第23話『決戦-1st Quarter-』
6月23日、日曜日。
今日の天気は束の間の晴天。雲一つなくて、これほどに清々しい6月の青空を見たことが今までにあっただろうか。屋内で試合を行なうけれど、晴れていると気持ちが良くなる。
今日は決戦の日。
月原高校、金崎高校共にインターハイ出場を決めた。
しかし、彼女達の本当の戦いは今日なんだ。俺を賭けた直接対決。インターハイ予選で上位になった方が俺と付き合う権利を得ることになり、今日の試合結果で全てが決まる。いつしか、当事者だけの戦いではなくて、双方の女バス全員の戦いに発展した。
月原か、金崎か。試合が終わったとき、勝利の女神はどちらに微笑んでくれているのか。まさに、神のみぞ知ることだ。
決勝ラウンド最終日である今日は、同じ試合会場で4試合が行なわれる。偶然が重なり、第1試合は7位決定戦、第2試合は5位決定戦、第3試合は3位決定戦、そして最終試合は優勝決定戦という位置づけになった。
第1試合、第2試合は対戦する高校同士が主に盛り上がり、インターハイ最後の1枠を賭けた第3試合は双方の高校関係者だけでなく、高校バスケファンなど多くの人達が盛り上がっていた。
午後2時半。
ついに、最終試合である第4試合が始まる時刻となった。既にインターハイ出場を決めた高校同士の対決なので、第3試合ほど盛り上がらないだろうと思っていた。
しかし、以前から注目されている渚と咲の直接対決、中学時代から注目されている香奈さんも月原にいるので、非常に多くの人達が観客席に集まり、始まる前から盛り上がり始めている。また、第3試合からの模様はローカル局で生放送されている。
俺、彩花、一ノ瀬さんは月原高校の関係者のために用意されたエリアに座った。
「いよいよ始まりますね。本当に大事な試合が」
「そうだな、彩花」
「みなさんの大切な想いが込められた試合ですからね。しっかりと見届けたいです。両校頑張ってほしいですけど、私は月原高校に勝ってほしいです。彩花ちゃん、香奈ちゃん、吉岡先輩、藍沢先輩の喜んでいる姿を見たいから」
「……私も同じ。どっちも頑張ってほしいけど、月原に勝ってほしい。大丈夫だよ、渚先輩は今日になっていつも通りの調子に戻ったそうだから」
彩花と一ノ瀬さんは笑い合った。
2人と同じように、俺もどっちも頑張ってほしいと思っている。でも、月原高校がインターハイに出場を決めてしまったから、以前のように月原に勝ってほしいと思う気持ちがすっかりとなくなってしまった。
どちらを応援すべきか。それは、以前から求められている決断と等しい感じがした。だから、どっちを応援すべきかどうか悩ましい。
「うっ……」
まずい。また、頭が痛くなってきた。今回の頭痛の中では1、2を争うほどのひどさだ。昨日、やっと収まってきたかと思ったのに。
彩花と一ノ瀬さんに気付かれないように常備している風邪薬を口の中に入れ、一口水を飲んだ。大丈夫だ、2人にはバレていない。コートにいる選手達にも。
「ひさしぶりね。1ヶ月半ぶりくらいかしら?」
その声の主に驚いた。洲崎高校の制服を着た北川が俺の目の前にいたのだ。驚いているのは彩花や一ノ瀬さんも一緒だった。北川は少し大きめのバッグを持っていた。
「どうしても咲の応援をしたくてね。それに、紅林さんっていう女の子の件もあったでしょ。電話したら、凄くショックだったみたいで。テレビやネットでも放送しないし、思い切ってこっちまで来たのよ」
「そうか。咲には会ってきたのか?」
「うん、第3試合をやっているときにね。咲、凄く嬉しそうだったわ」
「……そうか」
そりゃそうだろう。自分のことを本気で応援してくれる人が、実際に試合会場まで来て応援してくれるんだから。しかも、何時間もかけて。
「私は金崎高校の応援席の方に行って応援するわね。咲に勝ってほしいから」
「分かった」
「じゃあ、また後で」
北川は手を振って、俺達から立ち去っていった。
「まさか、北川さんが応援に来るなんて。以前、直人先輩に広瀬さんのことで電話があったとは聞いていましたが……」
「それだけ、広瀬先輩と仲がいいんでしょうね。今の方こそ、広瀬先輩を応援するに相応しい親友なのでしょう」
どうやら、彩花や一ノ瀬さんにとって、北川が咲を応援することに悪い印象を抱いていないようだ。紅林さんの一件があったからか、むしろ咲に心の支えがいることを知って安心しているようだった。
その紅林さんの姿は……さすがにないか。
気付けば、双方の高校のメンバーがコートに入ってきていた。いよいよ試合が始まるということで会場の空気が盛り上がっていく。
「渚先輩、頑張ってください!」
「香奈ちゃん、頑張れ!」
彩花も一ノ瀬さんも応援モードに入り、試合前にもかかわらず大きな声を出している。
黒いユニフォームの月原高校と、黄色いユニフォームの金崎高校。それぞれのチームのメンバーが各々の位置に移る。
ジャンパーである渚と咲がコートの中央に向かい合って立つ。
主審の投げるジャンプボールを渚が触れたことによって、決戦が始まった。10分で1クォーター、計4クォーターの40分の戦いだ。
ジャンプボールを渚が触れたことで、最初は月原高校が攻める姿勢に。渚と部長さんがチーム全体を支え、香奈さんが攻撃の立役者になる。香奈さんの放ったシュートが入り、月原高校が先制点を挙げた。
「香奈ちゃん! 今日もその調子で頑張ってください!」
一ノ瀬さん、物凄く嬉しそうだな。香奈さんは今日もあのような調子でガンガン点数を入れていってほしい。小さな体を生かして、相手のことをかき回してやるんだ。
ただ、どんどん点数が入る競技だけあって、すぐに咲を中心に金崎高校が反撃をして差を埋めてくる。金崎高校は先週と変わらず、咲を中心とした動きになっているけど、全体的に動きが良くなっているので、以前よりも強力なチームに成長している。さすがは金崎といったところか。
しかし、金崎はワンエースだけど、こっちはツーエースだ。
渚は持ち前の順応性の高さから、攻撃から守備まで幅広く対応し、それが月原高校の戦術を多彩なものにしている。もちろん、それは他のメンバーの確かな実力や、メンバー同士が信頼し合っているからこそできる芸当だ。
どちらのチームも凄い。試合前からかなりの期待を持たれていたことに納得する。
一進一退の攻防が続いているけど、第1クォーターがそろそろ終わりになってきたとき、月原高校が徐々に差を広げ始めてきた。
どうしても咲が中心となる金崎は、月原のメンバーに攻撃スタイルが予測されやすいのか、ブロックされることが多くなってきた。それに対し、月原はまだまだ新しい攻撃の流れが繰り出され、順調に点数を稼いでいる。
もしかしたら、月原の方は渚が倒れてエース不在のときのチーム構成を考えたことが、ここになって功を奏しているのかも。渚のいない場合の攻め方を、渚のいる場合にも適応しているんだ。だからこそ、相手の裏をかける。
第1クォーターが終了。
月原20 -12 金崎
月原高校が8点リードした形で第2クォーターへと繋ぐ。
「いいスタートが切れたね」
「吉岡先輩と香奈ちゃんがたくさん得点を決めていましたよね」
そう、渚と香奈さんのツーエースを中心とした多種多彩な攻撃が月原高校の強みだ。部長さんなどの他のメンバーもそうだし、まだ試合に出ていない控えのメンバーを投入することで、今はまだ出ていないやり方で試合を運んでいきそうだ。
「ただ、相手は金崎だ。第1クォーターを終えただけだし、8点差ならまだまだ十分時間がある」
今もなお、咲が中心のチームでも、今の月原を逆転できるポテンシャルを十分にあるはずだ。もしかしたら、何か作戦があって、あのような感じだったのかもしれないし。
「まだ、この先に何が起こるか分からない」
「そうですね。広瀬先輩も焦っているようには見えませんし」
彩花の言うとおりだ。8点リードされていても、咲は特に不機嫌そうにしていない。
どちらもまずは自分達らしいプレーでスタートして、試合を進めていく中で色々と変えてくると思われる。きっと、今のインターバルで、それぞれチーム内で話し合って、第2クォーターに臨むだろう。
コートにいる彼女達は試合中、何を想ってプレーしているのだろうか。特に渚と咲は様々な感情を抱いていると思う。彼女達を見て俺はふとそう考えるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます