【事後報告】

 ある国に急速な展開を進めるベンチャー企業が誕生した。主にIT関連からスタートしたこの小さな会社だったが、顧客からの提案に親身に対応し、やがて不動産、資産管理、トレーディングと様々な多角的経営へと乗り出していった。向かう所負け知らずの敏腕経営陣を揃えているらしく、業績はうなぎ登りになり、進出した分野では瞬く間にトップシェアを獲得していった。


 とある日、一人の記者がそこを訪ねて社長にこう訊いた

「貴社の評判は上々で、もはやこの業界で貴方の名を知らぬ者は居ないとまで言われておりますが、その成功の秘訣を教えては頂けませんか?」と。

社長はそれを快く承諾すると「ではうちの敏腕秘書の働きぶりを見れば、きっとその理由が分かる筈です。さぁ、遠慮は要りません、好きなだけ取材して行って下さい。」と言って記者を社長室に招き入れた。重苦しい扉を開けると、ベンチャー企業らしい何ともクリエイティブな空間が広がっており、一般人には理解できないようなアート作品がいくつも掲げられていた。中央に置かれた机には1台のノートパソコンの他は何もなく、ある意味異質とも呼べるような部屋になっていた。記者が辺りを不思議そうに見渡しては壁掛けの作品群にあれこれ質問をしていると、少しばかり長めのスーツを着こなした若い男がノックもせずに入って来た。すかさず社長が「ああ、よく来てくれたね、紹介しよう。彼がウチの中核を担っている秘書君だ。彼ほどの先見性を持った人間を雇えたからこそ、ここまで短期間で成長できた」と満足げに語った。秘書の男はその後、社長から少しばかり説明を受けるとコクリと頷きいつものように会話を始めた。

 「社長、例のI国油田地帯買収計画ですが、予定通り進んでおります。」

 

 「そうか、それは良かった。しかし最近C国の国営企業も同じ油田地帯への買収に力を入れているそうじゃないか?それでも進められるのかね?」


 「ええ、それにつきましては既にC国高官の買収を済ませてあります。このまま行けばあちらは何かと理由をつけて買収を断念するでしょう。」


 「やはり流石だな、でもそうなればその買収費用はどこから捻出したんだ?今は国を動かせるほどの資産は持ち合わせては居ない筈だが?」


 「ライバル企業であるK社のインサイダー取引の疑惑を掴んであります。それを種に経営陣を揺すった所、その情報をもみ消す代わりに高官買収の費用の75%をあちらが負担する事で最終的に手を打ちました。」


一通り会話を終えると、社長は記者の方をまた見て大げさにニヤリと笑って見せた。その始終に記者は何の声も出すことが出来ず、ただただあんぐりと口を開けてポカーンと立ち尽くしていた。


「だから言ったでしょう?ウチの敏腕秘書の働きぶりを見ればその理由が分かるとね。他の企業にこの事を売り込みに行っても一向に構いませんが、そんな事をした所で同じ真似が出来るとは思いません。どうぞ今からお帰りになってお好きに記事を打って下さいな。よい記事を期待していますよ?」


 立ち尽くしていた記者が促されるままに立ち去ろうとした時、社長は忘れていたように秘書へ話しかけた。


「あぁ…そういえば今のI国はテロ活動の活発化で大変情勢が不安定だと言うじゃないか。あの油田の買収計画はウチの今後を決める最も重要なプロジェクトだ。あれが失敗したとあればわが社は莫大な借金を抱えることになる。どうだ?」


記者は帰り際にもっと良いネタが掴めるかと期待し、秘書の回答を固唾を飲んで見守っていた。すると秘書はまたいつもの調子でこう答えた。


 「ええ、既にわが社の自己破産に関わる事務処理を進めていますからご安心を。」

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