158期 一手間

「今日は冷や奴にしよ」と言ったら、いっちゃんがちょっと嫌そうな顔をした。冷や奴が嫌いには見えなかったけど、実は嫌いだったのだろうか。それとも、時期的には湯豆腐だから?

不服そうないっちゃんはそれでも「いいけど……」と、安売りしているパックの豆腐を2個、カゴに入れた。

スーパーから帰ってきて、いっちゃんはパックの豆腐を取り出して、蓋を開けた。

「もう食べるの?」って聞いたら、「夕飯でしょ?」って返ってきた。

いっちゃんはサッと豆腐を水にくぐらせて、ボールの中に入れる。もう1つ袋から取り出して開封しようとしているのを見て、オレは「豆腐って、洗って食べるの?」って聞いた。

「え?」といっちゃんはキョトンとした顔でオレを見た。それから、「あ~」って笑った。

「洗うって言うか、灰汁出し? みたいな」

「豆腐って、灰汁出る?」大真面目に聞いたオレに、「ま~、灰汁が出るわけではないけど」と困ったような顔をした。

「灰汁っていうのはただのイメージで、水にさらした方が美味しくなるのはホント」と言って、いっちゃんはパックの蓋をビリッと剥ぎ取った。


「ホントかどうか食べ比べたい」と言ったオレに、やっぱりいっちゃんは嫌な顔をした。それでも「わかった」と言って、蓋を取ったパックの豆腐に渋々ラップをかけて冷蔵庫にしまってくれて、それが今食卓に並んでいる。「これがパックからそのまま出したやつで、これが水にさらしたやつ。食べてみ」といっちゃんが静かに言った。

パックから出したままの豆腐より、水にさらした豆腐のほうが甘くて美味しい気がする。

オレの様子を見ていたいっちゃんが、「わかったでしょ? 水にさらした方が豆腐は美味しいんだよ」と言って、パックらか食卓に直行してきた豆腐を持って立ち上がってキッチンに向かう。

「これは、また明日ね」と言って、水の入ったボールに豆腐を入れる。

「どうして?」と戻ってきたいっちゃんに尋ねたら、「水にさらした方がにがりの苦みが取れるんだって」っていっちゃんが教えてくれた。

「零くんにはいつも美味しいもの、食べてもらいたいの」っていっちゃんが呟いた。

それが嬉しくて「あ、ありがと」っていっちゃんを見たら、赤くなっていた。そんないっちゃんを見たら、恥ずかしくてオレまで顔が赤くなったじゃん。

「今日は、冷や奴でよかったね」っていっちゃんが言った。

「そうだね」って、オレは熱がこもった体に冷たい豆腐を入れた。

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