第3話『Girls Side ①-ありのままで-』

 部屋を出て行った直人先輩はどこか寂しそうで、それを私達から隠したくて逃げているように見えた。そうなってしまうのは、おそらく美月ちゃんの言っていた直人先輩が1人でとある場所に行きたい『特別な理由』からだろう。

 普段、クールでたまに微笑みを見せる程度の直人先輩が、故郷の洲崎町に帰ってきてから色々な表情を見せている。美月ちゃんと昔話をしているときの笑みは、私が今までに見たことのないような楽しそうなものだった。それを見たとき、少し寂しさを覚えた。


「そういえば、今日になってからフルスロットルだよね、彩花ちゃん。学校にいるときみたい」

「えっ?」

「先週のことがあってから、直人や私と3人だけのときはおとなしいじゃない。それが本当の彩花ちゃんだと思っていたけどね。ただ、今日の彩花ちゃんを見ていると、本当の彩花ちゃんがどんな感じなのか分からなくなっちゃって」

「……そういう渚先輩は本当にいつも通りですよね」


 私は渚先輩みたいに、元々持っている魅力なんてないから。クラスメイトは天使だって言ってくれるけど、自然体の私は地味で目立たない、引っ込み思案な女の子。

 渚先輩は本当に魅力的だと思う。彼女と渡り歩くためにも、彼女の言うフルスロットルな私を演じなきゃいけない。そうしないと、直人先輩はきっと私を選んでくれない。あと、中学時代に襲われかけたことがあったから、弱々しい自分を見せちゃいけない。だから、高校では今日みたいな振る舞いをするように心がけている。

 だから、素がこんなに魅力的で、いつも自然体でいられる渚先輩がとっても羨ましい。


「彩花ちゃんは頑張りすぎていると思うよ。今だって体に力が入っちゃっているのが分かるもん」


 本当の私を引き出すようなことをしないでほしい。もし、本当の自分を出したら、直人先輩が渚先輩と一緒にどんどん先に行ってしまう。


「……私は先輩みたいにハキハキしていないですし、爽やかでもありませんから。本当に渚先輩が羨ましいですよ。私にないものを先輩は持っているから」


 はあっ……と深いため息をついてしまう。こういうため息をつくのは、直人先輩が家を出て行ってしまったとき以来だ。


「そうかなぁ。私も彩花ちゃんが羨ましいって思うよ。可愛いし、お淑やかだし、家事だってできるし、胸だって大きいし。一番は誰よりも女の子らしいこと。全然自慢する気はないけど、私、背も高くて男の子っぽいから、中学までは女の子にしか告白されなかったんだよ」


 そう言って苦笑いをする渚先輩。


「美月ちゃんも彩花ちゃんはとても可愛い女の子だと思うよね」

「はい! とっても可愛いと思います! あたしも彩花さんや渚さんのような高校生になれるといいなぁって」


 美月ちゃんは煌びやかな笑顔を浮かべ、はっきりとそう言ってくれる。


「……だからさ、直人や私と3人だけのときみたいな、もっと自然体な彩花ちゃんでいいと思うよ。今日の彩花ちゃん、疲れて見えるから」


 ね? と、渚先輩も爽やかな笑顔を見せる。

 2人にここまで真っ直ぐな笑みを向けられると、今まで必死になっていた私が馬鹿みたいに思える。ライバルの渚先輩に自然体でいいと言われると、それでいいんだって安心してしまう自分がいつの間にかいた。

 きっと、私は怖かったんだと思う。素の自分に対する周りからの視線が。先週のことがあって、ようやく直人先輩と渚先輩だけの場では素の自分でいられるようになった。でも、高校では未だにそれができていなかった。


「私はもっとありのままでいていいのでしょうか?」

「当たり前だよ。それに、彩花ちゃんが何かあったら周りの人が助けてくれる。それはもう分かっているでしょう? だから、ありのままの彩花ちゃんをもっと見せてくれないかな。私は見たいよ」


 その言葉に背中を押されたような気がした。

 そうだ、私と渚先輩はライバルなんだ。自然体な渚先輩にはやっぱり、自然体の私が一番いい気がする。それが今になってようやく分かった。実際に今日の直人先輩は私に引いていて、渚先輩との方が近く感じたし。


「な、渚先輩」

「うん?」

「これからは、できるだけありのままの自分でいきたいと思います。でも、今回の旅行で直人先輩との関係を深めたいし、渚先輩よりもいいなって思われたいわがままだってあります。だから、私なりに勇気を持って行動することがあると思います。それは覚えておいてください。それが私の……覚悟です」


 そう言っておきながら、渚先輩を出し抜いて、直人先輩と何かできる勇気は今はまだないけれど。でも、直人先輩とより関係を深めたい気持ちは本当。

 ううっ、本音を伝えたからか頬がとっても熱い。きっと真っ赤なんだろうなぁ。


「ようやく本当の彩花ちゃんが見られた気がするよ。ただ、油断していると直人が私の彼氏になっちゃうかもよ」

「の、臨むところです!」


 直人先輩の彼女になるのは私なんだから!

 そんな風に意気込んでいる私を渚先輩は優しい笑みを浮かべながら見ており、私の頭を優しく撫でてくれた。


「彩花さんと渚さんは本当にお兄ちゃんのことが好きなんですね。お兄ちゃんのことをここまで好きなのは、たぶんお二人が初めてだと思います」


 美月ちゃんのその言い方だと、過去にもお兄ちゃんを好きな女の子がいたようだ。それは納得だけど。あんなに素敵な人に、1人も恋をしていないなんてあり得ない。


「ねえ、美月ちゃん。私、ずっと気になっているの。直人が1人で出かけたがった特別な理由なんだけど……」

「私も同じです。あんな逃げたがっていた直人先輩を見たのは初めてなので」


 渚先輩もやっぱり気になっていたんだ。美月ちゃんが言った特別な理由。それに直人先輩自身が、それを美月ちゃんに訊いてくれって言っていたから。

 美月ちゃんは押し入れを開けて何かを探し始めた。


「美月ちゃん、先輩の部屋の押し入れだけど、そんなことをしていいの?」

「いいんですよ。その話をするには、ここに入っているものが必要ですから」

「入っているものって?」

「中学を卒業するまでのアルバムです。お兄ちゃん、引っ越したときに持って行かなかったんですよ。多分、持って行きたくなかったんだと思いますけど」


 そんな、アルバムを持って行きたくないなんて。見ると悲しくなったり、怒りたくなったりする写真が挟まっているのかな。いったい、直人先輩に何があったんだろう。


「ありました。よいしょっと」


 美月ちゃんは押し入れから黒いアルバムを取り出す。


「ここでは何ですから、お2人が泊まる部屋で話したいと思います」


 美月ちゃんはアルバムを持って直人先輩の部屋を出る。

 私と渚先輩は美月ちゃんの後をついていき、私達の寝泊まりする客間に戻る。


「えっと、ですね」


 美月ちゃんはアルバムを開き、目的のページを探している。その際に、チラッと幼い頃の直人先輩の写真が見えた。昔からかっこいいけれど、幼いからか可愛らしさもあって。


「これが最近の写真ですね」


 美月ちゃんの指さす先には直人先輩と椎名さんの他に、焦げ茶色の髪をした可愛い女の子が写っていた。また、写真の日付は今から3年くらい前。


「直人と椎名さんの他にもう1人、女の子がいるね」

「そうですね。結構可愛いです」

「この女の子の名前は何て言うの?」

柴崎唯しばざきゆいというお兄ちゃんと同い年の幼なじみです」

「椎名さん以外にも幼なじみがいたとは驚きですね」


 でも、この柴崎さんという女の子は洲崎駅に迎えに来ていなかった。椎名さんほど直人先輩とは仲良くないのかな?


「美月ちゃんがこの写真を指さしたってことは、きっと柴崎さん絡みだよね。椎名さんは直人のことを出迎えていたから」

「その通りです、渚さん」


 1人で行きたいってまさか、柴崎さんに告白するため?


「彩花さんの想像していることではないですよ。2年前に唯ちゃんから告白して、お兄ちゃんにフラれましたから」

「そ、そうなんだ」


 ほっとしてしまっている自分に罪悪感を覚える。あと、顔に出ちゃっていたんだ、私。

 でも、今の美月ちゃんの言い方が気になった。まるで、その柴崎さんが絶対に直人先輩に告白するはずがないと聞こえたから。そのことを訊こうとする前に、


「お兄ちゃんは唯ちゃんの墓参りに行ったんです」


 彼女の言葉の核心が分かってしまったのであった。

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