第305話 プリズンブレイク エピローグ
未だ真っ黒い煙が上るヘックス領を背に、俺たちトライデントは大型飛行船ホルスの甲板で風を受けていた。
「メテオダインすげぇな……」
ディーが言っていた通り、メテオダインの爆発はすさまじく、監獄を含めヘックス城は木端微塵になってしまった。
死にかけの
ギリギリでカチャノフが迎えに来てくれたので爆発に巻き込まれなかったが、なぜホルスは空を飛べるようになったのだろうか?
「カチャノフ、これなんで飛べるようになったんだ? 前まで膝上くらいしか飛べないホバー船だったはずだろ?」
「この近くの森に古びた反重力装置が転がってやして。見たところまだ使えそうだったんで、ちょいちょいと直して組み込んだってわけです。そしたらうまいこと動いてくれやした」
もしかして反重力装置って、ルナリアをまる飲みにしたカメレオンドラゴンがいた森にあったやつか。
「すげぇな、よくこの短時間で……。まぁなにはともあれ、終わったわけだな」
疲弊したウチの連中は皆甲板の上で横たわったり、あぐらをかいたりしている。皆ほんとにお疲れ様だ。
後は逃がすことが出来た囚人の今後など後片付けの部分だな。そう思っていると、オスカー、グランザム、クリスの三人が俺の前に立つ。
「少し良いだろうか?」
「おぉ、オスカー、悪いなヘックスごと全部ぶっ壊しちまって」
「君が謝ることではないだろう。それに死霊樹のまき散らした泥によって、あそこはもう人が住める場所ではなくなっていた。むしろあのまま放置すれば魔物が生まれるスポーンポイントとなっていただろう」
「メタトロンが泥の浄化をしてくれても、やっぱり呪いだからね。そう簡単に不浄は消えてくれないんだ」
「まぁ思い出がある分オレたちは残念だが、監獄がトラウマになってる領民もいるだろうからこれで良かったのかもしんねぇ」
グランザムは少しだけ寂し気にヘックスの方角を振り返った。
「オスカーたちはこれからどうするんだ?」
「我々は落ち着いたらヘックスへと戻り、領民たちの受け入れを他国に要請しようと思う」
「オスカーは人気あるから、もしかしたら王様になってくれって言われるんじゃないか?」
俺がそう言うとオスカーは少し照れ気味に「よしてくれ」と答える。
「あながち冗談でもないぜ? もしかしたらヘックスはオスカー王国に名前をかえて復活するかもしんねぇ」
「バカなことを言うなグランザム。領民の受け入れがすめば私は少し旅をしたい。今回の件で自分の弱さ未熟さを痛感した……心身共に鍛えなおしたいと思う」
「オレも連れてけよ」
「当たり前だ」
「そっか……。じゃあクリスもオスカーたちと新生ヘックスを作るのか?」
「えっ、僕は
クリスは当たり前じゃんと言う。
グランザムとオスカーはだろうなと笑みを浮かべる。
「そう言うと思ったぜ。オレは女作れって言ったけど、まさか男作るとはな」
「う、うるさいな。ま、まぁでもヘックスもこれから大変だと思うから、戻ってほしいなら戻らなくもないけど」
「構わない。私にかわって彼を守ってほしい」
「う、うん……でもほんとにいいのオスカー?」
クリスの質問はどこか含みがある。
柔和にほほ笑んだオスカーの顔が急に真顔になり、眼鏡が白く光る。
「良いわけがないだろう。私は決してあきらめたわけではないからな」
「う、うん……」
俺はウォールナイツの熱い別れのシーンを見て、うんうんと頷く。
「ウォールナイツの絆があるんだろうな」
隣にいるオリオンは「せやろか?」と首をかしげていた。
皆で話していると、船底の格納庫からルナリアが上って来た。
彼女は白衣をなびかせながら、なぜか顔に特撮ヒーローみたいなマスクを被っている。
「あぁルナリアさん、いろいろありましたけど助かりました。あなたがいなかったら俺たちは――」
「私はルナリアではない! あまたの星を駆ける美少女戦士、ウラヌス!」
凄いなこの人、自分で美少女って言ったぞ。
ルナリアはわけのわからぬことを口走りながら、特撮戦士みたいなポーズを決める。
「それでルナリアさんはどうするんですか?」
「ウラヌスだって言ってますよね! 人の話聞いてますか!」
「あぁもうウラヌスでもルナヌスでもいいので、どうするんですか? 一応ルナリアさんはトライデントに雇用する形で契約させていただきましたけど、魔軍に帰還するのであれば――」
「このまま一緒に行きますよ。派遣の辞令でましたし」
「派遣?」
「ええ、魔軍から秘密裏にトライデントへ出向です。その間私は本名と所属を使えません」
「ああ、だからわけのわからない名前を……」
「しばらく厄介になります。私の名前はこれからウラヌスなので間違えないように注意して下さい」
「わかりましたルナリアさん」
ルナリアはドスドスと無言で俺を殴って来た。
「あなたにはいろいろ言いたいことがありますが、とりあえず先にこれに目を通しておいてください」
「なんですか?」
俺は渡された書面を見る。それは土壇場で彼女と契約するのに使用した借用書だった。
そういや今更ながら、内容見ずに契約したんだったなと嫌な予感を感じつつ、改めて文字の多い書面に目を通す。
「ふーん、なになに
あ、やばい一行目で眩暈してきた。
「私が魔軍を抜けることによる損益金ですね。これでもお安くしています」
「1200万? ははっ……やだな払えるわけないじゃないですか(震え声)」
多分俺の内臓全部売ってもこの人雇えない。
「まだ続きがありますから読んでください」
「もしこの金額を支払えない場合、
条件1ってデートですよねコレ。条件2って夜のアレですよね。条件3ってよく神父さんが教会で言ってる奴ですよね。
「これ婚約届というやつでは?」
「えっ、そうなんですか? 私にはちょっとよくわかりませんが」
ルナリアは肩をすくめ、わざとらしい外人みたいにとぼけてみせる。
「逆を言うと、その借用書が有効である限り、私は絶対あなたを裏切りませんし、こちらの体を自由にしてもらっても構いません。地下で言いましたが、縛られている条件は同じなので好きに命令してもらって構いませんよ」
体を自由に――
俺はルナリアの体を見た。軍服の上に白衣を羽織り、短いスカートから伸びるスラっと長い脚、細くくびれた腰、シュッとした胸――
「シュッとしてて悪かったですね!」
惚れ惚れするような流れる動きで、ルナリアは俺に逆エビ固めを決める。
腰の骨がボキボキと嫌な音を響かせた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーー!!」
絶叫と同時に遅れて来たゼノが甲板に上がって来た。
「タナトスの装甲に泥を被ってしまい、浄化の必要がありますわ」
縦ロールチビ巨乳のゼノが何をやっていますの? と珍獣を見る目で悶える俺を見やる。
「凄いぞ、ゼノの奴胸がでかすぎて下からじゃ顔が見えない!」
俺の邪な気を感じ取ったルナリアは、こちらの背骨を折るつもりで力を込める。
「あなた思ってることが口に出てるんですよ!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーー死んでしまいます!!」
凄惨な暴行現場にクリスが割って入る。
「あんまり僕の目の前でイチャイチャしないでほしいかな」
「その通りだ。不順異性交遊はよしたまえ!」
なぜかそれに乗っかるオスカー。
「お前らの目は腐ってるのか! どう見ても面白殺人事件一歩手前だろうが!」
新たにクリスとルナリアをチャリオットに加え、ゼノがほんの少しだけ丸くなった俺たちの監獄での戦いは終わった。
戦果としてはヘックスの無力化が出来た上に、強力な仲間も追加出来て上々といったところではないだろうか。
なんとかルナリアに許してもらった俺は、オリオンと共に気持ちの良い空を見上げていた。
頬を撫でる風が爽やかで、ここにはもう自分たちを閉じ込める檻も壁もない。実に気分が良いな。
「自由とは良いものだ……。ボンボヤージュ!!」
眼下に見える美しい景色に向かって叫ぶ。するとオリオンは首を傾げながら俺を見やる。
「咲、ボンボヤージュって何?」
「えっ、いい旅をとかそんなニュアンスだった気がするが。乗り物にのって良い景色を見ると、なんとなく言いたくなる」
「そうなんだ。じゃあ一緒に言う」
「よしいくぞ」
「「ボンボヤージュ!!」」
俺とオリオンが叫ぶと、ボンッと嫌な音がして飛行船の船尾辺りから黒い煙が上がっているのが見える。
「…………ボンボヤ?」
「あちゃー、やっぱあんな大昔の反重力エンジンじゃダメだったか」
カチャノフが後頭部をかく。
何を冷静に言っているのだ。お前の脳にはあんこでも詰まっているのか。
ガクッと飛行船が傾き、高度が一気に落ちる。
「落ちるぞ!」
「キャアアア!」
「うわああああ!」
「何かにつかまれ!」
皆甲板上を転がり、大混乱である。
「近くの水場に落としやす!」
◇
墜落した後は更に大変だった。
飛行船は近場の湖に不時着し、全員ずぶ濡れのまま近くの街まで行くと、そこで鉢合わせたのがまさかの魔軍。
無表情のイングリッドさんに経緯を話すと、聞いていた紅は爆笑、バエルはお嬢様になんというご無礼をと怒り狂うわで、ほんともうくちゃくちゃ。
そして現在我がチャリオットは、さっきまで殺し合いをしていた魔軍の旗艦に乗せてもらって
「…………あの」
「黙ってろ」
「……その体勢の方がきつくないですか?」
「黙ってろ」
「はい」
俺は魔軍を馬車代わりにする条件として、城につくまでイングリッドさんの椅子にされることになったのだった。
今現在指揮官席の上で四つん這いになった俺の背中の上にイングリッドさんが乗っている。
この人ほんと遠慮なく体重かけてくる。こんなこと言うのは何だが、この人肉付きがいいからやっぱりそれなりに体重が……。
そんなことを思っていると、イングリッドさんのヒールブーツで思いっきり手を踏まれた。
「いっだぁっ!」
「…………」
危うく椅子から転げ落ちるところだった。
俺の絶叫を無視して、彼女はずっとつまらなさげに飴玉コロコロしながら外の景色を眺めている。
「あの……イングリッドさん、聞いていいですか?」
「…………」
「イングリッドさんの本当の目的なんですけど、ルナリアさんをウチに入れる為とかじゃないですよね?」
「…………」
「メタトロンとタナトスを手に入れる為ですか?」
「…………」
「メタトロンとタナトス、暴動によって奪われたことにしておけば魔軍はあの二機をこっそりと自軍に追加することができる」
「…………」
「ルナリアさんをメタトロンと一緒にウチに寄越したのは、メタトロンを隠す為じゃないんですか?」
「…………」
「最終的な魔軍の目的は全第二世代型アーマーナイツの蒐集。氷聖セルシウス、光聖メタトロン、闇聖タナトスそれと残り火聖アグニ、土聖ガイア、風聖フリューゲル――」
「…………」
「おい」
「はい」
「立て」
言われて俺は人間椅子をやめて立ち上がる。
彼女は無表情のまま俺の両頬を掴んだ。
お前は知り過ぎた死んでもらうと言われるのかと思ったが、イングリッドさんは無理矢理手を突っ込んで俺の口を開けさせると、ペッと自身の口の中にあった飴玉をほりこんできた。
冷たくて甘い。グリーンアップル味。
「飴でもなめて黙ってろ」
「もう一個くらいあると黙るかもしれません」
そう言うとイングリッドさんは飴玉を自分の口に含んで、もう一度こちらの口にねじ込む。
彼女の口の中を経由させる意味があるのかイマイチわからないが、幸せな気持ちになるので何も言うまい。
「ふぅ、疲れました。姉さんやっぱりタナトス持って帰ってもらえませんか? あれ操縦者が結構無茶して泥被ってるんですよ。浄化設備がないと装甲の剥離ができなくて――」
タイミング悪くやってきた
「…………」
ニコニコ笑顔で電流を迸らせる妹。
「誤解です」
「これが誤解に見えるなら私の目玉は多分腐ってますね」
「……もう行っていい下がれ」
イングリッドさんはあっさり俺を切り捨てて妹に差し出した。
「ちょっと待ってください! いろいろと悲しい誤解があるんです!」
「ちょっと電圧テストをやりたかったんですよね」
「やめて、電気椅子は嫌です!!」
「アハハハ、ボンボヤージュ!」
後ろから響く
周りの魔軍兵はイングリッドが笑っている、あまりにもレアな光景に唖然としていたのだった。
プリズンブレイク編 了
――――――――――――――――――――――――
プリズンブレイク編、想定より長くなってしまいましたがお付き合いいただきありがとうございます。
楽しめましたら評価等いただければ幸いです。
次回からしばらくショートストーリーとキャラエピソードを書くと思います。
次回更新までしばらくお時間がかかるかもしれませんが、早いうちに帰って来るつもりなので少々の間お待ちください。
また書籍情報ですが、2018年12月29日に第一巻がファミ通文庫さんから発売予定です。
既にゲーマーズオンラインショップさんでは予約受付が開始されているようです。
AMAZONさんは多分来月くらいに予約開始かなと思います。
発売時期が年末ですので、近くの本屋あいてないよ!もしくは年末は引きこもると決めてるんだ、という方はご利用されてみてはいかがでしょうか。
予約がたくさん入ると二巻が出やすくなります(切実)
ですので何卒よろしくお願いいたします。
では、また次章でお会いしましょう。
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