第26話『コール-後編-』
直人のスマートフォンに電話をかけている。
呼び出し音が響くけれど、直人はなかなか出てくれない。もしかして、もう杏子が直人のところに行っていて、電話に出られない状況になっているの?
『咲さん、どうかしましたか?』
「直人……」
電話の向こうから直人の声が聞こえるだけで、本当にほっとする。元気な声だからまだ杏子とは接触していないのかな。
「直人が出てくれて良かった……」
『すみません、なかなか気づけなくて。それにしてもどうかしましたか? 僕が電話に出たことに、とてもほっとしているようですが』
「うん、直人にまだ何もおかしいことはないって分かったから……」
『そうですか。こっちも今はお昼休みで、彩花さんや渚さんと一緒にお昼ご飯を食べているところです』
「そうなの」
宮原さんと吉岡さんが側にいるんだったら安心した。一応、直人の記憶が戻るまで、できるだけ誰か1人は直人の側についていることにしているから。そっか、昼休みは2人が一緒にいるんだ。
『それにしても、何かあったんですか?』
「今すぐにスピーカーホンにしてくれる? 宮原さんと吉岡さんにも、あたしが今から話すことを聞いてほしいの」
『分かりました』
杏子が直人に迫ろうとしている事実を3人に伝えないと。杏子のことだから言葉巧みに直人を説得しそうだから。彼を守るためには、宮原さんと吉岡さんにこのことを知っていてもらわないと。
『広瀬先輩、私や渚先輩にも聞いてほしいことって何でしょうか?』
「実は……杏子が直人に記憶の改ざんをするかもしれないの」
『記憶の改ざんってどういうこと?』
そう反応したのは吉岡さんだった。
「今、直人と付き合っているのはあたしだよね。でも、杏子は直人の記憶がないことをいいことに、本当に付き合っているのは自分だってありもしないことを、直人の頭の中に植え付けようとしているの」
『それは許せないわね。直人の恋人は広瀬さんなのに』
『以前も紅林先輩は広瀬先輩のことを傷つけましたよね。直人先輩と付き合っていることがそんなに気に入らないのでしょうか……』
杏子の目的……か。あたしのことが気に入らないのか。それとも直人のことが好きだからなのか。はたまた両方なのか。
『ええと、僕が……紅林さんという方に狙われているということでしょうか』
「そう考えて間違いはないよ、直人」
『そうですか。でも、安心してください。僕は咲さんの恋人である事実は変わりませんし、僕は咲さんのことが好きなんですから』
「……うん、そうだよね。直人の口から聞けて安心した」
そうだよ、記憶を失う以前に色々とあったけど、今、直人と付き合っていることはあたしなんだ。それを直人から言ってくれているんだから、大丈夫。きっと、大丈夫。
『でも、何が起こるか分かりません。紅林先輩はうちの高校の生徒ですし』
『じゃあ、これまで通り日中は私がついていて、放課後は彩花ちゃんも一緒にいる形にしよう。それで、紅林さんには警戒すると』
『そうしましょうか』
「2人とも、本当にありがとう。放課後になったら、あたしもそっちに行くから」
『ええ、分かりました。とりあえず、学校にいる間は私達が側にいるので、広瀬先輩は安心してください』
「うん。でも、気をつけて」
杏子はあたしの想像を超えることをしてくる可能性がある。もしかしたら、宮原さんや吉岡さんのことを傷つけるかもしれない。
「何かあったら、すぐにあたしに連絡してくれるかな」
『分かったわ、広瀬さん。大丈夫、月原高校にいる限りは私や彩花ちゃん達がいるから』
「うん、ありがとう」
『咲さん、では放課後に会いましょう』
「そうね。じゃあ、また放課後にね」
『はい』
直人の方から通話が切れた。
とりあえず、直人や宮原さん、吉岡さんに杏子のことを伝えられたからひとまずは安心だけど、杏子のことだ。何をしてくるんだろう、本当に。
『あたしの言うことが真実だって認めざるを得ないんじゃないかなぁ……?』
杏子がその言葉を言ったとき、妙に自信に溢れているように思えた。杏子は直人の考えを自分に向けさせる要素を持っているというのか?
「やっぱり、不安だな……」
杏子が直人の記憶を改ざんしようとすることで、心が乱されるんじゃないかって。苦しい想いをするんじゃないかって。これ以上、直人に苦しい目に遭わせたくない。
「杏子……」
杏子が直人の記憶を改ざんしようとしているなんて。直人のことが好きだからとはいっても、そんなことをするような子じゃないと思っていたのに。
恋をするっていうのは、そこまで人を変えてしまうの?
でも、思い返せば、直人に恋をしなければ、あたしは大切なバスケの試合で彼を賭けるようなことはしなかったと思う。どうにかして、直人を自分の恋人にしたいという想いは杏子と変わらないのかもしれない。
けれど、記憶の改ざんは許せない。それは直人に嘘をつくということになるから。そんなことは絶対にさせない。
早く放課後になってほしい。そう思う日に限って、午後の授業はとても長く感じてしまうのであった。
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