第14話『ため息Days』
6月17日、月曜日。
今日からの女バスの練習は、決勝ラウンドに向けての内容となる。決勝ラウンドが金曜日から3日間に渡って行なわれるので、今日の練習内容はかなり濃いものに。
みんな一生懸命に練習に励んでいるけど、特に渚は凄い。昨日の咲のプレーに刺激を受けたのか、試合さながらの気迫で練習に臨んでいる。
「……かなり気合いが入っていますね、渚先輩」
「そうだな。金曜日からはインターハイ出場を決める決勝ラウンドだし、昨日の咲を見て今まで以上に頑張らないとって思っているのかも」
ただ、気持ちが入りすぎていて、恐さを感じるときもあるけど。それはまるで狙った獲物を追いかける狼のように。
香奈さん達は必死に渚について行こうとしている。そのためか、練習時間が半分ほど過ぎたところで、疲れ切っている部員の姿も見える。このままだと倒れてしまう部員が出るかもしれないので、特に疲れている人には声をかけたり、長く休憩を取らせたりするようにしないと。
きっと、俺もこの後のミニゲームとかに参加するだろうけど、今日の渚には歯が立たないだろうなぁ。今日のような凄まじい剣幕を見るのは、俺が渚の家に泊まっていたときにミニゲームに参加したとき以来だ。
「……本当に凄いですね、渚先輩は」
彩花は笑顔を見せているけど、どこか浮かない感じに見えて。昨日のブロックの決勝戦を見ているときも、今のような表情を見せるときが。
「……はあっ」
ぽつりと溢れるため息。練習の間はずっとそういう雰囲気のままだった。
家に帰っても、彩花は笑顔を見せるも元気がなさそうだった。
「彩花、昨日から元気がないけど、どうかしたのか?」
夕食が終わって、ようやく落ち着いたところで彩花に訊いてみる。
「直人先輩は分かっていたんですね。……必死に隠していたつもりだったのですが」
彩花は苦笑いをすると、ソファーに座っている俺の隣に座った。これで今日何度目か分からないため息をつくと、一筋の涙を流す。
「何もできないって辛いですね」
弱々しい声で彩花は呟く。
「もしかして、咲のことか?」
「はい。決勝ラウンドでの月原高校と金崎高校の結果によって、直人先輩の運命が決まってしまう。渚先輩は試合という形で関わるのに、私にはそれがない。渚先輩に全てを委ねてしまっていることが申し訳なくて、悔しいんです」
確かに、決勝ラウンドの結果次第だから、彩花は直接関わることができない。そのことに対する悔しさや申し訳なさ、もどかしさが昨日からの彩花に現れていたのか。
「彩花の気持ちも分かるよ。でも、試合に出ることだけじゃないと思うんだよな。彩花は女バスの部員をしっかりとサポートしていると思うし、そういうことも試合に勝つのに重要だと思う」
俺は彩花の頭をゆっくりと撫でる。そこにはほのかな温もりがあった。
「それに、渚は……彩花っていう存在があるから、今日はあんなに頑張れたんじゃないかな。俺のことでの責任感もきっとあるだろう。でも、一番はインターハイに出場したいからじゃないか」
「直人先輩……」
「去年出場できずに悔しい想いをした渚を見たから、俺は渚がインターハイに出場して、渚にとって夢の舞台でバスケをする姿を見てみたいんだよ。だから、俺は女バスのサポートをしようって思ったんだよ。彩花はどうして、俺と一緒に女バスをサポートしているんだ?」
俺がやるからというだけではないはずだ。彩花のことだから、きっと彼女なりにしっかりと考えてサポートを頑張ろうと思ったのだと思う。
「……直人先輩と同じような感じです。渚先輩と香奈ちゃんがインターハイで戦う姿を見たいから。直人先輩と一緒なら女バスのサポートもできそうっていうのもありますけど」
「そうか。渚や香奈さんにもその気持ちは伝わってる。もちろん、他の女バス部員にも。それが心の支えの一つになっていると思うし、女バスを勝利に近づかせているんじゃないか。彩花は凄いことしているんだって、俺は信じる」
実際に渚からも俺と彩花がサポートに入ってから、女バス自体が良くなったと聞いている。男の俺をマネージャーにする気は端からないようだけど、彩花のことをマネージャーにしてみたいという話が出ているらしい。
「本当に、こういうところが大好きなんです。より一層、直人先輩のことが好きになっちゃったじゃないですか。今までよりもずっと、直人先輩と一緒にいたくなっちゃったじゃないですか。だから、渚先輩には勝ってほしい」
そう言って、彩花は俺に抱きつき、声に出して泣く。そこには確かな彼女の温かさがあった。
本当はもう分かっていたのかもしれない。自分にもできることがあるってことを。でも、試合に出ると出ないとでは雲泥の差があり、渚に自分の分まで押しつけているようで嫌だったんだ。実際に、渚と一緒に試合に出て咲と戦いたかったんだ。でも、
「彩花は渚と一緒に戦っている。渚もきっとそう思っているよ」
「……そう信じたいです」
悔しいと思えるほどの優しさはきっと、渚のことを強く支えているはずだ。
インターハイで活躍する渚の姿を頭の中に描きながら、明日からも女バスのサポートを全力でしていこうと心に誓うのであった。
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