153期 記載の通り
「お義母さんが零くんのお茶の淹れ方を教えてもらって来いって言うのよ」ごめんなさいね、とおばさんが苦笑いを浮かべてオレを見た。
「特別なことなんてないので、教えるもなにもないですが」オレもおばさんに苦笑いで返す。
オレがお茶を淹れるようになったのは、仕事で煮詰まって八方塞がりになっていた時だったと思う。なぜか食器棚に急須が置いてあって、淹れてみようと思った。お茶の淹れ方は、小学校の時にならった記憶はあるけれど、実際はよくわからなくて、パッケージの裏に書いてある淹れ方を見ながら淹れた。コーヒーとは違う苦みと煎茶の渋みがその時のオレに閃きをくれた。
それから、なんとなく休憩はお茶、と思いお茶を淹れて飲むようになった。とはいえ、別にお茶に凝っていることかではない。
高級茶葉でいつものようにお茶を淹れたことがあるが、その茶葉には茶葉の淹れ方があるようで、全然美味しくなかった。オレにはスーパーに売っている茶葉が丁度いいのだ。
「一応パッケージに書いてある通りなんですけど……」と言いながら、オレは茶葉を2杯、急須に入れた。その茶葉の量を見て、「茶葉って、そんなに入れるのね」とおばさんが言う。
「パッケージに記載の量だとこのくらいになるんですよ」と苦笑いのオレ。
「沸かしたてのお湯は熱いので、このまま淹れてしまうと苦いんですね。だから、一旦湯呑みにお湯を注ぎます」
オレはそう言って、湯呑み2つにポットからお湯を注いだ。「で、オレが思うにお婆ちゃんは、ぬるいのが好きなんですよ」と添えて、オレは別の湯飲み2つに湯呑みのお湯を移し替えた。
「で、冷めたお湯を急須に入れて、1分程待ちます」この間に、湯呑みの湯を布巾でふき取る。
「急須の空気孔は注ぎ口と同じ位置になるように蓋を回して、注ぎます」と言って、オレは2つの湯飲みに均等にお茶を注いだ。最後の一滴まで絞り出す。
「こんな感じですけど、どうですか?」とおばさんに湯呑みを渡す。それを一口飲んで、おばさんは「やっぱり基本は大事ね」と言った。
おばさんが帰って行ったあと、オレは「やっぱり基本は大事ね」と言ったおばさんの顔を思い出した。
オレにお茶の淹れ方なんて聞かなくてもちゃんと知っていたはずなのだ。ただ、何かにかまけて疎かにしていた、ということなのだろうか。
あの日、煮詰まったオレを助けてくれたお茶も、オレに基本を思い出せと言ってくれただけかもしれない。
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