第296話 プリズンブレイクⅤ

 メタトロン強奪に失敗した俺は、エレベーターシャフトを駆けあがり地上へと飛び出した。

 そこで目に飛び込んできたものを見て、言葉を失った。

 炎を上げる収容棟の前には手を頭の後ろで組まされ、跪かされている囚人たちの姿があったからだ。

 暴動を起こしていたはずの囚人は軍服姿の女性兵に集められており、今はどこからも怒声や争っている声は聞こえてこない。

 誰がやったかなんて言うまでもない。コウモリ羽や羊の巻きヅノを生やした悪魔兵たち。


「魔軍……」


 囚人たちの後ろには魔軍のエンブレムをつけたアーマーナイツがずらりと並ぶ。

 その中には深紅のボディに二本のツノを頭に付けた紅機と、人馬型の機体ヴィンセントの姿も見える。

 魔軍の武力介入によって、この僅か数分で暴動は鎮圧されたのだ。

 取り囲むアーマーナイツと銃を構えた悪魔たちがスポットライトを俺に浴びせる。


『手を上げて跪け、猿が』


 ヴィンセントから聞こえる声は若干の苛立ちを含んでいる。その声には聞き覚えがあった、どうやらあれに乗っているのはバエルのようだ。

 俺は両手を上げて、ゆっくりと膝をつく。

 するとキュラキュラと履帯の音を響かせ、前進してくる巨大な戦車が見える。

 魔軍陸戦旗艦ケーニッヒフォートレス。

 建物でさえ踏みつぶすことが出来そうな重戦車は俺の目の前で停車すると、キィッと音をたてて上部ハッチが開かれた。ハッチからは予想通り無表情なイングリッドさんが上半身を出す。


「ふっ……くっ……」


 彼女はハッチに挟まったまま身をよじる。


「くっ!」


 イングリッドさんは忌々し気にハッチを叩く、多分尻がハマって外に出られない。

 どうやら外に出るのを諦めたらしく、こちらを鋭い視線で睨む。

 俺に怒られても困る、ハッチを設計したのは俺ではない。


「イングリッドさん……」


 何事もなかったかのように彼女は視線だけで促すと、魔軍の歩兵が誰かを連れてくる。

 ドンッと前に突き飛ばされたのはタナトス強奪に向かっていたクリスだ。

 彼女は俺の前に転がると小さく謝罪を言葉にした。


「ごめん。タナトスを奪ってる最中に魔軍が来て……」

「そうか。こっちもメタトロンを奪えなかった」


 クリスはステータスをダウンさせる首輪を外せていない。その状態で魔軍の相手をするのは難しかっただろう。

 イングリッドさんは俺たちを冷徹な瞳で見下ろすと、声を発した。


「タナトス、メタトロン共に強奪失敗。南側城壁は破壊できず、三国同盟は城壁周辺に集まって来てはいるものの突入して来ず……。お前たちの脱獄作戦は失敗だな」


 この人俺たちが南側城壁に細工していたことを知っていたのか。

 いや、この感じだと泳がされていたと見るべきか。


「見ての通り彼我の戦力差は圧倒的だ。梶勇咲、貴様はこの状況をどうする?」

「…………」


 彼女の言うとおり、新型は二機とも強奪失敗、壁を破壊することも叶わず三国同盟を呼び込むこともできない。

 何より一番の計算外は魔軍の存在。彼女達をなんとかしない限り、どのような策も通用しない。

 完全包囲されたチェックメイトをキング一体でひっくり返すようなことできるわけがない。

 こちらが沈黙していると、イングリッドさんはホルスターから銀色の銃を引き抜き俺の眉間に狙いを定めた。


「答えろ」


 冷徹なる悪魔指揮官デーモンコマンダ―は、拳銃の安全装置セーフティーを外す。

 俺は周囲を見渡し、銀河がいないかを確認する。あいつがいればチャンスはあるのだが。

 しかしあのポンコツ忍者どこに行ったのか姿が見えない。


「何も無いならお前をこの場で殺す。これだけのことを起こして無傷でいられるとは思っていないだろう?」

「ええ……そうですね。この作戦はほとんど俺の独断で、ここにいる囚人は皆巻き込まれただけです。なので」


 俺は黒鉄を抜いて、自身の首筋にあてがった。


「この安首で、なんとか今回の件おさめてもらえないですか?」


 イングリッドさんは真偽を確かめるように俺の目を見る。


「貴様、地下でルナリアと会っただろう」

「ええ、私の物になれと」

「あいつの物になっておけば死なずにすんだが? 死ぬほどアレが嫌いなのか?」

「逆ですよ。好きだからこそ断りました。契約書で結ばれる恋愛なんて歪すぎます」

「その結果、自分の首を差し出すことになる」

「彼女にはもっと男を見る目を養った方が良いと言っておいてください」

「……そうか。アレは少し変なものに惹かれる性質がある。お前にはその素養が十分にある」

「俺は自分の事はまともだと思ってますよ」

「自分の首筋に刀を当てながら、どの口がまともだと言うか」


 ごもっとも。


「いいだろう。貴様の首で今回の件考えてやる」

「ありがとうございます」


 ありがとうって言うのもおかしな話だが、これだけのことをやらかして俺の首一つでチャラにしてくれるというのだ、お得と言わざるを得ない。

 しかし――


「その判断は必要はありませんな」


 死を覚悟したのと同時に、男の声が響き、全員が振り返る。

 イングリッドさんを止めたのは、でっぷりと肥え、葉巻を咥えたこの国の名目上支配者デブルだった。

 奴の後ろには娘のハラミと30人程の看守、それとヘックス所属のアーマーナイツが二機続く。

 デブルは戦車のすぐ真横まで来ると、満足げに頷いた。


「まずはイングリッド様、囚人共の愚行を止めていただきヘックスを代表し感謝いたします。この近くに駐留していてくださったのは不幸中の幸いですな」


 いやらしい笑みを浮かべるデブルに対して、イングリッドは害虫でも見るかのような冷たい視線を返す。


「しかしですな、先ほどから話を聞かせていただくと、その男の首一つで本件を全て片付けようとされている。それは少しお待ちいただきたい」

「…………」

「そのような怖い顔をしないでいただきたい。後ほど報酬は弾ませていただきますとも。ただし、本件に関してはヘックス領内で起こったこと。魔軍ではなく我々に幕引きを決める権利がある」

「それで、そちらの望む幕引きとは?」

「……さきの暴動で収容棟、作業場は全焼、看守や警備に怪我人が数多く出ています。流された血は血でしか償うことはできませぬ」


 つまりとハラミが説明を引き継ぐ。


「ようはその男の首一つでは血が足りないのです。少なくとも100、いや見せしめに500は死んでもらいませんと。お父様に歯向かう愚か者がまた現れるかもしれませんでしょう?」

「数が多い。労働力が低下し、アーマーナイツ製造に支障が出る。主犯のあの男以外を罰するメリットはない」

「メリット云々ではないのです。こちらにも面子というものがありますわ。お父様に歯向かい暴動を起こしたと言うだけで充分処罰に値します」

「なに減ればまた捕まえてくればいいだけの話、魔軍がお気になさることではありませぬ。それにイングリッド様ともあろう方が聖十字我々のやり方に口を出すなんてことしないでしょう?」


 デブルは遠回しに内政干渉を示唆する。

 イングリッドさんは無表情のまま銃をホルスターに戻した。


「……いいだろう。ただし今回の件、我々はこの場にいなかったことにしろ。貴様と一緒に暴動の責任を問われたくはない」

「わかっていますとも。我々としても暴動鎮圧に魔軍を頼ったなどと知られたくはない。……というわけだ。囚人諸君、散々舐めたマネをしてくれたな」


 デブルは集められた囚人たちに向き直ると、額に青筋を浮かべ、口元をつりあげる。


「自由などというくだらん幻想に踊らされた自分を恨むがいい」


 奴は右手を大きく掲げると、ハラミと横並びになった看守がマスケット銃を囚人に向ける。


「よせ、やめろ!」


 俺が駆けだそうとした瞬間、デブルは腕を振り下ろした。

 構えられた銃が一斉に火を噴き、パンパンパンパンと次々に銃声を鳴り響かせる。

 最前列にいた囚人たちに弾丸が命中し、真っ赤な血が周囲に飛ぶ。

 その中には炭鉱で出会ったジェイクさんも含まれていた。


「ぐぁぁぁっ!」

「うわああああ!」

「キャアアアア!」


 囚人の悲鳴と同時に、デブルの高笑いが聞こえる。


「フアーーーーーッハッハッハッハッハ!! 虫けらどもが良い声で鳴きおる。王たるワシに逆らうからこうなる」


 デブルが手を振ると、後ろに控えていたアーマーナイツが前へと出た。


「粛清! これは粛清なのです! 私たちの美しい国に反逆者など必要ありません! あなたたちの穢れた魂を私とお父様が浄化してさしあげます」


 ハラミは天に向かって両手を掲げ、高笑いを響かせる。


「やめろ、このイカレ親子が!!」


 俺の腹の底からの叫びに、一瞬全ての音と動きが止まる。

 デブルとハラミは不快気に瞳だけを動かしてこちらを見やった。

 俺は喰らいかかるように叫ぶ。


「ここにいるのは人間だぞ! お前たちが好き勝手にしていい玩具なんかじゃない! 人が人を支配するなんてあっちゃならないことだ!」

「身の程をわきまえぬ虫けらが。ワシは王なのだ、王に歯向かうものを手打ちにして何が悪い」

「美を理解できない人間というのは本当に困りますわ」

「人を殺してふざけたことぬかしてんじゃねぇぞ! 誰かから何かを奪い取ることしかできないゲス野郎が人の上に立とうとするんじゃねぇ! テメェなんか王でもなんでもない、ただのクズだ!」


 俺が喚くように叫ぶと、デブルはピクリと青筋を浮かび上がらせる。


「……貴様は一番最後に殺そうと思っていたのだがな。そんなに死にたいのであればそいつから殺してやれ」


 そう言ってデブルは葉巻を放り捨てた。

 俺の目の前に巨大なアーマーナイツが立つ。

 黒鉄に手をかけると、ハラミは意地の悪い笑みで後ろを指す。

 そこには看守がジェイクを羽交い絞めにし、首筋に剣を突きつけていた。

 彼は銃撃を受け肩口から血を流しており、苦し気にしている。


「抵抗すれば、かわりにそっちの男が死にますよ?」

「ぐっ…………」


 俺はすっと黒鉄から手を離した。


「坊主、俺に構うんじゃねぇ! お前がやるべきことをしろ! やい豚野郎、卑怯な真似してねぇで俺から殺しやがれ!」


 人質にされたジェイクが叫ぶが、デブルは「後でな」と言って下卑た笑みを浮かべる。


「殺せ」


 死刑執行役のアーマーナイツが巨大な剣を振り上げる。

 俺は視界を覆う鉄の塊をどこか他人事のように眺めた。


(なぁ、咲はそんな卑怯な奴に負けるのか?)


 頭の中に誰かの声が響いた。

 それと同時にカツンと何かの音がした。

 アーマーナイツの頭部にガラス瓶が放り投げられたのだ。

 瓶は装甲にぶつかるとパリンと割れ、それと同時に眩い閃光を放った。


閃光瓶フラッシュボトルだと!?」


 光の下級精霊を中に閉じ込めたガラス瓶は、割れた瞬間中から怒った精霊が凄まじい光を放つのだ。

 あまりの眩さに誰もが目を閉じてしまう。

 光が収まると、結晶の剣を頭部に突き刺されたアーマーナイツが後ろ向きに倒れていく。

 ズンッと土煙を上げて機体が倒れると、相棒はひらりと俺の隣に舞い降りた。


「よぉ、久しぶりだな」

「咲も相変わらずだよね」


 お互いの生存確認は短い。

 さして言葉を交わす必要もなく心を通わせることができる我が相棒は、メイド服に結晶剣を肩に担いでいた。

 どうやらフレイアと合流して結晶剣を取り戻したらしい。

 オリオンはこちらを見ず、ふて腐れた声を上げる。


「ねぇ咲、謝って」

「いきなりなんでだよ」

「今生きるの諦めたの謝って」

「…………すまん」

「許す」


 光の速さで許されると、オリオンはニッと八重歯を見せて笑った。

 なんだこれ。


「一人でよく頑張ったな。あたしたちが来た」

「一人ではないがな」


 オリオンが俺の隣に来ると同時に、いつもの連中がゆったりと後ろから歩いてくる。


「お待たせいたしました」

 光剣ブリュンヒルデを引き抜く、我が右腕兼左腕兼ブレインのディー


「主は言っております。二度と降下作戦はせんと」

 銃撃された囚人を回復させながら歩いてくる、最強のポンコツシールドソフィー


「どうやったらこれだけ敵作れるのか聞きたいわ」

 掌に炎を纏わせる、紅蓮の魔術師ツンデレラフレイア


「やっぱり生命力はゴブリン並ネ」

 クスクスと邪悪な笑みを浮かべる、不死の狂犬レイラン


「救出が遅れ申し訳ありません」

 身の丈ほどもあるライフルを肩に担ぐ、我が軍随一のデストロイヤーエーリカ


「はう、お館様申し訳ありません。自分が皆さんを呼んでいる間にこんなことになってしまいまして!」

 頭を下げるポンコツ忍者こと、トライデント御庭番銀河


「……一番じゃ……なかった」

「でも一番敵を倒してるのはお姉さんたちだから」

 屋根の上をジャンプで飛び移る、最高機動力、竜騎士隊のサクヤとカリン


「我ら砂漠の民が英雄様をお救いしてみせましょう」

 風呂敷猫をひき連れた、砂の神ナハル


「この程度で我輩を止められると思っているであるか?」

 謎の強キャラ感を出すドンフライ


 なんであのニワトリ大トリみたいな顔して一番最後を歩いてくるんだ。

 まぁそんなことはどうでもいい。何人か足りない奴もいるが久しぶりの勢ぞろいに俺は胸が高鳴った。

 さてウチの愉快な連中にプラスして、本日は二人のゲストがやって来ている。

 それは眼鏡を白く光らせた理知的な青年と、フルプレートの鎧に巨大な戦斧、アイゼンテッツァーを携えた戦士。


「ウォールナイツ、オスカー・リーヴ」

「同じくグランザム」


 グランザムはマジックキーを使い、クリスの拘束の首輪を外すとウォールナイツの制服を放り投げた。

 クリスは首輪を放り捨てるとウォールナイツの制服に袖を通す。


「ウォールナイツ、クリストファー・カーマイン」

「この手に自由を掴む為、私に生きる道を指し示してくれた王の為、我らウォールナイツはトライデントへと加勢させていただく」


 オスカーは眼鏡のつるを持ち上げると、レンズがキラリと白い光を放つ。

 俺の後ろにずらりと並ぶトライデントメンバー。


「咲、全員揃ったよ」


 キングの下に戦士は集った。

 チェックメイトをひっくり返すには十分な戦力だろう。


「デブル……悪いがお前だけは倒すことにした。お前は悪だ。お前がいる限りこの街は監獄と言う汚名を着せられたままになる」

「王よ、号令を」


 ディーに促され、俺は息を吸い叫んだ。


「トライデント、総員戦闘準備。目標はデブルを打ち倒し監獄を解放する!」


 全員己が武器を抜き、取り囲むアーマーナイツと魔軍に構えた。






―――――――――――――――――――――――――

遅くなって申し訳ないです。

なかなか時間がとれず、とても大変です。

遅くなる時は近況報告に書いたりしてますので、そちらも覗いてみてください。

あとあまり呟いてないけどツィッターもやってるので、そちらも情報出せる時に出します。

https://twitter.com/alince_novel

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