第54話『妹と友達』

 一昨日、昨日と海やプールでたくさん遊んだので、今日は部屋でゆっくりと過ごすことになった。といっても、コーヒーや紅茶を飲みながら駄弁るだけだけど。

 昼食を6人で食べるときには、遥香さんと絢さんはすっかりと元のように仲良くなっていた。2人についてはもう大丈夫だろう。



 午後1時半過ぎ。

 晴実さんと友人の加藤紬かとうつむぎさんがホテルに到着したと相良さんから連絡があったので、俺達はすぐに1階のロビーへと向かう。

 ロビーには既に相良さんがいて、彼女の側には白いワンピースを着た黒髪のおさげの女性と、相良さんに似たような服装をした茶髪のワンサイドアップの女性が立っていた。美緒と渚にちょっと似ている。彼女達が、晴実さんと加藤紬さんなのかな。

「お待たせしました」

 俺がそう言うと、相良さんがこちらを振り向いて軽く頭を下げた。

「皆様、こちらのワンピース姿の女性が水代晴実ちゃんで、パンツルックの女性が加藤紬ちゃんです」

「はじめまして、水代晴実です」

「加藤紬です、はじめまして。晴実とは同じ高校のクラスメイトで3年生です」

 黒髪のおさげの方が晴実さんで、茶髪のワンサイドアップの方が紬さんか。2人とも、俺よりも1学年先輩なのか。晴実さん、お姉さんよりも長く生きていることになるんだな。

「じゃあ、俺達も自己紹介をしましょうか。まずは俺から。はじめまして、藍沢直人です。高校2年生です」

「宮原彩花です。直人先輩と同じ高校に通っている1年生で、先輩と付き合っています」

 そう言って、彩花は俺の手をぎゅっと掴んでくる。可愛いなぁ。

「坂井遥香です。直人さんや遥香さんとは違う高校に通っています。1年生です」

「原田絢です。遥香とはクラスメイトで、彼女と付き合っています」

「坂井隼人です。大学1年生です。遥香の兄です」

「香川奈央です。隼人と遥香ちゃんと幼なじみです。隼人とは学科まで一緒で、その……彼と付き合っています」

 香川さんだけが若干顔を赤くし、照れた様子で自己紹介をした。

 そうだ、自己紹介をしたけれど、晴実さんと紬さんにはとても大事なことを言っておかないと。

「自己紹介をした直後に混乱させてしまうかもしれませんが、実は彩花と遥香さんは、昨日の朝に体が入れ替わってしまったんですね」

「えええっ! そんなことって実際にあるの? 晴実は知ってた?」

 さすがに、ファンタスティックな出来事だからなのか、紬さんはとても驚いていた。それとは対照的に晴実さんは落ち着いている様子を見せる。

「悠子さんから入れ替わりの話は聞いていましたけど、彩花さんと遥香さんのことだったんですね」

「聞いていたんだったら教えてくれたっていいじゃない」

「ごめんね、紬ちゃん。そんなに重要なことじゃないと思ってたから……」

 そんなこと言いながらも、2人は笑っている。仲がいいんだな。

 まあ、晴実さんにとっては、お姉さんを自分が生まれたきっかけとなったことに向き合うことの方が重要だもんな。彩花と遥香さんの体を入れ替わらせたのはお姉さんであるとはいえ。

「でもね、晴実ちゃん。今朝、分かったことなんだけれど……2人の体が入れ替わったのは円加がやったことだったの」

「えっ、そうなんですか?」

「うん。信じてもらえないかもしれないけれど……円加が香川様の体に憑依して、彼女自身が入れ替えたって言ってくれたの」

「そうなんですか。お姉ちゃん、が……」

 さすがに、水代さんの名前が出ると、晴実さんの表情がちょっと暗くなる。水代さんが香川さんの体に憑依したことが信じられないのかも。

 今、この瞬間にも水代さんが誰かの体に憑依してくれれば、晴実さんと紬さんにも相良さんの言ったことが本当だって言えるんだけれど。

「あっ……」

 晴実さんはそう声を漏らすと、紬さんの方に体をよろめかせた。

「晴実、大丈夫? 暑いし、体調でも悪くなった?」

「ううん、そうじゃないよ。特に何ともないし。ただ……一瞬だけだけど、意識がなくなったの。誰かに眠らされたような感じがして。それに、どこか懐かしく感じる女の人の声で晴実、って呼ばれた気がしたの」

「もしかしたら、円加が晴実ちゃんの体に一瞬だけ憑依したのかも。それで、晴実ちゃんの名前を呼んだんじゃないかな」

「……そうかもしれないです。私の名前を呼んだ女性の声……思い返したら、昔、家で見たホームビデオに映っていたお姉ちゃんの声でした」

「そっか」

 これで、水代さんが晴実さんの体の中に一瞬憑依したのが確定的か。それにしても、晴実さん……水代さんが亡くなった後に生まれたけれど、ホームビデオを通して水代さんの姿は見たことがあったんだな。

「晴実ちゃん、紬ちゃん。氷高さんのことについて色々と話したいから、そっちのソファーに行こうか」

「分かりました、悠子さん」

 俺達は午前中に座ったソファーまで向かう。ただ、ソファーに9人全員で座ることができないので、女性陣が座り、俺と坂井さんはソファーの側で立つ形に。

「実は午前中に氷高さんのことについて藍沢さん達と話したの。それで……」

 相良さんは自分と俺達6人が協力して氷高さんと決着を付ける計画を、晴実さんと紬さんに伝えた。彩花と遥香さん、香川さんに憑依した水代さんの想いも含めて。

「そういうこと、ですか……」

 晴実さんは俯きながらそう言った。さすがに、今の段階で協力するかどうかは決めることができない……かな。

「……晴実のお姉さん、晴実のことをなるべく巻き込みたくないんですね。自分の受けたいじめの中心人物と会わせたくないですから、それは当然ですよね。何か、酷いことを言われてしまうかもしれないし。そう考えると、私もお姉さんの気持ちを尊重したいです」

 紬さんは晴実さんが関わるようなことは避けたいと考えているようだ。

 俺も……俺達6人と相良さんだけで氷高さんと決着を付けることができそうなら、晴実さんは関わらない方がいいと考えている。

「晴実ちゃんはどうかな? どっちでも構わないよ」

「……今すぐには決められないです。ごめんなさい……」

 相良さんの問いかけに対して、晴実さんは力なくそう答えた。やっぱり、今すぐには協力するかどうかは決められないよな。

 ただ、氷高さんはあと2時間ほどでこのホテルに戻ってくる。晴実さんには、なるべく早めに決断をしてほしいのが本音だ。悩んでしまうだろうけれど。

「……藍沢さんに坂井さん。ええと、お兄さんの方です」

「俺の方ですか」

「何でしょうか、晴実さん」

 晴実さんから俺の名前を急に呼ばれたのでちょっと驚いてしまった。しかし、俺と坂井さんに何かあるのかな。男相手に。

「お二人だけに話したいことがあります。ちょっと離れたところで話したいのですが……よろしいでしょうか」

「俺は構いませんが……藍沢さんは?」

「俺も大丈夫ですよ」

 俺と坂井さんに話したいこと、か。いったい、どんなことなんだろう?

「相良さん、確か……2階にはカフェがありましたよね」

「はい、そうです」

 へえ、2階にカフェがあったのか。全然知らなかった。このホテルに来てから色々あったせいか、ホテルにある施設で行ったの、レストランとプールくらいしかないな。

「じゃあ、俺と藍沢さんは晴実さんと一緒に2階のカフェに行ってきます」

「分かりました。私達はここでお待ちしております」

「分かりました。では、藍沢さん、晴実さん……行きましょう」

「じゃあ、行ってくるね、紬ちゃん」

「……うん。いってらっしゃい」

 紬さん、複雑な表情をしているな。俺と坂井さんだけに話したいことがあると言われて色々と想うところがあるのかもしれない。

 俺と晴実さんは坂井さんについて行く形でロビーを後にしたのであった。

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