第13話『New Round-後編-』

 金崎高校の出場する試合も終わったので、そろそろ帰ろうという話をしていたとき、俺のスマートフォンにメッセージが届いた。確認すると、発信者は咲だ。


『直人達に話があるの。会場の入り口で待っていてくれるかな』


 という内容だった。

 きっと、リミットまでに誰と付き合うのか決断できなかったことについて話したいのだろう。決断できないとメッセージは前に送ったけど、咲はどう思っているのか。とりあえず、まずはメッセージが来たことを彩花や渚にも伝えないと。


「みんな、咲が俺達に話したいことがあるみたいだ。会場の入り口で話すことになっているから、みんなで行こう」

「分かりました。直人先輩だけでなく私達にも話したいことがあるんですね」


 みんなで応援している様子を咲ははっきり見ていたからな。みんなに言いたいことでもあるのだろう。

 俺達は会場の入り口近くに行くけど、咲の姿はどこにもない。まだ、試合が終わって10分ほどしか経っていないし、着替えやミーティングとかで時間がかかるのだろう。


「部外者である私までここにいていいのでしょうか……」

「大丈夫だよ。先週だって、広瀬さんは女バスのみんながいる前で藍沢先輩に告白したんだから」


 一ノ瀬さんの不安を香奈さんがフォローする。彼女の言うとおり、咲は女バスのいる前で告白したくらいだ。それに、一ノ瀬さんの姿だって咲は見ているだろうから、彼女がいても何の問題もないと思う。


「やはり、広瀬さんの話したいことって、直人先輩の決断できなかったことについてでしょうか……」

「たぶん、そうじゃないかな。私達も一緒にって言っていたくらいだし」


 彩花や渚も俺と同じことを考えていたか。

 あと、俺には今までずっと引っかかっていたことがある。

 どうして、咲は俺が決断するリミットを今日になる瞬間までに設定したのか。インターハイ予選の日程と合わせたのだろうか。何か理由があるはずだ。この後の咲の話でそのことが語られるかどうか。

 20分ほど経って、会場から制服姿の咲が出てきた。咲の表情が試合直後と同じように結構明るい。


「ごめんなさい、こっちからお願いしたのに待たせちゃって」

「気にしないでくれ、咲。あと、ブロックの決勝進出おめでとう」

「……ありがとう、直人」


 咲は嬉しそうに笑った。咲に会ったら、おめでとうと直接言いたかったのでちゃんと言えて良かった。


「月原高校もAブロックの決勝進出おめでとう」

「ありがとう、広瀬さん」

「ありがとうございます!」


 これまで色々とあったけど、勝利を祝ってくれるのはさすがのスポーツマンシップだと思う。


「みんな、さっきは金崎の応援をしてくれてありがとう。うちのメンバー達も喜んでたし、力になった。……恥ずかしい話、昨日の杏子とのことをかなり引きずっていて、試合までそれを持ち込んじゃったの。勝ったから良かったけど、顧問の先生や先輩にはこっぴどく叱られたわ」

「でも、復活してからの広瀬さんのプレー凄かったよ」

「……直人達があたしに向かって応援してくれたおかげだよ。杏子にはきっぱりと断っていたけど、直人がどこか遠くに行っちゃったような感じがして。何も決断できなかったってメッセージが来ても、あたしはフラれたと思ってた」


 決断できなかったという言葉に彩花達は浮かない表情になる。俺もその言葉を聞いてドキッとした。


「ごめん。決断できなくて。でも、咲のことを振ったわけじゃないし、もちろん嫌いにはなっていないよ。ひさしぶりに咲と会えたことも嬉しかったし」

「分かってるよ。きっと、心のどこかでそれが分かっていたから、直人の一声をきっかけにあたしは頑張れたんだと思う。さっきも言ったけど、吉岡さんや宮原さん達の応援が金崎高校の力になった。本当にありがとう」


 言葉通りの真心のある咲の感謝に、彩花や渚達も嬉しそうに笑った。


「……あと、そのきっかけを作ってくれた直人に特別なご褒美をあげる。これはあたしからの感謝の気持ちと――」


 咲は俺のことを抱きしめ、うっとりとした表情をして顔を近づける。そして、


「あなたのことを奪ってみせるっていう決意よ」


 そう言って、俺にキスをしてきた。それはカラオケボックスのときと同じように甘くて熱い口づけを。

 唇を離した咲の笑顔はどこか影のある笑みだった。


「俺のことを奪うだって?」

「……だって、直人、昨日までに決断できなかったじゃない。あぁ、でも杏子と付き合わないっていう決断はしたっけ」

「広瀬先輩。直人先輩を奪うと言いましたけど、何を考えているんですか?」


 彩花の質問に対し、咲は冷たい笑みを浮かべる。それは昨日、紅林さんが本性をさらけ出した笑みよりも恐ろしさを感じる。まさか、咲は俺のために『悪』になっているのか?


「どうするかを言う前に、どうして最初に設定したリミットを昨日までにしたのか分かる?」

「どうしてなんだ? ずっと気になっていたんだ」

「こういう状況になるかもしれないと思ったから」

「えっ?」


 どういうことだ? こういう状況になるって。


「確かに、あたしは直人に決断を急かしたわ。でも、直人がリミットまでに決断できない可能性が大いにあるのは、あたしだって分かってる。それなら、そのときのことを考慮しなければいけないと思った」


 さすがに、何も考えずにリミットを設定してはいなかったか。


「その通り。直人が自分の意思で決められないなら、周りの結果次第で直人の未来を決めればいい。幸いにも、あたしと吉岡さんはバスケットボールをやっていて、お互いに通っている高校がインターハイ予選を勝ち進んでいる。これまでの成績から、月原も金崎も決勝ラウンドに進出することは予想できてた。あと、直人がどんな決断をするのかモヤモヤする中で、吉岡さんに試合をさせるのは申し訳ないと思って、リミットを今日になる瞬間までにしたの。まあ、実際は金崎……もっと言えばあたしがピンチだったけどね」

「なるほどな。じゃあ、まさか……」


 俺がそう言うと、咲は俺から離れて渚のすぐ目の前に立つ。


「決勝ラウンドで順位が上だった方が、直人と付き合う権利を得るってこと」


 咲はそう言い放った。

 なるほど、だからリミットを昨日までにしたのか。俺が何も決断できなくても、今言ったように、決勝ラウンドの結果次第で必ず自分と決着がつくようになるから。


「順位が月原高校の方が上だったら、あたしは直人のことをきっぱり諦める。宮原さんか、吉岡さんか……どっちも付き合わないのか。いつまでも直人の決断を待っていればいい。でも、金崎の方が上だったら直人はあたしの恋人にする。そういう形であたしと決着をつけましょう」


 咲はどうしても決着をつけたいようだ。この方法なら、俺に関係なく何らかの結果を得ることができる。


「大切なインターハイの決勝ラウンドで、直人を賭けることはしたくないんだけど」

「そんなこと言って、実際は吉岡さんにはあたし達に勝つ自信がないだけじゃない?」

「……はあっ?」


 嘲笑う咲を、渚は鋭い目つきで見る。こんな渚、今までに見たことがない。


「あたしは自信あるよ。バスケでも、恋でも……あなた達に勝つ自信が」


 咲はまた、挑発して渚達を自分の思惑通りにしようとしているんだ。以前に彼女自身が言っていた『悪』がそうさせているのだろうか。


「……分かったよ」

「渚先輩! バスケの公式試合に賭け事なんて……」

「勝てばいいだけだよ、香奈ちゃん。それに、直人のことが関係あろうとなかろうと、私達は全力で一つ一つの試合に臨む。そうすれば、きっと金崎よりも月原の方が上位になるって」


 そう言う渚の表情はとても勇ましかった。だからなのか、香奈さんは渚を見つめ、頷く。


「……そうなるように頑張りましょうね、渚先輩」

「頑張ろうね。それに、もし金崎高校と対戦することになったら、純粋に勝ちたいんだよ。今日のように途中からじゃなくて、最初から凄い広瀬さんとね」


 渚はいつもの爽やかな笑みを浮かべ、咲の顔を見ながらそう言った。そのことで、香奈さんは勇ましい笑顔になり、彩花と一ノ瀬さんは穏やかな笑みを浮かべる。


「……何で、そんなに笑顔でいられるのかな。自分の好きな人を目の前で取られるかもしれないのに。あたしはもう、そんなの、いやっ……!」


 殺気に満ちたその言葉は、昨日、紅林さんにされたことを思い出しながら言っているに違いない。昨日のような思いを二度と体験したくない気持ちは痛いほどに分かる。

 昨日のあのときまでに俺が何らかの決断ができていたら、咲にあんな想いをさせずに済んだのかもしれない。俺も彼女を傷つけた1人だ。彼女のことを考えると本当に罪深い。


「ごめん、咲」


 俺はそう言って、咲の頭を優しく撫でる。バスケの試合をした後だからか、咲の髪は少し湿っていた。


「……いいんだよ、直人。あたしがこっちに引っ越した後も、直人への恋心を抱き続けなければ、何も起きなかったんだから。だから、直人は悩まなくていいんだよ。それに、あたしが勝てば、あたしがあなたの恋人になるんだから。だから、待ってて。あたし、直人を幸せにしてみせるから」


 そう言う咲の笑顔は『悪』に包まれている中、俺だけには必死に純粋な笑みを見せてくれているようであった。俺と一緒にいたいというのが何よりの希望であることを意味しているように。


「明日、もし、あたし達がBブロックの決勝戦で勝って、あなた達がAブロックの決勝戦で負けたらその瞬間に、決勝ラウンドでの順位があたし達の方が上になることが確定するから気を付けてね」

「分かってる。ブロック決勝戦で勝ったら決勝ブロックでの4位以上が確定して、負けたら5位以下が確定するからね。でも、金崎と戦わずに決着をつけることをするつもりはないよ。明日、絶対に勝つから。そっちだって負けないように気をつけてね」

「分かっているわ。あたしも、月原が明日の決勝戦で負けるとは思っていないから。じゃあ、あたしは帰るよ」


 咲はゆっくりと俺達のもとから立ち去った。

 こんな状況でも、唯一の救いは彩花や渚達が前向きになっていることだ。これなら、お互いにいい結果に結びつくかもしれない。それが、今の俺の希望だ。


「……私達もそろそろ帰ろう。明日はブロック決勝戦があるから、早く家に帰ってゆっくり休もう。今日も重要だったけれど、明日の方がもっと重要なんだ。インターハイに出場するにはまず、明日のブロック決勝戦で勝たないとといけないから」


 決勝ラウンドに向かけていい流れを作るには、明日のブロック決勝戦は重要だ。それに、ブロックの決勝戦で勝たないとインターハイへの切符がなくなるし。そのためには日はゆっくりするべきだろう。

 そして、俺達も静かに会場を後にするのであった。




 翌日。AからDのブロック決勝戦が行なわれた。

 Aブロックの月原高校。準決勝のときのように、終始安定したプレーをして勝利を収めた。渚と香奈さんもいいプレーをしていた。この調子なら決勝ラウンドも大丈夫そうだろう。

 Bブロックの金崎高校は、準決勝とは違って試合開始から咲がフルスロットルであり、そんな彼女を中心に圧倒的な攻撃力にで大差をつけ勝利した。その様子を見た渚と香奈さんは揃って、相当手強い相手だと言っていた。

 決勝ラウンドではAからDまでのブロック1位同士の総当たり戦であるため、金崎高校ともいずれは戦うことに。この4チームの中から、上位3チームがインターハイに出場することになる。俺のことについても、決勝ラウンドの結果次第になるのか。

 月原高校も金崎高校も、インターハイまであと一歩のところまで辿り着いたのであった。

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