第327話 薬湯
[ドリドリドリドリ]
「ドリドリ言いながらドリル回すロボット初めて見たわ」
俺がロボットのくせにふて腐れた態度をとるG-13を見ながら言うと、奴はアイカメラをキュィンと音を立ててこちらに向ける。
[私ノハイパーブレインガ遺憾ナク発揮サレルト思ッテイタノニ、何故避難キャンプノ隅デ、ドリドリシナケレバナラナイノデスカ]
「なんだよ、もっとテンション上げてけよ。オリオン達からお前ドリル持ったらURYYYとか言い出すから危ないって聞いてるぞ。こうURYYYってURYYYY!」
[頭大丈夫デショウカ?]
ロボットにわりかし本気で心配される。こいつすぐ梯子外してくるな。
周囲には俺の膝上くらいまで掘られた浅く広い穴があり、パッと見はゴミの埋め立てでもしようとしているのかと思える。
「治療の為に必要なんだよ。ルナリアさんの造ったナノマシンを街の住民に気づかれず投与する為のものだ」
[ソレト私ガ穴ヲ掘ルコトニ何ノ意味ガアルノデショウ]
「知りたい?」
[エエ]
「教えない♡」
俺が世界が震撼するくらい可愛らしく言うと、G-13のアイカメラからレーザーが照射され、俺の頬をかすめていく。
慌ててかわさなければ、ピンク色のレーザービームは俺の顔を貫いていただろう。こいつ今までで一番本気で狙ってきやがったな。
[スミマセン、アマリノ苛立チニ
どうやら仲間にはレーザーや銃弾が当たらないようにリミッターをかけているらしい。しかし苛立ちで無効化されてしまうなら何の意味もないシステムだと思う。
俺が勿体ぶっていると、隣で少し落ち込んだルナリアさんも不思議そうに穴を見つめていた。
「あの、これで大丈夫なのでしょうか? タイムリミットもありますし……。私の造ったナノマシン皆さんに投与しないと――」
そう言いながら若干涙目になっているルナリア。そりゃ100%善意で作ったワクチンを、お前が悪魔だから使わねぇわって言われたら凹むよな。
彼女の為にも穴を掘ろうと思っていると、オリオンやナハル達が重そうな木樽を運んでくる。
「う~超重いぞ」
「樽は全部運んできたであります」
「頭脳労働の後は肉体労働? 君も鬼畜だよね」
イケメン(♀)のクリスが髪を振ると、キラキラとした雫が舞い散る。
「イケメンだと汗もキラキラ光るんだな」
[イケメンデスカラ]
「俺ならどうなるんだろうな」
[恐ラク全身カラ臭イ立ツ体液ヲマキ散ラシタ、トデモ言ワレルデショウ]
「差別表現が酷いな」
そんなことを言いながらも俺たちが作業を進めていると、頭頂部が円形に禿げた三人の宣教師がこちらの様子を伺いにやってきた。リーダーらしき宣教師はどこぞの狂犬にでも噛みつかれたのか、頬を赤くはらしている。
「おやおや、我々ピヨピヨ教団に大見栄切っておきながら、つくってるものはワクチンではなく墓穴ですかな?」
「ちげぇよ、お前らには関係ねぇからどっか行け。できるなら死んでくれ」
「全く神を信じぬ野蛮な人間はこれだから……。まぁ悪魔とつるんでいる人間に何を言っても無駄ですか」
「教師様、彼らにピヨピヨ様の深い慈悲を理解することなんてできませんよ」
「おっと失礼。信仰とは人の為にあるもので、人並みの知能すらない人間には無意味なも――」
俺はスコップですくった泥を宣教師の顔面に投げつけた。ビチャッと泥が顔面に炸裂すると、宣教師は怒りからプルプルと震えだす。
「こ、この異端者ども……。ここでピヨピヨ様の名のもとに異端審問会を開いてやろうか!」
「ウチはドロドロ教を信仰してて、人の顔面に泥を塗りつけて幸せを分け与えることを教義にしてるんだ」
「何をバカな――」
「ちなみにその泥にはご利益があって、ウイルスをばら撒く微生物がしこたま入ってる」
「!」
そう言うと、宣教師たちの血の気がさっと引く。
悪いことに心当たりありまくりって顔してるな。Dウイルス寄生体をばら撒いた張本人たちは、慌てて鼻や口に入った泥を吐き出そうとするが、ニヤッと悪い笑みを浮かべたオリオンと風呂敷猫が、泥を丸めた泥玉を宣教師たちに投げつける。
「や、やめろ!」
「教師様、ここは逃げましょう。我々が呪いにかかっては……」
「呪いのことは言うなバカ者!」
宣教師たちは覚えていろ! と捨て台詞を吐いて走り去っていく。
クリスがその様子を見て、少し不満気に肩をすくめてみせる。
「ほんとにウイルス入りぶつけてやれば良かったのに」
俺やオリオン達が投げたのはさっき掘ってた穴から出てきた、ただの泥土だ。Dウイルス寄生体は入っていない。
「あいつらがキャリアーになって、他の人に移したら大変だからな。決して優しさなどではない」
わりかし本気で優しさではない。ってかあいつらウイルスのこと呪いって言ってるんだな。
とりあえずこれで鬱陶しい宣教師はしばらく現れないだろう。
「よぉ梶王、これでいいのか?」
宣教師と一揉めしていると、石柱を抱えたグランザムがドンッとその場に石を下ろす。
「おぉ、そんなにおっきくなくていいぞ」
「あのグランザムさん、大丈夫ですか? まだナノマシンがウイルスと戦っている最中だと思いますが」
「あぁ大丈夫だぜ」
この男本当ならまだ体力が回復していないはずなのに、熱が引いたのと同時に起き上がると俺たちの手伝いにきたのだ。
心配げに言うルナリアに対して、グランザムはムキッと力こぶを見せる。
「安心しろ。オレの免疫は並じゃねぇ」
「バカは風邪ひかないだからね」
「うるせーよクリフ。風邪は引いたわ、Dウイルス? とか言う奴だけどな」
「それくらい強力じゃないと、君風邪なんてひかないからね」
「それは間違いねぇ。今回の熱はいい経験になったぜ」
ワハハハと豪快に笑うグランザムに、クリスはやれやれと肩をすくめてみせた。
「オレのことはいい。それよりすまねぇな、ヘックスの住民がせっかく作ってくれたワクチンを拒否したなんて」
「すみません、私の正体が悪魔だとバレてしまったので……」
「いや、オレが悪魔であることを隠した方がいいって言ったのが裏目に出たな。最初から堂々としていれば住民の反応は違ったかもしれん」
「そうだ、君回復したんだから、ワクチンの有用性を皆にアピールしてきてよ!」
クリスがパンっと手を打つと、グランザムは申し訳なさそうに首を振る。
「すまねぇ、さっきロボットの姉ちゃんとやったんだ。オレはワクチンのおかげで助かった、この姉ちゃんの言うことを信用してくれって」
「お前、まさかエーリカと言ったのか……」
「住民たちはなぜかビビりまくってるし、オレが言ってもグランザムは普通と違うからなって……相手にされなかった」
「例外扱いされてるじゃねぇか」
「それより……この浅く広い穴は何だ?」
「風呂だ」
「風呂?」
◇
それから数時間後――
辺りが暗くなり始める頃、完成した露天風呂の中に、トライデント領から持ってきた温泉の湯を注ぐ。
完全に冷めて水になってしまっているが、風呂の中心に空洞化させた石柱を立て、空洞の中に火の魔法石を入れると熱された石柱が、冷めた温泉の湯を元の温度へと戻してくれる。
「なんかしゃぶしゃぶの鍋みたいな風呂になったな……」
まぁ見た目はなんでもいい。
「そんでこの中にルナリアさんの造ったナノマシンをジャンジャカ入れるわけよ」
ワクチンを風呂の中にぶちまけると、見た目は完全にただの露天風呂だがDウイルス寄生体が駆除できる薬湯と化す。
これで薬湯風呂の完成だ。
「発病から二日、風呂入ってないならそろそろ臭いとか気になってるところだろ」
「咲、あたし風邪きつい時は風呂入らないぞ」
「クリスこの中に体力回復の薬草を入れられないか?」
「大丈夫だよ」
クリスが種子入りの木箱を取り出すと、いくつか種を風呂の中に放り投げる。
するとニョキニョキと葉っぱの大きい植物が伸び始めた。
「おぉ咲、凄いぞ、ジャングル風呂だ!」
「俺には野菜が入ったしゃぶしゃぶ鍋にしか見えなくなった」
「アモーレ聖水の元になるルミナレスっていう植物だよ。この植物から出る成分は体の回復に使えるんだ。しかもルミナレスは水を綺麗にする効果もあるから、たくさん人が入って汚れが出ても吸い取ってくれる」
「よし、これで最強の薬湯風呂が出来たな。後は試すだけだ」
俺は目線でグランザムを指す。
「オ、オレか?」
「おう、まだ体力戻ってないだろ? どれくらい効果があるのか見たい」
「い、いいけどよ」
グランザムはタオル一枚になって、筋肉質な体を見せる。しかし、Dウイルスから回復したてのせいで血色は良くない。
彼は恐る恐る薬湯の中に身を沈めると、効果はほんの一瞬で現れた。
「うぉぉぉぉぉ、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
「な、なんだ?」
グランザムが勢いよく立ち上がると、みるみるうちに青白かった肌が赤々しい血色を取り戻していく。心なしかあいつの体にキラキラとした回復エフェクトみたいなのが見える。
「力が戻って来る! すげぇぜ、この風呂! オレの体力が一瞬で完全回復した! これは皆入った方がいい! 病なんて一瞬で治るぜ!」
「よっし成功だな。後は感染者をこの風呂に入れるだけだ、しかしそれにはこの温泉に入りたいと思える宣伝が必要だな」
「おっ? なんだ、美人の姉ちゃんでも風呂に入れるのか?」
グランザムがスケベそうな顔で言うが、俺は首を振る。
「いや、適任者がいる」
◇
「なぜ私なんだ!」
顔色の悪いオスカーは全裸になって、腰にタオルだけを巻いた状態で俺たちを睨む。
ナノマシン注入後とあって、熱は引いているが少し苦しそうな顔をしている。
「おら、恥ずかしそうにタオルの裾を持つんじゃねぇ! 男なら包み隠さず行け!」
グランザムは無理矢理腰のタオルを奪おうとする。
「やめろ!」
「お前がこの風呂に入って、病気が治ったってアピールすりゃ皆入りに来るんだよ! おまけにお前と混浴できると知ったら、お前のファンが殺到してくる!」
「ふざけるな、私をダシにするんじゃない!」
「オラ、民の為に一肌脱げ! ってかポコチン見せろ!」
「目的がかわっているだろうが!」
「今なら梶王も一緒に入るって言ってんぞ!」
グランザムがそう言うと、オスカーの動きがピタリと止まる。
「民の為に一肌脱がせてもらおう」
オスカーは眼鏡を湯気で白く曇らせると、素直に薬湯風呂の中へと入っていく。
「よし、オリオン、G-13、住民たちを集めてくるんだ!」
「がってんだー」
[了解]
全員でヘックス住民たちを風呂へと集めると、当然の如く「何でこんなところに風呂が?」と疑問の声が上がる。
しかも湯船につかっているのはオスカーと混乱に拍車をかける。
「ヘックスの民よ、心配をかけた。私はこの薬湯に浸かったことで病を克服することが出来た! まだ病に苦しんでいるもの、感染の疑いがあるものは入浴してほしい! たちまち回復することを私が保証しよう!」
「えっ、まさかほんとに?」
「そんなバカな……」
「いや、でもオスカー様は元気になっておられるし」
「も、もしかしてオスカー様と混浴チャンスなのかしら?」
「よし、俺は入るぞ!」
「わ、私も!」
「あのオスカー様とご一緒できるなんて(野太い声)」
「入りたいけど苦しくて……」
「そういう人の為に薬湯の湯とタオルを用意した。これで体を拭いてやると、同じ効果が得られるぞ!」
グランザムの言葉に、感染者の家族はそれはありがたいと湯の入った桶とタオルを受け取っていく。
「風呂に入れる人は皆入って~」
クリスが男状態のクリフ(♂)になって、住民に声をかける。
すると目の色がかわった女性住民数十人が詰め寄せてきた。
「ま、まさかクリストファー様とお風呂に入れるんですか!?」
「え、えぇっと……それは……」
クリスが目線で早く助けて! と言ってるので助け船でも出そうかと思うと、さっき泥をぶっかけてやった宣教師が嫌なタイミングで戻ってきた。
「皆さん、この湯に入ってはいけません! この風呂は悪魔が作った毒風呂なのです! オスカーさんは残念なことに悪魔に操られてしまっています! その風呂に入ると死んでしまいます! 絶対に入らないで下さい!」
住民たちは「えっ?」と驚き、どっちを信用していいかわからなくなる。
それに対してオスカーは風呂の中で声を荒げる。
「ヘックスの民よ! その宣教師のことを信用してはいけない! 本当に信用すべきは梶王なのだ! 皆梶王とその仲間を信じるんだ! 梶王万歳!! 梶王万歳!!」
あかん、オスカーの奴言ってることが急激に嘘くさく聞こえる。
「ダメだ、オスカーの奴梶王の事が好きすぎて、言ってることが胡散臭すぎる。いつも通り理由をちゃんと説明していけばいいのに」
「梶王万歳! トライデント万歳! 梶王万歳!!」
風呂の中で万歳を繰り返すオスカー。ありゃ操られてるって言われても仕方ない。
さっきまで風呂に入ろうとしていた住民が急に躊躇いだした。
「ありゃオスカー様完全に操られてんべ」
「そんな……オスカー様」
「いつもあんなこと言わねぇもんな……」
まずいぞ。これで勝てると思ってたのに、流れがかわった。
不敵な笑みを浮かべた宣教師たちは更にたたみかける。
「そうです、皆さん冷静になればどちらが正しいことを言ってるかわかるはずです。あの悪魔の手先を信用してはいけません」
オリオンが俺の服の裾をひっぱり、目線だけで「あいつそろそろ殺そうぜ」と言う。そうしたいのはやまやまだが、ここで俺たちが宣教師を倒せば住民たちは余計信用してくれなくなる。
さて、どうするか。
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