【メモリーブレイカー】
仲間内から神の英知に愛された男と一目置かれるその人物こそ、この計画の第一人者であり、脳情報科学の権威である博士だ。彼が世間に作り出した、まったく新しい脳内データー抽出技術の発達により、好きな記憶を呼び出す事まではどうにか出来るようになった。この方法は医療現場での認知症治療や、犯人逮捕後の自白及び証拠提出(俗に精神証拠と呼ばれる)、エンターテインメント、スパイ向けの非拷問型尋問ツールなどとして世界の表裏を問わずあらゆる機関や分野で応用された。
だがこの結果に彼はまだ納得してはいなかった。「取り出す」から「編集」へとさらに機転を利かせて利用できないかと画策していた。
例えばの話でいけば、PTSD患者の負の記憶を取り出し、抹消及び書き換えを行うことによってこれまで途方もない労力を必要としていた治療が物の数分で行えるようになるのだ。こんなこと以外にもまだまだ使い道はいくらでもある。この技術さえ完成させることが出来れば、当然資金的にも大変潤う事だろう。
博士は自分の知り合いや、他の名立たる学者を集め、自分だけの特設チームを作り上げた。その実力たるは凄まじいもので、たった数か月の議論と研究で基本理論のうちの8割がたを完成させることができた。しかしそれだけの急ピッチの作業であったためか、開始から4か月後のある日、博士は突然ドタリと床に倒れてしまった。いち早く以上に気付いた他の研究員が救急隊を呼び、一命を取り止めはしたが、しばらく検査と療養のため計画は頓挫する事になった。
後日、国立病院にて精密検査がおこなわれると、倒れた原因は過労による精神的ストレスに起因するものだったらしい。しかし運悪く倒れた衝撃で後頭部にあたる脳に何らかの損傷が見つかった。医師曰くこの損傷で何らかの障害が起こっている可能性があるため、違和感やめまいなどを感じたらすぐに報告する様にと告げられた。しかし博士は平気だと笑ってみせると、すぐさま現場へ復帰して計画の遅れを取り戻すべく研究員たちに指示を出した。初めのうちは医師の言葉を念頭に置き、なにかあったのではと注意深く過ごしたが、数週間たってもなんの実感もなく博士や研究員たちも「あの医師の誤診だ、間違いなんて誰にでもあるさ」とまた元のように作業を続けた
そこから幾日かが過ぎようとしていたが博士はたった1つの理論の矛盾にここ1週間つきっきりで悩み続けていた。この矛盾さえ取り払えばもう完成だと言うのに、その答えがまったくと言っていい程思いつかない。今までこんなことはなかったのだが
博士はとうとう自分に限界が来たのではと内心恐れていた。もしここで誰かにこの偉業を掠め取られでもしたら、彼の研究にささげた人生は何の成果も得られないまま棒に振る事になってしまうからだ。だがそんな時今まで見たことのない顔の研究員が「博士!やっと装置と理論が完成しましたよ!これも博士のおかげです」と電子レンジ程度の機材をキャリアーに乗せて運んできた。博士が「君は誰だね?そしてその理論を見せてみなさい、まだ完成していないはずの部分があるんだ」と研究員に聞くと、彼は今までいたベテランの研究員が発表会で海外に行くので、その間の穴埋めとして派遣されたのだと説明した。しかし博士が驚いたのはそこでは無かった。あの矛盾していた部分が見事な第三者的解釈を利用することによって、その2点が矛盾していなかったと証明されており、晴れて完璧な理論が完成していたのであった。
博士はそんなはずはないと思いながらも一応その研究員を讃え、後で共に発表しようと持ち掛けた。彼はにんまりと笑うと「ええ、もちろんです」と答えて去っていった
さて、こうは言ったが博士は全く彼を信じては居なかった。何か裏があるはずだとその日の終業後に彼のデスクを漁ると、中から自分が書いた覚えのない論文が見つかった。しかし不思議なことにその文字は紛れもなく自分の物で、ほかのだれかが模倣したとは到底考えることが出来ない物だった。何故ならそこにはこれから書こうと思っていた理論も寸分狂わず文字にしてあったのだから。
ここで博士の頭に1つの仮説が浮かんだ。そう、もしあの機械が、あの記憶改竄装置が本当に完成していたのならあの研究員は私の脳データを書き換えて手柄を横取りしようとしたのでは無いだろうか?そうなればいてもたってもいられず、翌日彼を呼ぶと、後ろから殴り倒し、先ほどの機械で記憶変更を試みた。するとどうだろう?目を開けた彼は「あっ!すいません!うっかり昼寝していたみたいです」と言い訳をすると頭をかしげながら部屋から出ていった。間違いない、確かにこの機械は正常に稼働している。それと同時に博士は激しい怒りに心を奪われた。自分を貶めようとしたあのふざけた研究員が許せない。その日のうちにもう一度呼び出し、同じ方法で気絶させると、博士は彼の脳からここ1週間の記録を取り出し、代わりに薬物中毒者が見る悪夢をそのまま1週間分に引き伸ばして再度打ち込んだのだ。
研究員は目を覚ますと「助けてくれ!悪魔に殺される!うわあああっ!?」と狂ったように叫び、そのまま研究棟の階段から飛び降りて自殺してしまった。
博士はこれで自分の研究を守れたと内心喜ぶと、発表会の準備に取り掛かった。だがその際発表用の論文を机に置いたまま会場へ向かってしまった。
博士があの時の事故で記憶障害を患っていたと判明したのはもう少し後の話である。
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