第2章

プロローグ『時の旅人』

第2章




 5月3日、金曜日。

 今日から4日間、俺は中学校の同窓会に出席するため、彩花と渚を連れて故郷へと帰る。高校に入学してから初めて帰郷するので約1年ぶり。同窓会は今夜だけど、明日からは故郷から近い温泉旅館に行くので、盛りだくさんの4日間になりそうだ。

 今日の月原市の天気は快晴。絶好の旅行日和で、日差しを浴びると暑さを感じるほどの陽気だ。俺の故郷も晴れていると嬉しいけど。

 午後2時。俺、彩花、渚は月原駅発の特急列車に乗車する。これからこの特急列車に2時間ほど乗って、俺の故郷である洲崎すざき町に行く。

 俺達は切符に記載されている指定席へと向かう。


「あっ、ここみたいですよ」


 彩花が指さしたところは3人席。切符に書かれている席番号は、通路側から俺、彩花、渚となっている。


「このままだと私が直人先輩を独占してしまうので、私と直人先輩の席を交換しましょう」

「その言い方が気になるけど、私は賛成」

「ということで、直人先輩が真ん中でお願いします」

「はいはい」


 席の場所を変えるくらいでいいのなら、2人の意向に従うか。俺は彩花と渚の間の席に座る。


「直人先輩、渚先輩と私の切符まで買っていただきありがとうございます」

「気にしないでくれ。2人も来るって言ったら、両親が往復の切符代をくれたんだから」

「明日の宿泊代もね」

「それだけ、私達のことを歓迎してくれているということじゃないですか?」

「そう……思いたいね、彩花ちゃん」


 彩花はキャッキャと喜んでいるけれど、渚はしおらしく頬を赤くして微笑むだけ。反応は正反対だけど、俺の手をそっと掴んでいることは同じだった。

 俺のことが好きな2人にとっては、俺の実家に行くのはとても大きなことなのだろう。

 両親は連絡した直後から大歓迎ムード。交通費を出したり、一緒に温泉に行くことを計画したりとはりきっているようだった。別に、俺が家に女子を連れてくることはこれが初めてじゃないのに。


「ふふっ、これは大きなチャンスです。直人先輩の御両親にアピールができれば、私が大きく優勢に……」

「彩花ちゃん、はっきり聞こえてるから。というか、そういう下心を持っているとダメなんじゃないかな。それに、歓迎してくださっているそうだから、下手なアピールをしなくても大丈夫だと思うよ」

「渚先輩がそう思うなら何もしなくていいですよ。私はアピールしていきますから。あくまでも自然な流れで」


 ふふん、と彩花は渚を挑発するように笑みを浮かべる。今日になって、彩花は渚に対するライバル心を表に出し始めている。昨日までは友人として仲良くしていたんだけどなぁ。彩花にとって、両親と会うこの4日間が重要であると考えているようだ。


「私は失礼のないようにすることを心がけるよ。……それにしても、直人の御両親に会うと思うと緊張してくる」


 渚はあくまでも自然体でいるのを心がけるみたいだ。だからこそ、俺の両親と会うことに緊張してしまうのだろう。俺も渚の家に泊まらせてもらうため、彼女の家に行くときは緊張していたからよく分かる。


「渚、あんまり緊張しなくていいんだよ。両親も妹も歓迎しているんだから」

「……うん、ありがと。ちょっと緊張が解けた」


 その証拠なのか、渚はさっきよりも柔らかな笑顔を見せる。


「……やっぱり、渚先輩は強敵です」


 彩花は不機嫌そうな表情で頬を少し膨らませる。このままだと、実家に着いたらバトルが勃発しそうな気がして恐い。


「せっかくの旅行だ。楽しい4日間にしよう」


 2人にそう言うけれど、俺はこの4日間を楽しめるだろうか。彩花や渚との帰郷も楽しみだったし、中学時代の友人と会うのも楽しみだ。それでも、楽しめるかどうかは必ず疑問符が付く。

 なぜなら、今回の旅の目的は決して辿り着くことのできない過去にあるのだから。そこに俺のやりたいことがあるんだ。

 気付けば、月原市を出発したときと比べ、雲がかなり広がっていたのであった。

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