第14話『旅の車中』

 5月4日、土曜日。

 今日から1泊2日の温泉旅行。家族と旅行に行くのは中学2年生の夏休み以来なので約3年ぶり。まあ、今回は彩花と渚が加わっているので、家族水入らずではないけれど、これはこれでいい旅行になるだろう。ただ、父さん発案の旅行なので何だか不安だけど。



 出発する直前から驚いたことがあった。

 家の車が8人まで乗れるワゴン車になっていたのだ。まるで、今日みたいに6人でどこかに出かけることを予測していたかのようで。父さんにレンタカーなのかと訊いたら、自家用車に決まっているとドヤ顔しながら言ってきた。ちなみに、以前の車は5人までしか乗れなかった。

 運転席には父さん。助手席に母さん。

 美月の要望で真ん中のシートには俺と美月が隣同士に。昨晩、一緒に寝たことで心の中にあったリミッターが外れたのか、今日になってから彩花や渚よりもくっつくように。今も美月と腕が触れている状態だ。兄として嬉しい限り。

 後列のシートには彩花と渚が隣同士に座っている。後列も俺が座っているシートと同じく広いけれど、2人はわざと距離を取っているように思える。それは乗ってからずっと同じだった。


「彩花も渚もどうしたんだ? あの後、俺がいなくなってから何かあったのか?」


 俺がそう言うと2人とも体をピクリとさせる。


「……な、何もなかったですよね、渚先輩」

「うん。何もなかったよ。何もね」


 彩花と渚は視線をちらつかせている。偶然なのか目が合ってしまうと、互いに頬を赤く染めて2人の距離がますます広がっていく。けれども、互いを嫌っているようには全く見えない。本当に何があったんだ?


「そういえば、お兄ちゃん。今朝のお兄ちゃんの寝顔があまり良くなかったんだけど、何か悪い夢でも見たの?」

「……洲崎に帰ってきたからか、2年前の夢を見たよ」


 美月と一緒に寝たから良い夢が見られると思ったんだけど。

 夢を見たというよりも、2年前の事件を回顧していたという方が正しいだろう。あの日の鮮明な映像を見たから。


「そっかぁ。唯ちゃんのお墓参りと同窓会に行ったんだもんね。唯ちゃんのことが夢に出てきてもおかしくないと思う」

「そうだな」


 夢は自分の思っていることを映し出すとも言われている。そう考えれば唯のことを夢で見るのは必然なのかもしれない。


「やっぱり、同窓会では2年前のことが話題になったのか?」


 ミラー越しに父さんのことを見るけれど、父さんは真剣な表情をしていた。


「ああ、そうだ。謝られたよ」

「……そうか」

「俺が同窓会に参加することになってから、2年前のことで謝りたいっていう奴が多くいて……俺に謝ることも予定に組み込まれていたらしい」

「なるほど、2年経って謝る勇気が出たのかもしれねえな」


 謝る勇気が出た、ねぇ。そういう解釈をしようともしなかった。いい機会だしみんなで謝るなら謝るか……くらいしか感じなかったけれど。本当に心から謝っている人もいたからああいう反応をしたけど。


「あと、唯の墓の前で千夏さんからも謝られた」

「ほぉ、千夏ちゃんが直人に直接謝ったのか」


 そうか……と父さんは感慨深げに呟いた。

 父さんがそう言うのも当然で、2年前、唯と千夏さんの御両親が家にやってきて、千夏さんが俺に非難したことを謝ったのだ。千夏さんの非難が、3年生になってからの不登校に繋がってしまったからと考えたそうで。しかし、その場に千夏さんはおらず、昨日まで一度も俺に対して謝るようなことはしなかった。


「2年経ったことで何か思うものがあって、千夏ちゃんは直人に直接謝りたかったのかもしれないわね」


 母さんは俺の方に振り返り、優しい表情をしてそう言った。


「何だかしんみりとした空気になっちゃったわね。ごめんね、彩花ちゃん、渚ちゃん」

「いえいえ、かまいません。直人先輩のことは美月ちゃんから聞いていましたし」

「2年経って、直人を非難していた人達が謝ってくれて私も嬉しいです」


 彩花と渚のそんな言葉を聞いて心が落ち着く。今一度、俺は2人に支えられているんだなと思う。


「本当に頼もしい女の子と仲が良くなったのね。しかも2人」

「さすがは俺の息子だな!」

「そうねぇ。あなたもそうだったわねぇ。あなたの場合はもっと多かったけれど」


 父さんと母さんは楽しそうに笑い合っている。

 父さんの自慢というか、武勇伝のような話は昔から度々聞かされている。ただ、あまりにも自慢げに話すので今まで信じなかったけれど、今の母さんの言い方からしてどうやら本当らしい。ちなみに、父さんの武勇伝は主に学生時代の異性に関すること。


「お父さんの自慢話、今まで嘘だと思ってたよ」

「……美月もそう思ってたか。兄ちゃんもだよ」


 話が大げさすぎるというか。盛っているような気がしたんだ。


「何かさ、信じられなかったんだよね。話が大げさすぎるっていうか。盛っているんじゃないかって思わせることばかりで。言い方が悪いけど、ホラ吹き親父だなって」

「ははっ」


 ホラ吹き親父という言葉に思わず笑ってしまう。あと、ここまで同じことを考えるなんてやっぱり兄妹だなぁ。


「そうだよ、俺が言ってきたことは本当だっつーの。あっ、安心してくれよ、彩花ちゃんと渚ちゃん。直人は俺よりもずっと真面目な奴だから」

「そうね。お父さんよりも直人の方がずっと真面目ね」

「少しは否定してくれよ。そんなことないわよって」

「そんなこと言ったら、昔みたいにすぐに調子に乗るでしょ? 本当に出会った頃からそういうところは全然変わらないんだから」

「そ、それは否定できねぇ……」


 そんなやり取りでも父さんと母さんは楽しそうだった。

 父さんの武勇伝を一言で纏めると、父さんは学生時代に女性関係で色々なことがあった。それでも今はこうして母さんと笑い合っている。

 父さんは俺が自分と似ていると思っているようだけど、似ているのはおそらく見た目だけだろう。

「さあ、もうそろそろ旅館に到着するぞ」

 昨日は色々あったけれど、今日は温泉に入ったり、美味しい物を食べたりしてゆっくりするか。ただ、この旅行が父さん発案のことだから今もなお不安だけれど。

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