第319話 冬場は乾燥する 後編

 フレイアと別れて2時間後――


 俺はケーキの箱が山ほど乗ったリアカーを引きつつ途方に暮れていた。


「はぁ……どうすんだこれ」


 店長から、このリアカーに乗ったケーキを全部売るまで店には戻ってこなくていいと言われてしまった。

 なんとか人の多そうなところで手売り販売をしているのだが、まだ40箱くらい残っている。

 売れ残ったら君に買い取ってもらうからね! と鼻息を荒くしていたバナナ党店長の顔が浮かび、ため息をつく。


「くぅ、ブラックケーキ屋め」


 明るいメインストリートから少し外れた路地裏の階段で、腰を下ろしがっくりと肩を下げる。なんともまぁ冷たい階段だこと。ケツがよく冷えるもんだ。

 雪がチラつく街は心も懐も寒くなる。

 ちょっと休憩したら、またすぐ売りに戻らなければ。そう思っていると、このクソ寒い中、ボロく薄汚れた衣服を着た少年少女が、俺の事を不思議そうに見つめていた。

 恐らくすぐ近くにある貧民街の子だろう。ラインハルト城下町は東側と西側で所得層が大きく違う為、少し中心を外れるだけで一気に住民の顔が変わる。

 少年は俺に近づくと、すぐ後ろにあるリアカーの積み荷を覗き込んで、声を上げた。


「なぁ兄ちゃん、これなんだ?」

「ケーキだケーキ。今イベントやってるだろ」

「へぇ、美味そうだな。兄ちゃんこれくれよ」

「おっ客か? それならそう言ってくれ。一個三千ベスタだ」


 そう言うと少年少女は絶望した表情をする。


「兄ちゃん寒い寒いよ」

「シルビィ兄ちゃんも寒い。こんな子供の俺たちが三千ベスタも持ってるわけないのにな」

「兄ちゃん世間の風が寒いよ」

「シルビィ! しっかりしろ、くそぉこんなときケーキの一つも買ってやれない兄ちゃんを許してくれぇ!(チラッ)」

「あぁケーキが食べたい……(チラッ)」


 明らかな演技でこちらを伺う兄妹。


「俺は子供を武器にしてくる奴を子供とは思わないことにしている」

「チッ、なんだよケチくせぇな」


 兄妹は舌打ちしながら演技をやめると、残念そうに近くの石を蹴り飛ばす。

 

「お前ら父ちゃんか母ちゃんはいないのか?」

「父ちゃんは最初からいねぇ」

「でも、母ちゃんはもうじき仕事から帰って来るよ!」


 幼い兄妹は嬉しそうに顔をほころばせると、手をすり合わせた。二人の指先は真っ赤になっていて、本当に寒そうにしている。

 はぁっと小さく息を吐き、俺は親指でリアカーを指した。


「一個だけだぞ」

「えっ?」

「ケーキ、一個やるって言ってるんだ」

「「マジで!?」」


 兄妹はやったぜ! と喜びつつリアカーからケーキの箱を持ちだす。


「売れ残りのくせにケチケチしやがって」

「兄ちゃんあたしイチゴ党のケーキが良かった」

「バナナ党で我慢しろ。兄ちゃんだってイチゴ党が良かったんだ」


 タダでくれてやるというのに散々な言われようである。


「コラッ! またお前たちは物乞いなんかして!」


 突然怒鳴り声が響いて振り返ると、そこには少しやつれた中年女性の姿があった。

 兄妹の母親らしき女性は、子供たちに歩み寄ると強い口調で叱りつけた。


「人様に迷惑かけんじゃないって何回言ったらわかるんだい!」

「か、母ちゃん」

「すみません。この子たちが無理を言ったのでしょう? ほらケーキ返しなさい!」

「で、でも……」

「でもじゃないよ! ケーキなら母ちゃんが豆ケーキ焼いてあげるから」

「豆ケーキ甘くない……」


 母親はペコペコと俺に謝ると、兄妹からケーキを没収してリアカーに戻そうとした。


「いいよ、持ってきなよ」

「えっ?」

「売れ残って廃棄になる物なんだ。本当はあげちゃダメなんだけど、持っていっていいよ」


 売れ残っているだけで、まだ廃棄になると決まったわけではない。しかし、そうでも言わないとこの女性はケーキを受け取らないだろう。


「……す、すみません。ありがとうございます」


 母親は再びペコペコと頭を下げ、ケーキの箱を一つ受け取る。


「やったぜ母ちゃん。どうせ廃棄なら全部貰おうぜ!」

「ダメよ。お兄さんに御礼して帰るよ」

「ありがとうバナナの兄ちゃん!」

「今度はイチゴ党で働いてくれよ!」


 子供たちは頭を下げ、嬉しそうに走っていく。

 母親は俺に歩み寄ると、ボロボロの財布からお金を取り出した。


「こんな綺麗なもの廃棄品じゃないですよね? まだイベントも終わってないし」


 やっぱバレたか。


「その金であの子たちに手袋買ってやりなよ」


 俺は首を振って、金の受け取りを拒否した。

 母親はなおも食い下がって来たが、俺は高速で首を振り続けて拒否した。

 ようやく折れた母親は「すみません、すみません」と何度も頭を下げてその場を後にする。

 俺は親子が帰ってから、売り上げに自分の金で三千ベスタを入れる。


「こりゃケーキ全部お買い上げになるかもな……」


 金稼ぎに来て、まさか赤字になるとは。

 白いため息を吐くと、路地裏に影が差した。


「…………アンタさ、よくその境遇で人に優しくできるわね」


 顔を上げると、そこにはミニスカのサンタっぽい衣装をしたフレイアの姿があった。

 フレイアは呆れた表情をしながら俺の元へとやって来ると、隣に腰を下ろした。


「あんたお金稼ぎに来て、お金払わされてんの?」

「イチゴ党には関係ないだろ」

「なによ、怒ってんの?」

「別に……寒そうな格好で客寄せやってんなって」

「はっ? 悪いの?」

「悪くねぇよ。悪くは」


 お互い眉を寄せながら強い眼差しをぶつけ合う。

 なんだろうな、なんでこう喧嘩っぽくなってしまうのか。

 そう思っていたのは向こうも同じなのか、フレイアは一つ息を吐くと、こちらの肩にもたれかかって来た。


「ごめん。別に喧嘩売りに来たわけじゃないの」

「すまん、俺もだ」

「ちょっと露出多い格好で客寄せしてたから妬いた?」

「そんなんじゃねぇよ。自惚れんな……」


 いや、よそう。


「お前綺麗だからな、あんまり他の男の視線に晒されるのは嫌だ。とられる」

「あんた自分の事は棚上げするクズだもんね」


 フレイアはクスクスと小悪魔的な笑みを浮かべつつ、胸元を強調して見せる。


「お前さ、そんなミニスカで座ってケツ寒くないの?」

「寒いに決まってんじゃん」


 フレイアは冷たい階段から腰を上げると、俺の膝の上に乗ってきた。

 ズボン越しに彼女の柔らかい太ももの感触と、体温が伝わって来る。

 勝気な瞳をした少女は、俺の顔を見ると嬉し気にはにかんだ。


「ちょっとマシね」

「バカップルかよ」

「嫌なの?」

「バイトさぼってると怒られるぞ」

「アタシもうノルマ達成したから」

「ウチは俺以外皆優秀だな」


 そう言うとフレイアは俺の両頬をつねった。


「なーに言ってんのよ。アタシが惚れた男が優秀じゃないわけないでしょ? さっきの家族を幸せにしてあげたじゃない。あんたはどんな王よりも優しい心を持ってるわ。アタシが保証したげる」


 そう言ってニッコリとほほ笑むフレイア。

 ほんと……良い女すぎて困るな……。


「あっ……あんた唇切れてるわよ」


 彼女の冷たい指先が俺の唇をなぞると、ピリッとした痛みが走った。


「冬場だしな」

「もう、口元血まみれになってたらお客さん寄ってこないわよ」


 そう言ってフレイアはスカートのポケットから、琥珀色の小瓶を取り出す。瓶の中には油が固まったような白い粘土質なものが入っている。


「なにそれ?」

「クリーム」

「あぁリップか。女子力のあるアイテムだな」


 彼女は小指ほどの大きさに加工された木棒スティックにクリームを塗ると、「はい」と言って俺に差し出した。どうやらこれがリップスティックのかわりらしい。


「それでクリームを唇を塗るの」

「いいのか? これお前のだろ?」

「潔癖症な子みたいなこと言うわね」

「いいならありがたく使わせてもらうが……」


 俺はフレイアのリップスティックを自分の唇に塗る。


「あんた塗るの下手ね……ムラになってるじゃない」

「なんか塗りにくいぞこれ」

「べったりつけすぎなのよ。ちょっとずつ伸ばして塗るの」


 フレイアは俺の唇についたクリームを指先ではらうようにして伸ばしていく。


「口周りが油っぽい」

「そういうもんよ。あたしも塗りなおしておこうかな」

「ほい、じゃあ」


 俺はリップスティックを返すが、フレイアは不意打ちで俺の唇に自分の唇を重ねた。


「…………」

「……んっ……」


 柔らかな唇の感触が離れると、頬を紅潮させた肉食系彼女は不敵な笑みを浮かべた。


「塗り過ぎてたからちょっと返してもらったわよ」

「何かリアクションとろうと思ったんだけど、不意打ちすぎて何にも出てこなかった」

「ダメね、もっとアドリブ力鍛えなさい」


 そう言って艶やかな唇に笑みを浮かべると、フレイアはよっしと言って立ち上がる。


「さて、あんたの在庫ケーキ売りに行きましょうか」

「でも、いっぱい残ってるから売り切れないと思うぞ」

「こんな美少女が一緒に売るのに、売れ残るわけないでしょ?」

「手伝ってくれるのか?」

「ええ、アタシがなんとかしてあげる」


 両手を細い腰にあて、自信満々に胸を張る姿は、なんとも頼もしい。



 フレイアが一緒に売ってくれるだけで、在庫のケーキはあっという間にはけた。

 途中歌を歌いだしたり、ヴァイオリンを弾き出したりと様々な手を使って客を集める少女の姿は、舞い散る雪の中でこれ以上ないほど輝いて見えたのだった。


「お前一人で全部売り切っちまったな」

「当然」


 最初から結果がわかっていたように、満足げな表情をするフレイア。


「バイト代いくらか渡すわ。これだとさすがに申し訳ねぇ」

「もうかわりになるもの貰ったからいいわよ」

「?」


 彼女はチロリと自身の唇をなめた。

 その仕草が先ほどの口づけを思い出させ、俺の体温を少し上昇させる。


「てかさ、あんた何でバイトしてたの?」

「ん、まぁこれだけしてもらったら話さないわけにはいかないな……」


 実は昨日、地下倉庫に忍び込んでフレイアのプレゼントを踏みつぶしてしまったことを白状する。

 怒られるかと思ったが、なぜか彼女は腹を抱えて大笑いしだした。


「くくく、アッハッハッハッハッハッハ!」

「お前怒ってないのか?」

「嘘でしょ……あーおもしろ……アハハハハハ」


 こいつ涙流しながら笑ってるぞ。


「アタシも白状するけど、実はアタシもあんたのプレゼント踏みつぶしたのよ」

「えっ、ほんとか?」

「それで修理代を稼ぐためにケーキ屋でバイトしてたの」

「俺達全く同じことしてたんだな」


 しかも隠蔽工作の手段まで同じとは。

 確かにこれは笑ってしまう。


「なぁフレイア、壊した時計俺が直そうか?」

「えっ?」

「俺が直したらバイト代使わなくていいだろ?」

「じゃあブレスレットはアタシが直すわ」


 その後、俺たちは揃って金細工師の元へ向かうと「やっぱり自分達で直します」と言って依頼をキャンセルした。

 バイト代で壊れた部品を購入し、カチャノフに指導を受けながらプレゼントを修理した。

 突貫工事な為、修理前より少し歪な形になってしまったが、これもまぁ味だろう。


 後日城で催されたトライデントプレゼント交換会で、ランダムに手渡されたプレゼントを見た時、また笑ってしまった。

 俺の手元にやってきたのは、ひしゃげた赤い箱だったからだ。

 反対にフレイアは俺の用意した、ひしゃげたプレゼント箱を持っている。

 俺のプレゼントはフレイアに、フレイアのプレゼントは俺のもとにやって来たのだ。


 今現在俺の腕には修理されたブレスレットが、フレイアの首には修理された懐中時計がぶら下がっている。

 外は寒いが、城の中は騒がしい連中のパーティーで盛り上がっており、この宴は夜更けまで続いたのだった。



 プロジェクトX     了




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