Predation
「好きや」
先ほどから何度も紡がれる、同じ告白の言葉。これでもう、何度目になるのだろう。
「……」
そして、その度にはっきりとした答えを告げられず……それでも決して首を縦には振れないわたし。
黙ったままそっと唇を噛み、ただうつむくしかできないわたしに、彼は柔らかな声色と口調で言う。
「ほんまは、知っとるんよ。君が……俺やない、他の男を好いとるってこと」
せやから、俺の手を取られへんのやろう?
穏やかな言葉に、責めるような響きは少しもない……はず。
なのに、さながら裁判官の前に立たされている被告人のような気分になって、とても居心地が悪かった。
ゆったりと、彼の声は続ける。
「ほんまに、優しいお人やなぁ……ちゃんと答えはあるのに、俺を傷つけとうあらへんのやね」
でもな、俺は君のそういうところを好きになったんよ。
上げられない頭に、心地よい重みが加わる。わたしの頭を撫でる彼の手は優しくて、だからこそわたしは泣きたくなってしまう。
――ごめんなさい。
あなたじゃない人を、ずっとしつこく好きなままで……あなたがわたしを愛してくれるその気持ちと、同じ感情をあなたに対して抱けなくて、本当にごめんなさい。
「忘れ、られないんです。どうしても」
何か言わなきゃと、ようやく乾いた口を開けば、情けないぐらいに震え掠れたひどい声。彼の流れるピアノのように綺麗な声とは――それは本来、比較すること自体失礼すぎるのだけれど――あまりに対照的だった。
「あぁ、分かっとる」
恥ずかしくなるわたしに対し、彼はその差を意に介した様子もなく、これまでと同じ調子で答える。あくまでも、わたしの話の中身を真摯に聞こうとしてくれているようだ。
だからわたしも、たどたどしい口調ながらも一生懸命に話す。
わたしの、本心を。
「ずっと、あの人のことが好きで。それは、本当は始まることすら許されなかった恋だった。わかっていたのに。わかって、いたはずなのに。あの人が結婚していることを知っても……それでも、どうしても諦めきれなくて。こんなの馬鹿げているし、この不毛な恋心なんて早く振り切って……あなたの手を取るのが、本当はきっと、正しいことなんだと。頭では、わかっているんです。でも」
「どうしても、忘れられへんのやね」
上から降ってくる問いかけに、小さくうなずく。
顔は上げられなかった。きっと今、とても見せられないぐらいにひどい顔だから。
すると不意に頬へ手を添えられ、顔を上げさせられた。いつのまにか頬に流れていたらしいわたしの涙で、彼の温かな手がしっとりと濡れていく。目尻に溜まった滴を、長い指がそっと拭った。
「大丈夫や」
囁くような声に、今までずらしていた視線をそっと合わせれば、柔らかな笑顔、そして温かな瞳が、わたしのぼやけた視界にはっきりと映る。あまりにも優しい表情に、また泣きそうになった。
「俺なら、君にそんな表情は絶対させへんよ」
細められた双眼に、これまでと比べ物にならないぐらいの熱がこもる。目を合わせた瞬間、これまで向けてくれていた優しさにホッとしていたのが嘘のように、背筋がゾクリと粟立つのを感じた。
「君のこと、一生大切にするって約束する。今まで君を悩ましたり、苦しめたり、傷つけたりしてきたあの不躾な男のことなんか、俺が全部忘れさせたる」
本能的に一歩後ずさった。それ以上離れる前に、伸びた手がわたしの腕を掴む。手つきは包み込むように繊細なのに、それはまるでがっしりと鷲掴みにしているみたいな強制的があって、身体がすくんで動けなかった。
「なぁんも心配することはあらへん。俺の言う通りにしてたら、それでえぇんよ」
射るような瞳。声は相変わらず穏やかだったけれど、表情はこれまでの柔和な雰囲気から一転し、すっかり捕食者のそれになっていた。
「せやから……」
内心怯える
「……御出で?」
――早う、俺のところまで堕ちて御出で。
その時、わたしは一瞬で悟った。逃げ場はもう、どこにもないのだと。
わたしにはもう、このまま彼に身を委ねることしかできないのだと。
このまま、彼のところまで堕ちていくしかないのだと。
腕を引かれるがまま、まるでそうすることが当然だとばかりに、彼の方へと引き寄せられていく。
「もう、離さへんよ……」
温かな腕の中で、囁く彼の声がどこか遠くに聞こえた気がした。
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