第11話『New Round-前編-』

 6月15日、土曜日。

 昨日の女バスの部活動後に紅林さんが咲のことを裏切ったことや、今日になる瞬間まで俺は決断ができなかったことについて彩花と渚に話した。

 2人は元々、俺の決断が出るまでいつまでも待つという考えなので、昨日までに決められなかったことは仕方ないと言ってくれた。

 咲にも決められなかったことをメールで伝えたけれど、紅林さんのことがあってか返信は全くなかった。

 ただ、今日は女子バスケットボールのインターハイ予選のAからDの4つのブロックの準決勝が行なわれる。月原高校のブロックA、金崎高校のブロックBの試合は同じ会場で行なわれる予定だ。

 俺は今、彩花、一ノ瀬さんと一緒に月原高校の応援に来ている。香奈さんが出場するということで、試合には3人で来るのがお決まりという感じになってきている。

 きっと、この会場で咲と会って話すことができるだろう。


「なるほど、そんなことがあったんですね」


 一ノ瀬さんも俺の状況を知っているので、彼女にも昨日の教室でのことを話した。


「紅林先輩のことは噂で聞いたことがありました。男子生徒からの人気があるのに、そのことに対して全く関心がないと。その理由はきっと、藍沢先輩のことが気になっていたからだったんですね」

「そうか。実際に好意を抱いたのは、俺と話したときかららしい」

「……だから、あのとき……直人先輩に対してボ、ボタンを外して肌を見せるような行為をしたんですね……」


 そう言う彩花は少し頬が赤くなっていた。

 あのときから俺に好意を抱いていたんだ。そう考えれば、紅林さんのあの行動は咲のためではなく、自分のためだったんだと分かる。

 彩花と渚はあの行動を見た瞬間から、ずっと警戒心を持っていたな。女の勘というやつかもしれないけれど、もしかしたら2人は紅林さんの内面を疑っていたのかもしれない。


「一番心配なのは広瀬さんです。彼女は今日の試合に出場するのでしょうか。精神状態がプレーに大きく影響するでしょうから」

「そうだな……」


 一ノ瀬さんの言うとおり、一番心配なのは裏切られた本人である咲だ。場合によっては控えの可能性もあれば、体調を崩してこの会場に来ていない可能性だってあり得る。


「でも、ここにいればそれも分かる。咲が試合に出場することを祈るしかない」


 この会場の試合の流れとして、まずはブロックAの準決勝2試合が行なわれる。既に第1試合が終わり、月原高校は間もなく始まる第2試合に出場する。

 昼休みを挟んだ後にブロックBの準決勝が行なわれ、咲のいる金崎高校は第1試合。俺達は2試合連続で試合を観戦するつもりだ。

 スマートフォンで時刻を確認すると、間もなく午前11時。ブロックA準決勝第2試合の開始時間が迫っていた。


「咲のことも気になるけれど、まずは月原高校を応援しよう。渚や香奈さんだって出るんだから」

「そうですね、直人先輩」

「香奈ちゃんの勇姿をちゃんとこの目で見ないと」


 2人とも、もうすぐ試合が始まるからワクワクしている。俺も自然と心が高ぶってきた。スポーツってこういう力があるよなぁ、としみじみと思う。

 そういえば、去年は渚に応援してほしいと言われて、1人でこの場所に来たっけ。あのときも興奮したけれど、今年はそれ以上に興奮したり、楽しめたりできるだろう。何せ、今年は1ヶ月以上、女バスのサポートをしてきたから。

 今、黒いユニフォームに身を包んだ出場メンバー5人が、試合コート横で顧問の先生と話しているみたいだ。もちろん、出場メンバーの中には渚と香奈さんがいる。

 渚、1年越しのリベンジに向けて、まずは決勝ラウンド進出を決めてくれ。香奈さん、ここでも小さな巨人と言われる君の強さを思う存分発揮してほしい。

 出場メンバーが試合コートの中に入る。観客席からでも、各メンバーの闘志がひしひしと伝わってくる。



 試合開始のホイッスルが鳴り、月原高校の決勝ラウンド進出を賭けた準決勝が始まる。

 渚はオフェンスからディフェンスまでのオールラウンダー。試合の展開によって柔軟に対応する姿はまさに真のエース。

 香奈さんは主にオフェンスのポジションであるスモールフォワードを担当。卓越したスピードと精巧な技の数々が、自分の背の低さのハンデをアドバンテージに変えている。それ故に存在感がどんどん増していき、まさに『小さな巨人』となっている。

 1回戦から観戦しているけれど、一戦ごとに上手になっていることが、素人の俺でも分かる。安心して観ていられるな。

 本当に凄いぞ、今年は。去年よりもずっといい成績を期待できそうだ。

 月原高校女子バスケ部は相手に一度もスコアをリードされることなく、安定したプレーで準決勝を勝利し、決勝ラウンド進出を決めた。



「やった!」

「やりましたね!」


 彩花と一ノ瀬さんはハイタッチをして勝利を喜んでいた。

 まずは月原高校が決勝ラウンド進出か。この流れで金崎高校も決勝ラウンドに進出できればいいんだけれど。

 昼休みに入ると制服姿の渚と香奈さんが観客席にやってきた。


「渚先輩、香奈ちゃん、決勝ラウンド進出おめでとう!」

「本当に凄い試合でした! 吉岡先輩はどこのポジションでも柔軟にこなしますし、香奈ちゃんはシュートが凄かったですし」


 彩花と一ノ瀬さんは渚と香奈さんの勝利を称える。特に一ノ瀬さんは感動が大きかったのか、香奈さんのことを抱きしめている。


「ありがとう。彩花ちゃん、一ノ瀬さん」

「このまま明日の決勝戦でブロック1位通過して見せるよ!」


 渚も香奈さんも凄かった。渚は去年よりも上手くなっていたし、香奈さんにはいい意味で驚かされることばかりだし。

 今日の準決勝戦でますます女バスに期待してしまう。本当に凄い、今年は。


「まずは決勝ラウンド進出おめでとう」

「ありがとう、直人」

「渚先輩達と一緒だからここまで来ることができました」


 今の言葉からも分かるように、互いのことを信頼し合ってまさにチームプレーで掴んだ結果だ。個々の強さとチームの結束力の良さが、月原高校バスケ部の強さだ。


「俺達は午後の金崎高校の試合を見ていくけれど、渚と香奈さんは見ていくか?」

「もちろん。金崎高校はきっと、決勝ラウンドに進出するだろうから、今日の試合を見て作戦を立てる参考にしたいと思って」

「……あたしはまず、純粋に広瀬先輩のプレーを見てみたくて。でも、昨日のことがありましたから、試合に出るかどうかさえも分かりませんけどね……」


 やはり、香奈さんもそこを懸念しているか。昨日のことで咲のプレーに影響が出てしまわないかどうか。それ以前に、咲が試合に出るかどうか。俺達はそのことを気にしながら、観客席で彩花の作ったお弁当を食べた。



 昼休みが終わって、午後1時半。

 間もなく、金崎高校が出場するブロックB準決勝第1試合が始まる。金崎高校は黄色のユニフォームで、それを着る咲の姿を見つけた。

「咲がいた」

 俺のその一言に、彩花達はほっとした表情を見せる。ただ1人を除いて。


「広瀬さん、どこか浮かない表情をしているね」


 渚は咲の様子がおかしいことに気付いた。彩花達の前で見せた強気な態度でもなければ、俺だけに見せる汐らしい雰囲気でもない。周りのメンバーに笑顔を見せているものの、それは作った笑顔であるとはっきりと分かった。


「バスケチームにも色々なタイプがあるから、まだ何とも言えないけれど。でも、彼女があんな感じだと、場合によってはヤバいかもしれないね。何ていっても、彼女は金崎高校のエースだから」


 渚は真剣な表情で俺達にそう言う。そのことに真顔でいられるのは香奈さんだけで、彩花と一ノ瀬さんは不安げな顔になる。


「でも、試合が始まらないと分かりませんよ、渚先輩」

「その通りだね、香奈ちゃん」


 そうだ、スポーツは実際にやってみないとどうなるか分からない。今は普段と違っていても、試合が始まればいつもの咲に戻るかもしれないし。



 ブロックB準決勝第1試合が始まる。

 金崎高校女子バスケ部は、スコアを先行して幸先のいいスタートを切る。咲は香奈さんと同じポジションのスモールフォワードとして、得点を重ねていく。これなら、俺達が不安に思う必要はないか。

 しかし、そう思うのもほんの少しの間だけだった。

 金崎高校は相手にスコアを段々と近づけられていく。チーム全体の動きが鈍くなってきている。特にさっきよりも悪くなっているのは……咲だ。


「咲! 動きがおかしいわよ! あと、もっと集中して!」


 控えメンバーからなのか、コートの方からそんな女性の声が聞こえる。


「渚、本当におかしいのか?」

「……いつもの広瀬さんの動きをあまり知らないから、何とも言えない。でも、今日の広瀬さんとなら、私や香奈ちゃんだったら十分勝てるだろうし、うちの控えメンバーでも普通に渡り合えるんじゃないかな。それよりまずいのは、金崎高校の流れがどんどん悪くなっていること。このままだと逆転されるのも時間の問題」


 じゃあ、今の状況は試合前に渚が言っていたやばい状態なのか。


「あっ、相手の高校がまたゴールを決めました!」


 彩花の言葉で俺と渚はスコアを確認するが、今のゴールで相手の高校に追いつかれてしまう。

 相手の高校が勢いに乗り始めている。それに反して、金崎高校はメンバーの表情が沈み始めている。特に沈んでいるのは……やはり、咲だ。

 それから程なくして金崎高校は逆転されてしまった。試合も後半に入り始めているし、このままでは負ける可能性が高い。

 どんどんと金崎高校は点差がつけられていく。どうしていくんだ。いや、どうすればいいんだろう。そんな思いが頭の中を駆け巡るのであった。

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