第298話 プリズンブレイクⅦ

 俺が左翼の鉄鬼隊から右翼のヴィンセント側に回ると、既に戦闘は始まっていた。


「バレットナンバー0010、ストライクシュピーゲル。鏡面弾頭を使用した、反射型弾リフレクトバレット


 エーリカが自身の身長を超すほどのロングバレル型ライフルを構えると、鋼の人馬に向けて弾丸を発射する。

 凄まじいマズルフラッシュと共にブルーの弾丸が一直線に飛ぶ。

 ヴィンセントが弾丸を槍で弾くと、間髪入れず突っ込んだレイランが飛び蹴りを浴びせる。


「ホアタァァァァ!!」


 はた目からは巨人と小人の戦いにしか見えない。だが、小人の一撃は鋼の巨躯を後退させる。


「アースリキッド!」


 ヴィンセントの後退を予測していたオスカーは、術式を詠唱すると、真下の地面を液状化させる。

 機体の脚部が泥沼にハマりグラりと態勢が崩れていく。


「突っ込む! オスカー強化レイジを頼む!」


 猛牛のようなスピードで駆けるグランザムにオスカーは強化魔法をかけていく。


「スピードリーコン、ジャンピングブースター、ファイティングパワー、アーマーガーダー、ハイメタルウェポン!」


 グランザムの体が何度も光り輝き、飛躍的な加速をする。


「飛ぶぜぇぇぇ!!」


 グランザムは重厚な甲冑を身に纏っているにもかかわらず、膝に力を込め大ジャンプを炸裂させる。

 彼の体は10メートル近く跳ね飛び、ヴィンセントの頭上をやすやすと超えていく。


「アックスブル!!」


 グランザムは戦斧を振りかざすと、斧は魔力を帯びて真紅に燃え上がる。

 そして自身の体を回転させながらヴィンセントの頭部を狙う。


『なめるな下等生物が!』


 グランザムの一撃は長大な槍でガードされたが、もう少しで転倒させられそうなくらいのパワーがある。


『小賢しい猿どもめ!』


 思うように戦えないバエルの苛立った声が響く。

 さすが高レア組のレイランとエーリカ、普段罵り合いつつも共闘すると強さが半端じゃない。

 エーリカの援護射撃が毎回レイランの背中を狙っているように見えるが、多分気のせいだろう。

 それに予想通り強かったオスカーとグランザムが加わることで相乗効果が得られている。あわよくば倒してくれそうな勢いだ。

 彼らはたった四人でヴィンセントの動きを完全に封じていたのだ。


「皆が魔軍を押さえている隙に、こっちは囚人を逃がしたいな」


 残された囚人たちは目の前で起きる戦闘に怯えており、皆どうしていいかわからないといった様子だ。

 デブル付きの看守たちはあらかた倒したので、後は誘導して逃がせればいいのだが……。

 何か良い手はないかと悩んでいると、ディーが俺の下へとやって来た。


「王よ、この隙に囚人を逃がしましょう」

「そうしたいのは山々なんだが、逃走ルートにしようとした南側城壁が壊せてないんだ」

「問題ありません。エーリカが地下穴を掘ってヘックス城へと繋げています。そこから逃がせます」

「有能」


 さすが俺の右腕兼左腕兼ブレイン。ディーにラジコン操作されてる方がよっぽど戦果が出ると思う。


「じゃあわたしが皆さんを誘導しますね!」


 ハイハイやります! と手を上げるソフィー。

 何かしら思ったわけではないのだが、ソフィーは俺を見てうっと唸る。


「べ、別にサボりたいわけじゃないですから!」

「わかってる。怪我人もいるからソフィーが適任だと思う。よろしく頼むぞ」

「あれ、王様が優しい。……もしかして偽物ですか?」

「そんなことないよ、俺はいつもお前に感謝してるんだ」

「王様……」


 俺は慈悲深い表情でソフィーの胸を鷲掴み、むにむにした。

 直後ハルバートが俺の頭に落ちてくる。


「イヤァァァ! 変態! 変態! 最低です!」

「本物だっただろ?」

「油断させておいてセクハラしてくるクズです! 淫らな獣です!」


 言いすぎだろ。

 ソフィーはプンスカ怒りながら囚人たちの誘導を始める。

 あいつだけじゃ不安さが半端ないので、ナハルもつけることにした。


「任せるであります。このわたしめが必ずや任務を遂行させ――」

「もう猫移動始めてるぞ」


 風呂敷を被って猫神から元の風呂敷猫に戻った獣集団は、脱出口はこちらと書かれたプレートを持って囚人の誘導を始めている。


「ま、待つであります! それはわたしめのお役目であります!」


 慌てて追いかけていくナハル。彼女の風呂敷には我に続けと書かれているが、後に続いているのは彼女の方だ。

 ナハルより周りの猫の方が優秀な気がするな。

 残ったオリオンが俺の服の裾を引っ張る。


「ねぇ咲、あたし達はどうする?」

「南側城壁に穴を開ける。逃走ルートがかわったとは言え、あそこをぶっ壊して三国同盟に突入してもらいたい」


 いくら今善戦しているとはいえ、向こうが戦闘の引き延ばしに入ったら俺たちは撤退できなくなる。

 こちらが消耗する前に三国同盟を呼び込んで魔軍と戦わせたい。

 そして乱戦になってる隙に逃げる。

 そうなると必要になるのは、強奪に失敗したあの機体である。


「ディー、こっちの指揮は任せるぞ。新型タナトスをもう一回奪って来る」

「了解しました。でしたらこれを」


 ディーが俺に差し出したのは丸っこい金属ボール。G-13のコアだ。


「これは……」

「崩落に巻き込まれてしばらく機能が停止していたらしいのですが、先程リカバリーが終わったらしいです。アーマーナイツを奪うのでしたら役に立つかもしれません」

「わかった」


 俺はバレーボールみたいなG-13のコアを持ち、オリオン、フレイア、クリスと共にタナトス奪取に向かうことにした。


 戦闘地域を避け、大回りで街の中を走っているその道中。

 街の一角に鎖で繋がれているツインヘッドドラゴンの姿が見えた。確か囚人をまる飲みにしていた凶暴な奴だ。

 頭を二つ持つ合成獣キメラドラゴンは、これだけ大騒ぎが起きているのにスヤスヤと眠りこけてやがる。


「そういやあんなのいたな。あれを解き放って大暴れしてもらうってのはどうだ? それなら三国同盟が乱入してこなくても大混乱に……」

「あんたがドラゴンだったら硬そうなアーマーナイツか、美味しそうな囚人、どっち食べに行くのよ?」

「しゅ、囚人かな……」

「ちょっとは考えなさいよ」


 フレイアに論破されてしょぼんとしていると、オリオンがツインヘッドドラゴンを指さして言う。


「ねぇ、咲、あのドラゴンを解放して大暴れさせたらどう? あたし天才じゃない?」

「俺が今さっき秒で論破されたことをドヤ顔で言うんじゃない」

「えっ? そうなの?」


 相変わらず人の話を全く聞いてないな。

 フレイアはそんなことよりと俺を肘で突く。


「ねぇあのイケメンさん、仲間なの?」


 彼女が指しているのは当然ながらクリス。いや、今は男だからクリフか。


「そいつはイケメンに見えるがイケメンみたいな女だ」

「はっ? 嘘でしょ」

「ちなみに俺のことが好きだ」

「やめてよ笑わせないで」


 なんで笑うんだよ。


「ほんとだよ」


 クリスが女性化すると、ボインと膨らんだ胸がシャツのボタンを弾き飛ばした。

 それを見てフレイアは呆気にとられた。


「さ、詐欺じゃない……」

「コイツ領民だけじゃなくて仲間全員騙してるからな」

「アハハ、これが終わったら皆にちゃんと報告したいな。嫁に行きますって」

「……嫁?」

「さぁ皆急ごう」

「オイコラ待て」


 逃げようと加速したが、フレイアが俺の襟首を掴む。


「お前、また”増やした”な……」

「知らん知らん仲間にはなったが、男女の関係になった覚えはない!」

「やだな、毎晩裸で抱き合ってたのに。僕を女にしたのは君だよ?」


 クリスがそう言って身をよじると、フレイアは死んだ魚の目で炎をその手に灯す。


「随分楽しそうな監獄生活してるじゃない」

「誤解! 語弊! 意味が違う! 意図的に俺を貶めようとしている!」

「あー殺すわ、殺すしかないわ」

「やるならここを出てからにしてくれ!」


 怒り狂うフレイアをなだめつつ、クリスに案内されて南側城壁へと到着する。

 そこにはコンテナを後部にとりつけた小型戦車が、エンジンがかかったままの状態で乗り捨てられていた。


「あれだよ。タナトスを運んでた戦車。警備は僕がやっつけたから、後は奪うだけ」

「よし、タナトスを奪うぞ!」


 コンテナを開くと、髑髏顔の新型タナトスが露わになる

 体は漆黒のマントで包まれ、金属のあばら骨のようなものが脇から見える。

 The死神といった機体は、不気味に沈黙していた。


「あとはコイツがマッチングしてくれるかどうかって話だな」


 俺はタナトスの胸部へと上り、恐る恐るハッチを開く。

 メタトロンの時みたいに誰か乗ってんるんじゃないだろうな? と思ったが、コクピットの中は空のシートだった。


「良かった」


 ほっと息を吐く。

 俺がコクピットの中に入ろうとすると、急激な寒気と吐き気に襲われる。


【これに乗ってはいけない】


 本能からの警告が脳内に鳴り響き、得体のしれない恐怖感にジワリと冷や汗が浮かぶ。


「なんだこの機体……」


 まるで目に見えない死神が座っているようにも思える。


「咲!」


 得体の知れない空気に気圧されていると、機体の下からオリオンの剣呑な声が響く。


「なんだどうした?」


 俺が下を見やると、そこには羽交い絞めにされ喉元にナイフを突きつけられたフレイアの姿があった。

 魔軍かデブル配下に見つかったのかと思ったが、そいつは意外にも俺と同じく囚人服を着ていた。


「ジェームズ・ポンチ……」

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