して遠くないだろう。

 会おうとすればいつでも会える。それがとても幸せなことなのだと、彩花の隣で思うのであった。

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