それはまるで、桜のような

 手を伸ばせば届く距離にある桜の枝に、パールのような指先が触れる。薄紅色の花を澄んだ瞳に映すと、同じ色の唇が緩やかな弧を描いた。

 長い黒髪が、さらりと揺れる。枝を離れた花弁が春風に乗って、その横を滑るように舞い降りていった。


 「綺麗だ」と口に出せば、「えぇ。とても」と彼女は屈託なく微笑む。


 俺は念を押すように、もう一度

「とても、綺麗だ」

 と呟いた。


 俺の言葉に隠された本心を、彼女は知らない。

 知らなくて、いい。

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