Magician`s Legacy――魔獣が刻む黙示録

和大雄

第1話三月五日リエンツィ主催アマチュア限定大会① 



……なんで……なんでこんなことに……


  男は愕然としていた。現状に。苦境に。


……さっきまでは俺が圧倒的優位だったんだ……それなのに……


  かつての優位は完全に消え去り、ただ敗北の時を待つのみ。 それが耐えられない。何故なら自分が目の前の男よりも、優れた存在である絶対的自負があり、敗北などあってはならないのだから。

  現にこの勝負、常に自分が優勢であり相手よりも一手先を行っていたはずなのだ。

 だがそれは過ぎ去った過去の話。すでにその立場は逆転、劣勢に立たされている。


……くそぉ……だがまだだ!?……まだあのカードを引けば……


 だが男はまだ勝負を捨てていない。望みがある。わずかながらに。

  それは今この瞬間に、自分が最も信頼している自身の最強の手であるカードを引くこと。

 だがデッキはまだ大して掘り進めていない。正直確率的にはかなり厳しい。

それこそ正に奇跡とも言える展開が必要なのだ。


……いや、引ける……引けるんだ……


 それでも男は諦めない。この逆境が逆に男を吹っ切れさせた。結果自己暗示、己を奮い立たせて呼び起こそうとする。奇跡を。


……引け、引くんだ……こい、こい俺の……俺の切り札、俺の相棒……


  神にもすがるその妄執、今それを実現せんとデッキに手を置く。

 眉間を寄せ眼を瞑り、そして己が願いと希望を手繰り寄せんと、一番上のカードをあらん限りの勢いで引っ張り上げる。

  恐怖に近い衝動で閉ざした眼をゆっくりと開き、その結果を見つめる。


……来た……来たぞ!?……来たんだ、奇跡が……


 妄執に駆られて反応したのか? 神がその願いを叶えたのか? そう思えるほど。正にデッキが生きて聞いて答えたかの様な出来過ぎな結果。願いが成就した。 相棒と呼ぶのも頷ける、豪運以上のその結果。

 男は歓喜の瞬間に声を発しそうになる。嫌でも口角が吊り上がる。年甲斐もなく目が半円を描く。

 至福に安堵、そして感謝、全身がそれを表現したくてたまらなかった。


……勝った……勝ったんだ……


 勝利を確信していた。この引き、この流れ、それは間違いではないと信じている。

 だが一瞬、脳裏に嫌な記憶がよぎる。ほんの一瞬だけ。

 しかしその一瞬は同じく一瞬にして男の心境を激変させた。


……まさか、いや……まさかな……


  心境はやがて脳に戻りて彷徨う。

 彷徨い、悩み、苦難し、やがて行き詰る。

奇跡は起きた。だが結果はまだわからない。その奇跡がまだ勝敗には達していない。

 さっきのどんちゃん騒ぎが嘘の様、筋肉の繊維一本一本が凍りついたみたいに静粛されている。

一瞬だけのフラッシュバックは既に先の歓喜を剥がし、男の身体心理思考の全てを迷いの誘いに傾むけていた。これでは元の木阿弥。何一つ救いの祝着に辿り着いていない。


……いや、大丈夫、大丈夫なんだ……だって、だって奇跡は起きたんだ……


  男の出した答え……それは同じだった。

 いやむしろ戻ったのだ。最初に。吹っ切れて、自分を暗示し、高ぶらせていく。


……大丈夫だ、流れは俺にある……このカードがそう呼びかけてる……


  今さっき起きた奇跡、それが天命であり、そして答えかの様に自分に言い聞かせる。


……引いて終わりな訳がない、きっと勝つために引けたんだ……



  起こした奇跡の結果を自分で勝手に大きくさせて正当性を作り上げる。


……だから通る、このカード、そして勝つ、勝つために引いたのだから……


  正しさを武器に、奇跡がすでに勝敗を決定させた物にして、引いて来ただけという結果は過去にさせた。

 既にその奇跡はこの男にとって、更に先に進んでいた。


……だから通る、通るんだ、通るべくして……


 もう男に迷いはない。十二分に悩み、答えに廻りついた。


……通る、通るんだ……通れ……


  手札に加えたそのカードを右手で力強く引き上げ、そして宣言する。


「6マナを支払い、プレイ……い、いけ俺の切り札『聖獣マスティコア』よ」


「対応して2マナ支払い『呪文破り』プレイ、対象は『聖獣マステイコア』SS(スペルスピード)B」


「えっ」


「どうする?このまま解決でいいのか?」


「いや……対抗策はない……です」


「そうか、なら『呪文破り』の効果により、『聖獣マステイコア』を打ち消す」


 

 折れた。

 男の中の何かが折れた。ポッキリと。そして頭脳を、心理を、活力を崩壊させた。支えがなくなったのだ。故にただ崩れる他ない。


 もう男に戦う覇気はない。奇跡にすがる気力もない。

  雌雄ここに決したり。残りの結果などもう消化試合も当然になった。それを理解した男は操り人形の様に、力なくスムーズに口を開ける。


「もう勝ち道はない……俺の負けです」


「そうか」


 力なく肩を落とす男に、それに目もくれず立ち上がる男。先ほどの勝負の場は終わると同時にただのテーブルになる。

 特に表情も変えず、カードを片付ける勝者である男。すでにこの男には、敗者である男には何の魅力もない。ただ見た目通りのつまらない男。その程度の存在だった。


 何故ならば、この男は敗者である男のことを勝負の最中ですべてを知ろうとしたから。

その結果誰よりも敗者である男の心を理解し、そしてその先にいる。

  上なのだ。何もかも。心理において頭脳において。

 故に述べる。そして味わう。勝者であり、上であるが故に与えられたその実を。


「……あんたさぁ」


「……えっ」


「最後のカードをプレイした時言ったよな。相棒って」


「……」


「たかが紙切れ一枚に相棒なんて……吐くなよ。世迷言を」



  笑っていた。勝者である男は。不気味としか言えない笑みである。心を見下し心の拠り所を嘲笑う。

そう味わっていたのだ。勝者のみが許される敗者には許されざる、道徳を溶かす甘美。


――愉悦を。 











 かつて魔法が隆盛極め、それを行使する魔法術師が統治していた世界<ヴィルヘムザクセン>

 だが魔法は衰退し、やがて科学が繁栄。産業、工業が世界の姿を変えつつある。

大地に蒸気で走る列車が駆ける鉄道を作り。森を切って紙や燃料を生産し。山を崩して硝子や鉄を作り。穴を掘って石炭や油を引き出す。

 そうやってゆっくりと確実に、世界の色味を塗り替えていく人々。

 その陰で魔法はごく一部で使われる程度の代物に縮小していた。



  その世界の南方に位置する、自然に覆われた6大国の一つ。緑の国<リエンツィ>

 国家政策は王政。かつて魔法が蔓延る時代から変わらない。時代に取り残された国家だ。

 今日の近代化の波に乗り遅れ、かつての魔法術師達の遺産と土地で何とか食いつないでいる国家。

 国土こそ広大だが国力はそれに見合わぬ代物。多くの人々がより絢爛で光潤な国々へと離れていった。

 その現実に何とか抗おうとしている王族達。だが結果は残酷にもその裏へと辿り着く。

 何とかしなければ……皆がそう思っていた。



   <リエンツィ>の第二の首都とも言われる都市<コロンアドリア>

 その都市の近郊にあるかつて魔法術師の貴族が所持していた三階建ての大きな屋敷。

 貴族が離れ売却され、国家がそのまま買い取った場所だ。

その屋敷を現在、総合的なイベント会場として使っている。

 今日もそこでとあるイベントが執り行なわれていた。

  主催者は王族の一人、そしてイベントとはこのヴィルヘムザクセンにおける現状唯一の世界規模の娯楽<Magician`s Legacyマジシャンズレガシー>の大会であった。


  このゲームの歴史は長く、魔法術師達の統治時代から普及していた。歴史的大事件や神話などを題材としてそれに登場する英雄、王家、怪物等々をカードにしている。

 だが普及している最大の理由は、かつての魔法術師時代の時はこれ以外の娯楽の品物を規制していたからだ。

そして魔法術師達が購入を促進。「これは考古学の一環であり、人々には必要な知るべき歴史の傷跡だ」を謳い文句に人々に遊戯を勧めていた。

それを親から子にと何代も行い、結果人々には当たり前の娯楽以上の代物にまで昇華したのだ。

  やがて魔法は衰退する。だがこのゲームは衰退を知らない。

既になくてはならないただ一つの遊びとしてその地位は唯にして不変の高みに昇りつめていた。

 その為、既に世界的競技の一つとなっている。国家主催の大会なのも別に珍しくはない。


 ちなみに、今も昔も販売元は魔法術師、売り手の姿が国家か企業かの違いはあるが、今日においては魔法術師達の生活の要である。

 そう、正に<魔術師の遺産>なのだ。


 だが、ただそれしかない、と言う理由では何世代にも受け継がれ、遊戯される物には成り得ない。

当然ゲーム性においても人々を魅了する魅力があった。

 その一つとして複雑で緻密なゲーム性と多彩なフォーマットがある。多彩と言えどカードゲーム、カードを選択して行使するのは共通。

 違いは選択の範囲にある。限定的な物から決定された物、完全フリーな物と様々。

そしてその選択されるカードによってまた戦略も多彩になる。


  そのフォーマットの一つ。

 タイプ・リミテッド【ブースター・ドラフト】今回の大会で行われるフォーマットである。

 リミテッドとは限定的という意味。


 この大会に参加する為の参加費はまず場代の二千アド(日本円にして約五百円)

それに今回用いるエキスパルションのブースターパックを2つ買うこと。パック一つの値段は千アドなので合計四千アドとなる。少々高く感じるだろうが、これでもまだ安い部類である。

 寧ろ良心的、その証拠に受付を行っているエントランスでは多くの人でごった返していた。


  登録の際、手持ちには財布と先ほど購入したパックと渡された六芒星のバッチふたつ、それのみになり、それ以外の荷物は預かりになる。

 登録を済ませた者達は係の者に案内され、一階と二階にそれぞれ二つある大広間のどれかに案内される。

 大広間には複数の円形で大きなテーブルが用意されており、係の案内でそのどこかに人々が散っていく。

 やがて一つのテーブルに6人が囲むと各々購入したパックをテーブルに並べる。

それを四つの大広間全てに行われ、やがて全部のテーブルが6人で囲むことなる。

これで準備は完了した。足早に係の者が其々のテーブルに向かう。

 テーブルについたら今度は持っていた一角だけ赤い六芒星型のルーレットをテーブル中央に置く。

それを回し、結果を待つ。止まった赤い角が刺した人を確認すると同じく足早に離れ、次のテーブルに向かっていく。

 そして刺された物は並べたパックを開封していく。それが大会の始まりだった。


ブースター・ドラフトは購入した2つのパックを開けて、そこからデッキを作るフォーマットである。

先のルーレットで順番が決められ、1番になったプレイヤーからパックを開けていく。

 一つのパックにはコモンカード11枚アンコモン3枚レア1枚の計15枚で構成されている。

コモン、アンコモンというのはそのカードのレアリティであり、その名の通りレアが最も希少価値が高い。

 その15枚の内、1つを選び、手前に裏向きにして置き、残りは裏向きにして左隣のプレイヤーに渡す。

 渡されたプレイヤーも同様に1枚選び、左に残りを渡す。1つのパックから1枚を選び、手元に置くこの作業を『ピック』、又は『ドラフト』と呼ぶ。後はこれの繰り返しである。そう、ブースター・ドラフトとはこのピック作業でかき集めたデッキで戦うフォーマットなのだ。

 やがて、ピック作業が2週して、1番の男に戻る時には3枚だけになる。その中から1枚選び、残りの2枚は裏面にしてテーブル中央に置く。

 テーブル中央に2枚のカードが置かれたのを確認した左隣のプレイヤーが、自分のパックを開封し、また同じような処理を繰り返す。


 やがて全員のパックが1つ開け終えた所で、再び1番のプレイヤーがパックを開封して同じくカードを選び、残りを今度は右隣のプレイヤーに渡す。開封2回目からは順番が反対周りになるのだ。

 後はそれの繰り返し。全てのパックが開封された頃には一人のプレイヤーに26枚のカードが手元にある。

そしてテーブル中央には選ばれなかったカード合計24枚の山が出来ている。


 その24枚のカードを1番のプレイヤーが手に取り確認する。

そして1枚選んで今度は左隣のプレイヤーに渡す。渡されたプレイヤーはそこから今度は2枚選んで、残りを同じく左隣に手渡す。3回目は1回目同様、時計回りの順番に戻るのだ。

 受け取ったプレイヤーはカードを確認すると、今度はカードを選ばず、そのまま左隣に渡した。

そう、3週目のピックに限り選択枚数に自由意志があり、最低0枚、最大で2枚まで選べる。

 そして一番のプレイヤーに戻る頃には15枚のカードが残った。それをテーブル中央に今度は表向きにして1枚1枚並べていく。

 各プレイヤー並ばれたカードを一度確認すると、自分がピックした26から28枚の山札を持ち、テーブルから離れていく。

 やがて係の者が現れ、並ばれたカードをメモする。それが終わると並んだカードを回収してテーブルを清掃する。

清掃を終えると今度は横長な四角形の四脚テーブルを用意、円形のテーブルを片し、それをセットする。

セットしたテーブルに鉄板を固定させて立たせ、しきりを作る。

そしてパイプ椅子を並べていき、1つのテーブルに3つの対戦の場を作る。


 これで第一段階が終了。席を立ったプレイヤー達は今度は大広間奥にある、主催者が用意したカウンターに進む。

 そこで今度は人によってばらつきあれど、大体12~14枚から20枚近くのカードを受け取る。

 係から受け取ったカードは全て、このゲームを行うに当たって、絶対に必要なカードであり、ブースターに1枚も収録されていない、マナを引き出す【基本マナエネルゲン】と言われるカードである。

 これがないと勝負にならない。それを手に入れる為、係に必要な基本マナエネルゲンのカラーと必要な枚数を提示し、各々受け取っている。それを先ほどのやり取りで作った山と合わせる。これで戦う為のデッキが完成された。

 今回のルールではデッキ枚数が定められており、最低でも40枚以上、最高で60枚まででそれ以外の枚数はデッキとは認められない。

 各々の思考と戦略性を詰め込んだデッキ、皆そのデッキを入念にチェックする。

ここまで第二段階。デッキを作った人々は先ほど係の人間が書き留めたメモが張られた壁に向かいそれに目をやる。


 それを確認したのち、そこでそのまま待機。やがて全てのプレイヤーが壁の付近で「開始」のアナウンスが流れる。

流れると同時にプレイヤー達は一斉に動き出し、互いに話し合う。対戦の申し込みだ。

 申し込みを受け、出来た組はそのままセットされた場に各々着席して、対戦を開始する。


 これで最終段階、いよいよ本格的に大会が始まった。





「――はぁ~」


 大会の様子を観察してため息を吐く、金色のロングヘヤーに整った顔に翡翠の様な緑の瞳を輝かせた美しい少女。

 三階の関係者スペースの一角である、かつての寝室で大会を魔法式のモニターで眺めるこの女性、実は王族の一人。


 彼女の名はアミリア・フォン・リエンツィ。王族における第一王女にして今大会の主催者その人であった。


 彼女はこのMagician`s Legacyマジシャンズレガシーの国家専門プレイヤーの育成並び管理全般を統括する存在である。

 元より世界規模での競技な為、動く金も手に入る金も莫大な代物になったこのゲーム。あらゆる国々で国家専属のプレイヤーを養成するのは珍しい話ではない。

 それ程の大役、少女に出来るのか? と思われるがそこは問題ない。彼女は肩書こそ偉大だがその実、王女のネームだけで選ばれた偽りのトップ。

 実際は彼女の下につく者たちがその舵を取り、彼女はそれを発表するだけに等しかった。

 正に置物。とは言えその発言には、重みと実績がないのだから仕方ない。


 だが、彼女自身はそれに不満があり、そんな状態を変えようとしていたのだ。

それを変える為の大会、それが今回の大会である。

 今回の大会の上位8名には賞金が渡され、更にアマからプロへの登竜門とまで言われる大会の参加権も手に入る。それだけでなく、作ったデッキは持ち帰りOKという出血サービスっぷり。(ちなみに本来このクラスの大会に参加するには約一万アド位は必要)

 これだけの餌を撒くのは理由がある、それは無いのだ、実績、結果が。


 実績が無いのだ。この国には。

 世界各地で国際大会が執り行なわれ、莫大な賞金や恩恵が生まれた。それに飛びつき、各国で進んだプロ育成。リエンツィもまた例外ではない。

 だが近年までリエンツィ所属のプレイヤーの成績は万年六大国家中最下位の体たらく。

 欲にくらんで始めた国営の一つ。だがこの散々な結果ではただの赤字生産媒体である。

 国民達も「もう止めろ」「金の無駄」「税金泥棒」等と散々な言われ様。

(ちなみに今回の大会の表向きの開催理由は不満ある国民達へのサービスとゲームの参加の意欲を伸ばす、と言うもので、王族のポケットマネーと販売企業の協力で開催された赤字大会である)

 何とかしなければ、そう思った。本気で。だが結果は散々な物でしかなかった。


 だから欲した――怪物を。

一応彼女にも1プレイヤーを推薦したり、それを見つける場を作る位の地位はある。

だがあくまで推薦、下がウンと言わねばプロにまではなれない。


 故に必要なのは秀才でも天才でもない。常人の秤を超えた本物の逸材――怪物なのだ。

 その怪物が実力で全てを屈服させ、プロになりやがて世界に結果と言う爪痕を残せば、それを推薦した自分の地位はうなぎ登りになる。

 推薦ではなく、自分が選び、自分で舵か取れる様になる。

 それを望んでいた。してまでして。


 だが結果はこれだ。

 パッとしない。テンプレートなデッキ構築、ステディすぎるプレイヤー。中途半端になれた回し方。

 どの席を見てもそんな物ばかり、はは、国がポンコツなら国民もポンコツなのか。そんな呪いたくなる笑いすら出る。


 ダメだ、これでは……ダメなんだ。


 もっとこう、鮮烈で過激な勝負を仕掛ける者を欲していた。


「このテーブルはダメね……次のを映して」


「かしこまりました」


 アミリアの隣で佇む執事がその老骨で魔力を通し、モニターを切り替える。映ったのは二階の東側にある大広間。

 そこはまだピックによるデッキ構築の最中であった。

 一通り眺め、そしてピックしたカードをチェックしていく。そして見えて来るのはやはり、透けた考え、テンプレート的なデッキ構築だった。


 思わずため息がまた漏れる。そんな中一人の男に目を当てる。


 それは銀髪と青い瞳を持つ色白な男。大一印象では、この国の人間ではない。難民か、観光客かそのどちらかだと思った。

 一応この国の人間のみの参加というルールだったのでそれなのに参加している。

このことが興味を引いたのだ。


 そして銀髪の男の第一開封が始まる。

 男の順番は5番目、すでに8枚ピックされている。その8枚を確認しようとしたが止めた。正直興味本位であまり期待はなかったからだ。

 理由はこのテーブルの中央にある残ったカード群。

 黄色のカードばかりだったからだ。それを確認しただけでもテンプレートに沿っていると分かってしまった。


 このカードゲームMagician`s Legacyマジシャンズレガシーには6色の色がある。


 白、黒、赤、青、緑、黄の6色。

 そしてその色、は其々プレイングの象徴と戦術と登場するクリーチャーや呪文の効果の象徴でもある。


 白は光の属性を持つ正義と法律の色

 正義と秩序を重んじ、法と平和を主とする。

 正義を体現する追放効果や除去効果、秩序を体現する平等と言う制限を付ける効果、法を律するルール改正効果、平和を象徴させる休戦、停戦、停滞効果などが多い。

 登場するクリーチャー群も正義を行使する騎士団、秩序をもたらす天使、法を取り決める裁判官、ビショップ、平和と神聖の象徴となる生物が大半になる。


 黒は闇の属性を持つ混沌と破壊の色

 混沌と暗黒を好み、破壊と滅亡を主とする。

 混沌を体現する洗脳効果、冥界からの再生効果、暗黒を体現するライフ吸収効果、色の変更効果、破壊を司る各種除去効果、滅亡を引き起こす各種全体破壊効果たどが多い。

 登場するクリーチャー群は悪魔にインプ、ゾンビ、吸血鬼、アンデット、異教徒、黒魔術師などの死と暗黒を招く者達だ。


 赤は炎の属性を持つ情熱と欲望の色

 情熱と熱意を真とし、己が欲が全てとなる。時に暴力、時に友情になる心こそが主。

 情熱を体現する戦闘強制効果や速攻効果、熱意を体現するパワーアップ効果、暴力の象徴、直接的なダメージ効果、時に友情クリーチャー救出効果などが多い。

登場するクリーチャー群はゴブリンやドワーフ、サラマンダーに盗賊や蛮族などが多い。


 青は水の属性を持つ狡猾と知識の色。

 狡猾と騙しを信条に、知識の探求と水の流れを表す変化こそ主。

 狡猾の象徴カウンター効果、騙しを現す色変更効果、知識の象徴カードドロー効果、水の流れを具現させる手札に戻すバウンス効果が大多数である。

 登場するクリーチャーは他人を騙す魔術師ウィザードや魔女、水棲生物群が大半である。


 緑は風の属性を持つ自然と生誕の色。

 生物は皆生命の樹からこぼれた果実である考えこそが主。

 生物の源であるパワーやライフを高める効果、生命の躍動を上げる再生効果やコスト踏み倒し召喚効果、マナ加速効果などがメインである。

 登場するクリーチャーもまた象徴であり、パワーの高い熊や巨人、怪獣の様な雄々しい物など様々でそれは性能が高い。そのクリーチャーの性能の高さこそが象徴なのだ。


 そして黄は雷の属性を持つ連鎖と反応の色。

 連鎖と結合を常として、開発や発展、その反応こそが主である。

この色も緑同様、生物が色の一つの特徴となっており、クリーチャーがクリーチャーを呼ぶサーチ効果、結合を現すアドヴァンスト効果。開発、発展などの効果の成長や進化といった概念などがメインである。

 クリーチャーはホムンクルスやスライム、ゴーレムや機械獣などの人為的な生命が多い。


 そしてこの色の特徴の一つ連鎖、実はこれが【ブースター・ドラフト】に恐ろしいほど噛み合っていない。

 何故ならこのサーチや増殖の効果は「同名の~」や「同じ種族の~」と言う限定条件が大半なのだ。

 1つのスイッチでデッキが大きく回る為、構築次第ではとても強力な色である。

だが【ブースター・ドラフト】においてはその能力を生かせるデッキそのものを作るのが極めて至難。

 更にそういった連鎖やアドヴァンスト、進化を目指して戦う色なので元の生物のパワーが極めて低く設定されている。

 その為、多くのプレイヤーはそれ以外の色の打点や効力の高いカードを優先的にピックしていく。

 その後はデッキの方向性と色のバランスを考えながら、デッキを構築していく。

タッチ(触る程度に少数投入する、の意味)カラー程度ならば選択肢として入るが、メイン起用はまずない。

 その為、多くのテーブルには大抵黄色のカードが残る。これが所謂テンプレート的な構築の正体だ。


 このテーブルもまたこの一周はそのテンプレに沿っていた。その時点でアミリアには怪物存在せずと思っている。

 それはかつて、弱小国家を栄光に導いた男の戦術と真逆であったからだ。

 かつて栄光を極めた怪物の始まりはそのテンプレートを打ち砕く、裏をかいた黄色メインのデッキ構築であり、アミリアもそれを期待していたのだ。


 そんな中、銀髪の男がカードを開封する。

 入念にカードを確認、コモン、アンコモンと。

 そしてレア。そのレアは強力なパワーを有したクリーチャー『炎刃翼のサラマンダー』だった。


『炎刃翼のサラマンダー』コスト③+赤

パワー7タフネス4 タイプ:サラマンダー

『炎刃翼のサラマンダー』をプレイする為に追加コストとしてあなたがコントロールするクリーチャー2体を対象としてそれを生贄に捧げなればならない。

 飛行(飛行は飛行を持つクリーチャーでなければブロックされない)

『炎刃翼のサラマンダー』は戦闘によってダメージを受けず、呪文や能力によっては破壊されない。

SS:B


 コストがやや重いが、強力なパワーに飛行という回避能力、そして強力な除去耐性を有する化け物のようなカード。

 その重いコストと、現在環境を席巻するあるカードによって一線級のカードでは無いにしても限定的なタイプリミテット構築ではこれ1枚でエンドカードに持っていける代物だ。


「引きは強いみたいね」


 アミリアもその引きには感心する。だが興味はそれで更に薄れた。もうピックするカードが決まった為、悪く言えば面白味が無くなったからだ。


 もう、決まった物だとしていたがそれは誤り。

 銀髪の男はそれをピックしなかった。そしてアンコモンのカードを1枚見て、それをピックした。


「っなぁ!」


 それを傍観したアミリアは驚きを隠せない。

 まだ9枚目、色を絞る段階にもまだ早い。カラーバランスなんて後で組み立てればいい。

 今は強力なカードをピックして、方向性を模索する段階のはず。故にこの段階で、いやそうでなくてもこのカードを選ばないのはまずあり得ない。


「なんで?どうして?」


 疑問でいっぱいになる、理解出来ないからだ。呆けてる間に銀髪の男は左隣の男に残りのカードを渡す。

 受け取ったカードを確認して、男も度肝を抜かれた。そして困惑する。

 だがすぐににやけてカードを1枚ピックする。そして思わず小声で「よしぃ」なんて喜んで見せる。

無論それは『炎刃翼のサラマンダー』であった。


「はぁ~ここもダメね」


 またもため息を吐くアミリア。

 結局アミリアにはあの銀髪の男は初心者で構築におけるタイプの違いが判らず、一線級のカードではないから取らなかったということで納得していた。

 構築のタイプの違いも判らない素人に、強いカードが来て、はしゃいでポーカーフェイスのかけらもない凡人。

 とんでもないテーブルだ。もう見るのは止そう。時間の無駄だ。


「もういい……次のテーブルを」


「かしこまりました」


 モニターを移し替え、別のテーブルを見ていくアミリア。だが、結局この大広間でも、彼女の期待に応える者は誰一人としていなかった。





 今回大会の勝ち上がり方は少々特殊だ。

 まず全てのプレイヤーが六芒星型のバッチを二つ有し、それを各自でとりっこするという物。

 星を六つ所持したものが予選通過、次のラウンドに上がれる仕組みだ。

 この時賭ける星の数は自由に選択できるがある条件が重なった時その限りではない。

 それは「星の数が3つ以上の開きがある時、互いにその全てを賭ける」と言うもの。

 星の数の少ない物を執拗に狙うハイエナ行為を避ける為のルールだ。逆に星の少ない物には一発逆転要素にもなるこのルール。


 アミリアは当初、均衡した実力同士の勝負が常に展開されると思い、取り入れた。

 だが、その考えは外れた。星3個以上の開きがない星の少ない物を狙って稼ぐハイエナ行為が横行。

 そして星が少ない物は自分より3個以上の開きがない星の少ない物を探して搾取。搾取された物は逆転を賭けるが、3個以上持つものは対戦を拒否、結局同じく3個以上の開きがない物と挑みそして搾取された。

 ただただ強者が弱者を搾取する流れが、単に強者が準強者を搾取して準強者が弱者を搾取するだけ。手順が増えただけで本質は何一つとして変わりない。


 的が外れたこともあり、アミリアは苛立っていた。変りのなさと星を多く持つ人間の顔ぶれに。

 多くの星を持つ人間。それはドラフトで高得点のレアを手に入れたパワーカードだけのプレイヤーが大半だった。

 実にそれがつまらない。求める怪物と言えるプレイングなんでカケラもない。これでは結局お金の無駄使い、表の謳い文句が成就したとも思えないし、何より本当の願い。裏には何の成果もない。

 焦りと呆れで胸がいっぱいになり、目を背けたくなりそうだ。


「もういい……帰りましょう」


 もういい。本当に時間と金の浪費でしかない。そう、悟ってしまった。

 だがそんな時だった。モニターに思いもよらぬ光景が映っていた。


 もう起きないと思っていた、一発逆転を賭けた勝負。それが、執り行なわれている卓があったのだ。そしてそれを行っている人物。忘れもしない二人だ。

 自分を呆れさせた初心者とパワーカードを手に入れてはしゃいだ凡人。その二人が勝負を行っていたのだ。


「やっている、でも何故?」


 自分で考えたアイディアなのに自分でも不思議だった。

 自分でも問題点があったことを既に理解している。星の多い者がそんなリスクを背負うなんてなかったからだ。

 故に真下でなく、ちょっとだけ下の相手を狙い、星を蓄える。これがローリスクなベストな選択。そんなこと、ちょっと考えれば誰でもわかることだ。

 でも今、そのリスクを背負って勝負が行われている。それが不思議で、急に興味を抱いたのだ。


「36番のテーブルをアップにして」


「かしこまりました」


 彼らの対戦をしっかり見る為に、モニター一面をその勝負のみを映す。星の数は銀髪の初心者が2つ、はしゃいだ凡人は4つだ。


「やっぱり、パワーカード持ちが多いか」


 そう言えどこれは想定内、もとより【ブースター・ドラフト】がそういうデッキが勝ち上がりやすいフォーマットなのだからある種当然。勝負はまだ始まってすらいない、現在互いにデッキをカットしている最中だった。


「あんまり期待はしてないけど、まぁそれなりに見せてもらえれば……」


 多少の期待を込めるアミリア。あくまでも多少。

 期待はそれほどではないが、自分のアイディアの結果も気になったし、その全てを見ることに決めた。







 ――これが始まりだった。




 秀才、天才を超える存在、怪物。

 いや……それすら喰らう暴虐性と残忍性を孕み尚、喰らい、喰らい続ける怪物を超えた怪物――魔獣。


 魔獣は今、産声を上げようとしていた。この世界の理、その論理と言う腹をも潰しかねない胎動を響かせて。


 魔獣は静かに――その時を待つ。

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