第332話 トライデントの日常

 椿国へと入る数週間前――


 トライデント城執務室にて、俺は書類に書かれた小難しい文言を眺めながら判子を押すマシーンと化していた。


「OK、OK、保留、OK、保留、OK、否決、OK、OK、OK……ふぅ結構押したな」


 多分300枚くらいは可決印と否決印を押した。

 可決書類には『王様OK(^ω^)イイネ』と舐めた印が押されている。一応これでもトライデントの公印であり、この印がないと公務書類として成立しない。

 あぁ超仕事したわ。今日の晩飯何かな。そう思い座ったまま背を伸ばすと、まだ処理が終わっていない書類がタワーのように積み重なっていた。


「…………なんでこんな仕事あるん?」


 現実逃避してみたが押しても押しても減らない書類の束を見て、げんなりするしかない。

 こういう時に限ってオリオン、ソフィー、フレイアはホルスタウロスとイカちゃんの散歩に行くし、王様一人んぼっち。

 しょうがない、この寂しさを紛らせるためにあいつを呼ぶか。

 俺はパンパンと手を叩くと、天板が開きそこからシュタッとメイド忍者こと銀河が……。


「ひゃん!」


 メイド忍者は着地位置を間違えたのか、執務机の上に飛び降りてきたせいで書類は蹴飛ばすわ、着地ミスってM字開脚披露するわと登場するだけで悲惨なことになっている。


「銀河」

「も、申し訳ありませんお館様!」


 慌てて机の上から飛び退こうとする銀河の足を掴んで、M字開脚を続行させる。


「あ、あのお館様……脚を」

「罰として俺が仕事している間ずっとそのままでいろ」

「ひ~ん、お館様変態でございます!」

「お前が失敗ばかりするからだろうが!」

「すみません~!」


 まぁ失敗しなくても、意図的に失敗させてパンツ見るつもりだったので手間が省けた。

 小難しい決済書類を眺めつつ、銀河の白レースのパンツを見やる。

 ガーター付きのむちっとした太ももと、顔を赤くしながら羞恥に耐えている表情がグッド。

 これがトライデント王の優雅な仕事風景である。

 それからしばらくして、コンコンとノックの音が響いた。


「ディーか」


 入室前になぜわかるかというと、この部屋にノックして入ってくるのが彼女くらいしかいないからだ。


「カモーン!!」

「失礼します。えらくテンションが高いですね」


 目の前に追加の書類を持ったディーさんが現れた。

 見た目は金髪ボインのムチムチお姉さんなのだが、性格は生真面目で頭脳明晰な参謀タイプ。面倒見がよく我がトライデント発足初期メンバーで、付き合いはオリオン、サイモン、ソフィーに次いで長い。

 正直彼女がいなければウチは崩壊していだだろう。なんかよくわかんないことはディーに任せとけば解決している、それくらい重要なポジションに居る。

 ディーは机の上でM字開脚する銀河を避けて、新たな書類のタワーをドンっと執務机に置く。

 もうツッコミすらしてくれないもんな。


「こちらもお願いします」

「…………ディー、お前は俺を殺すつもりか?」

「仕方ありません。温泉事業が成功し、そのことが商人に知れ始めています。開業許可に、交通事業、水道管整備、新規宿泊施設の建設、取引先の拡大で仕事が仕事を産んでいるのです。そのおかげで税金も増え、国庫も潤う。嬉しい悲鳴という奴ですね」


 ディーは誇らしげに言うが、王様なんも嬉しくない。


「なんかもう、その辺うまいことやっといてくんない?」

「ダメです。領地内の最終決定は王にやってもらわなければ困ります」

「俺ディーさん信用してるぞ」

「信用しててもダメです。これでも私の裁量で処理できるところはしているのですよ」

「それでこの量かよ。羊皮紙と紙資源の無駄だぞ」

「また有名になるにつれて、これも増えています」


 彼女が書類とは別に差し出してきた書簡を見て、俺は顔をしかめた。


「まーたラブレター来たのか」

「はい、領土戦争宣戦布告通知です」

「無視だ無視。こっちが戦争を受けん限り相手は攻撃できん」

「しかし商人たちが、統率のとれた盗賊たちに被害を受けていると報告が上がっています」

「戦争受けてくんないから嫌がらせしてきてんのか?」

「その通りかと。もしかするとこちらが受理しなくても開戦してくる可能性もあります」

「ウチなめられてんなぁ……。なんか10通くらいラブレター貰ってるだろ」

「はい。温泉が出ると聞いて、一気にこの場所に資産価値を見出したのでしょう」

「ただの荒れ地だと思って今まで完全に無視してきたくせにな。カネになるとわかった瞬間ウジャウジャと。この宣戦布告してきてる王って強いの? 名前聞いたことないけど」

「ランクとしてはDランク相当の王が多いですね」

「ザコじゃん。マジなめられてんな。2,3見せしめに潰すか?」

「よろしいのですか? 今まで静観を決め込んでいたのに」

「いや、そのうちウチの連中がキレて手出しそうって思って」

「それはありえますね」

「ウチって世間的に見て、まだザコチャリオットなの?」

「そうですね。記録に残る領土戦歴が少ないですので」

「そういやそうだな。冒険者養成所潰したり、料理作ったり、砂漠行ったり、雪山行ったり、監獄行ったりしたけど、まともに領土戦争したのって一番最初のオンディーヌ兄弟くらいじゃね?」

「はい、ラインハルト城の出した格付け王ランクで、我がトライデントはCでした。恐らく兵数と、レアリティの高い戦士が多いのがランク向上の理由になったのかと」


 最初のFランクから随分と成長したもんなんだがな。やはり戦争経験が問題か。


「ってか、宣戦布告出してんのってDランクの王だよな? 格上に喧嘩売ってきてるの?」

「そ、それが……」

「なに?」


 ディーは言いにくそうに言葉を濁す。


「はっきり言っていいぞ」

「では、こちらを……」


 彼女は俺に一通の領土戦争宣戦布告通知書を見せた。


「なになに、好色なる無能王梶勇咲、悪辣非道な手を使って女性を娼館風呂に沈め、魔獣を集めて罪なき人々を襲うクズ。貴様のような悪王は正義の鉄槌によって成敗されるべき存在である。我々は貴様の非道を許さず。この大陸の平和と秩序の為、宣戦布告を行う。読了後、自身の人生を反省し、臆病風に吹かれることなく開戦に応じよ」


 全力で挑発してきてんな。


「言いにくいのですが、諸外国から王は、無能や臆病の烙印を押されているようで。恐らく嫉妬も混じっていると思いますが……」

「あぁ、バカ王ならワンチャン勝てんじゃないかって考えてんのか。ほー」


 まぁ領土戦争全部無視してきたからな。臆病と思われても仕方ないだろう。


「お怒りにならないのですか?」

「いや、別に」


 むしろ無能って言われたくらいで、顔真っ赤にして戦争する方が無能だろう。

 そう言うと、銀河はおずおずと声を上げる。


「お、お館様。領主への侮辱は十分開戦理由になりますが……。お館様は我がトライデントの顔、お館様への侮辱はトライデント全体への侮辱と同義でございます。自分はお館様が根も葉もない噂で侮辱されることが、とても悲しいです……」


 お前今の自分のM字開脚体勢を見て、よく根も葉もないって言えたな。

 わりかし自分でも好色とクズの辺りは自覚ある。

 俺は小さく息をつき、椅子の背もたれに背を預けた。


「戦争は人死にが出るからな……。相手がいくら死のうが知ったこっちゃないが、俺にとってはトライデントのメンツが一人でもやられたら負けだと思ってる」

「王は我々への愛情が深すぎます」

「お前らが俺のこと全力で愛してくれてるのはわかってるからな。俺も全力でお前らを愛してるよ。俺の体は全部お前らにやるけど、お前らの体も全部俺が貰う。だろ?」


 そう言うと、ディーは目を瞑り優しい表情で


「はい、忠誠と共に愛を捧げています。王よ」

「自分もお館様を……愛、愛……お慕い……しております」

「銀河、言いたいことはちゃんと言え」


 そう言うと銀河は顔を赤らめ


「愛しております……。この身はお館様のもので……ございます……」


 俺は銀河の頭をくしくしと撫で、ディーの頬に口づけた。お返しにディーも俺の頬に口づける。




 その様子を扉の鍵穴から見守る少女たちの姿があった。

 上からツインテフレイア外ハネオリオン神官帽ソフィーと頭が並ぶ。


「くー、お散歩なんか行ってる場合じゃなかったです。なんか凄くいい雰囲気になってますよ」

「あれ良い雰囲気なの? 銀河股開いてるけど」

「それはいつものことでしょ。咲何してんの? 見せて」

「お子様は見なくていいわ」

「どうしますこの雰囲気、処します? とりあえず処します?」

「久しぶりにラブコメ警察やるか?」

「でもこの扉鍵かかってるわよ。あっ、ちょっと待って、3人で始まる!」

「始まる!? 何が始まるんですかフレイアさん!? わたしが知ってるのは2人用のはずなんですけど!?」

「合意があれば3人で始まることもあるのよ!」

「3人で!?」

「見してくれー、咲は何してんだー」


 ※音声は最小ボリュームでお届けしています。

 オリオン、ソフィー、フレイアが部屋の前で団子状態になっていると。


「あら、皆さんお取り込み中ですか?」


 凛とした声。

 そこに現れたのはロングの髪をサラサラと揺らす、白衣の天使こと悪魔ルナリア。

 整った端正な顔立ちに理知的な切れ長の瞳。

 科学者用の白衣の下に魔軍の軍服を纏った悪魔少女は、雁首並べる変化球ヒロインとは違い、正統派ヒロインの微笑みオーラを放っていた。


「違う違う、咲がこの中でエロいことしてるらしい」


 正統派ヒロインルナリアの目から一瞬ハイライトが消えると、彼女の体全体からバリッとカミナリが迸った。


「フフッなかなか研究所に来てくれないくせに、自分はオフィースラブですか」


 ルナリアの声は笑っているが笑っていない。


「ルナルナ怖い」


 コクコクコクと頭を縦に振る変化球ヒロイン×3

 彼女は懐から拳銃を取り出すと、なんの躊躇もなくパンパンパンと銃声を響かせ鍵穴を撃ち抜き、執務室の扉を蹴破った。

 中には慌てて衣服を戻す銀河とディー。

 それと視線を宙空に泳がせる王。


「どうも王様、魔軍からの報告書類なんですけど目を通してくださいね」

「お、おぅ……」

「す、すみません王よ、私はこれで失礼します」

「自分も……お仕事頑張って下さい」


 そそくさと逃げ(✕)立ち去る銀河とディー。


「終わるまでここで待たせてもらってもいいですか?」

「お、おぅ……」


 笑顔でソファーに脚を組んで座るルナリアを見て、オリオン達は苦い顔をする。


「さすがディーと張り合う正妻候補ね」

「ヤキモチの焼き方が可愛いもんね」

「いきなりチャカぶっぱするのが可愛いのでしょうか?」

「わかってないわねソフィーは、あの正攻法でわたしヤキモチ焼いてますってのが可愛いんじゃない」

「だからソフィーは正妻にはなれない」

「あなた達に言われたくありません!」







―――――――――――

再開にあたって、たくさんの応援コメントありがとうございます。

ほんとは月2くらいの更新で考えてたんですけど、これだけ応援もらったらそういうわけにもいかんなと思いました。

トライデントの日常感を思い出していただけると幸いです。

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