第5話『幼かった頃のように』

 私達で作った夕ご飯を、なおくんは喜んで食べていた。好きなものを美味しそうに食べる彼の姿を見てとても嬉しい。さっき、私が告白してなおくんの気持ちが乱れていないかどうか心配していたけれど、安心した。

 夕ご飯を食べた後、なおくんは勉強がしたいからとすぐに自分の部屋に戻った。入院して授業に出られなかった分を取り戻したいのだとか。偉いなぁ。さすがは都会の進学校に通うだけあるよ。

 私は夕ご飯の後片付けをして、美月ちゃんやひかりさんと談笑する。


「美緒ちゃんはお兄ちゃんと一緒に寝るんだよね?」

「うん……そ、そのつもりだよ」

「別に私や美月のことは気にしなくていいのよ。直人と2人きりになって、どんなことをしても美月と聞き耳なんて立てないから」

「うんうん」

「……そうしていただけると有り難いです」


 ひかりさんと美月ちゃん、心の声が顔と言葉に出ちゃってる。こんな状況なのに、なおくんとそんな……へ、変なことなんてするつもりはないよ。


「じゃあ、直人と美緒ちゃんにはさっさとお風呂に入ってもらおうかしら」

「それがいいね、お母さん」

「美緒ちゃん、もうお風呂は湧いてるから、一番風呂に入ってらっしゃい」

「ありがとうございます」


 そんなこんなで、ひかりさんと美月ちゃんのペースに乗せられ、私は一番風呂に入らせてもらうことに。そういえば、昔……なおくんの家に泊まりに行ったときも、女の子だからって最初に入らせてもらったっけ。あの時は美月ちゃんと一緒だったけれど。

 私が出た後になおくんがお風呂に入る。その間、私はなおくんの部屋で、1人でゆっくりする。


「これがなおくんの部屋なんだ……」


 都会に住んでいる男の子の部屋って感じ。それでも、本棚にいっぱい漫画があって、CDが綺麗に並んでいるのは、なおくんの部屋らしいというか。初めての空間だけれど、確かな安心感がある。

「そういえば……」

 なおくんだっていいお年頃なんだから、その……えっちな本とかどこかに隠しているんじゃないかな? 昔からクールななおくんでも、そういう本を持っていてもおかしくないはず。だって男の子だもん。

 でも、なおくんの部屋を色々と物色するもいけない。ただ、気になる。そんなことを考えていると、部屋をキョロキョロしているだけでもいけない気がしてきた。

「あううっ……」

 結局、何もできなくて俯いてしまう。体が熱くなってきた。


「……どうしたんだ、美緒。1人で正座して、顔を赤くして」

「何でもないよ!」


 寝間着姿のなおくんが部屋に戻ってきた。

 好きな人の部屋で、好きな人と2人きり。しかも、お互いに寝間着姿。物凄くドキドキしてくるよ。小さい頃はそんなことなかったのに。


「もし、暑かったらエアコンの温度を下げるけれど」

「ううん、大丈夫だよ。このくらいでちょうどいい」

「……そっか。良かった。いや、俺にはちょっと寒いくらいだから」

「大丈夫? 上げてもいいんだよ?」


 私がそう言うと、なおくんは柔らかい笑みを浮かべて、ゆっくりと首を横に振る。


「ご飯食べて、薬を飲んで、風呂に入ったらもう眠くなって。ごめん。せっかく、美緒が月原まで来てくれたのに」

「気にしないで。これからしばらくの間、ここに住まわせてもらうし」

「……そっか。ゆっくりしていって」


 なおくんとの生活は今日から始まるんだ。時間はまだまだある。なおくんとゆっくりと話していけばいいんだ。

 部屋の電気を消そうと、ドアの近くにあるスイッチに手をかけたときだった。


「消さないでくれるかな」


 なおくんに右手をがっしりと掴まれる。それはちょっと痛いくらいに、強く。


「……ごめん。いきなり強く握っちゃって」

「ううん、いいんだよ。なおくんって電気を付けたまま寝るようになったの?」

「……違うんだ」


 そう言うなおくんの顔は、お風呂から出た直後のはずなのに、顔に赤みは全くないように見えた。


「夜、暗くなって……電気を消すと、海に突き落とされたような感じがするんだ。いや、正確に言えば、後ろ髪を掴まれて引きずり込まれる感じか」

「海に……引きずり込まれる?」

「……ああ。暗くて、冷たい空気が俺を包み込むような気がするんだ。きっと、唯が死んだあの日の海はとても冷たかったはずだ」


 寒さなのか、恐ろしさなのか、直人の体は小刻みに揺れる。


「俺は唯が味わった死ぬ間際の苦しみを味わわせられているんだ。俺が殺してしまった唯のことを……」

「そういう風に感じるんだね。だけど、なおくんは唯ちゃんのことを殺してなんていないよ。それは、自分が一番分かっているはずだよ。それに唯ちゃんは岩場で亡くなっていた。あと、唯ちゃんは海に沈んでない」


 なおくんが2年前の事件について、自ら真実を暴いた。唯ちゃんは自殺ではなかったこと。転落死してしまう直前に、笠間君の手を掴んでいたこと。唯ちゃんは亡くなってしまう直前までなおくんのことを諦めていなかったこと。

 明かされた真実は悲しいけれど、温かい。それなのに、なおくんの心には冷たさしか残っていない。それはやっぱり、唯ちゃんへの罪悪感が原因なのだろうか。

 なおくんはゆっくりと首を横に振る。


「……それでも、寒い中で死んでいったんだ。冷たくて、1人で……」

「なおくん……」


 なおくんの心の中には、自分のせいで唯ちゃんが死んだという気持ちがなおくんの心に根付いているんだ。罪悪感という根っこを取り払わない限り、きっとなおくんの笑顔は戻らないと思う。


「なおくんは何も悪くないんだよ。それは事実だよ。なおくんが唯ちゃんのことで悪く思っていても、私は言い続けるよ。なおくんは何も悪くない」


 私はなおくんのことを抱きしめる。


「冷たくて震えているときは、こうやってなおくんのことを温める。少しでもなおくんが安心していられるように。それがしたくて、私はここにいるの」


 なおくんは1人じゃない。冷たくて、寂しくて、震えてしまうようなときには私が彼を包み込む。彼のことを優しく温めてあげたい。

「美緒……」

 私の名前を呟くと、なおくんは私のことをそっと抱きしめた。私の気持ちに答えてくれているような気がして、嬉しい気持ちになる。


「なあ、美緒」

「うん? なに?」

「昔みたいに、美緒と一緒のベッドで寝れば、暗くても寝られるような気がする。もちろん、美緒さえ良ければだけれど……」

「もちろん、いいに決まってるよ。むしろ、私がそうしたいくらいだもん。昔みたいに一緒に寝よう。ね?」

「……ああ」


 そのときに浮かべたなおくんの笑みは、幼いときに見たものと似ていた。嬉しいという気持ちをそのまま顔に出たような、無垢な笑み。

 電気を消すと部屋の中は暗くなる。けれど、カーテンを開けると外から光が入ってきて、なおくんの顔が問題なく見えるくらいに明るくなった。

 なおくんのベッドでなおくんと一緒に横になる。セミダブルベッドだとは言われたけれど、高校生2人には少し狭く感じる。でも、今はそれが良かった。


「美緒、大丈夫か?」

「うん。ちょうどいいよ」

「そっか。何だか美緒と一緒にいると安心する」

「私も」


 小さいときのように、私はなおくんの手を握る。すると、なおくんがそれに応えるように私の手を握り返してくれた。

 時が進んでも、変わらないこともある。幼かった私達は高校生になった。それでもこうして変わらずに一緒にいることができる。変わらないことも大切だけれど、私達はどうにかして前へ進まなければいけないんだと思う。

 それでも、なおくんの心は……唯ちゃんが生きていたときのような、何があっても前を見続けている心に戻ってほしいと思うのであった。

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